2006年07月21日
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ねたみという感情は、誰でも共通して持っている感情です。しかしこれは、心の貧しさの象徴でもあります。

聖書の中に最初に出て来る罪の現れはねたみです。アダムとエバの二人の子供は、ねたみのゆえに、兄が弟を殺害しました。

まず、ねたみとして考えられるのは、男女の関係におけるねたみ、嫉妬、ジャラシ―です。しかしこれは、かわいらしいものです。

一番恐いねたみは、男の組織の中でのねたみです。男社会の中にあるねたみは、その相手を抹殺し、相手を無き者にするまで続けられます。

今芸能界におけるスキャンダルを報じる3流週刊誌は、ねたみを象徴するものです。また、堀エモンをはじめ、一人勝ちをしている人に対して向けられる攻撃や、政治家に対するバッシング等は、人のねたみゆえに起こります。

その原因は、自分がほしいと思う賞賛や栄誉、特権を受けているからです。本当は、素直に羨ましいし、そうなれたらいいなーという憧れの感情なのですが、それが自分には無理だとわかるとねたみに変ります。

私は、ねたみの感情を向けられることがありますが、そんな時、自分に対する最大の賛辞であると受け取ることにしています。その人は、誰よりも私の能力や立場等を評価してくれている人だからです。ほめられたらうれしいように、ひねくれた表現方法ではありますが喜ぶことにしています。

しかし、ねたみとは罪の現れであり、心の貧しさの現れなのです。ですから、そのままねたみを現すことは愚かですから、相手を攻撃する時は、最もらしい大義名分を掲げます。そして、それがあたかも正当であるかのように見せかけ、ねたみという動機は完全に隠されています。だから、本人も正しいことをしていると感じますし、周りにもそのように映りますが、ねたみは確実にその人を不幸にし、苦しみを経験させます。

しかし一体、どうしたらねたみを感じないいることが出来るでしょうか? それには2つの方法があります。一つ目は、自分の本当のアイデンティティーを知ることです。自分の素晴らしさを知るならば、他者をねたむ必要がなくなるからです。ねたみは、自分の劣等感から来ていることを知って下さい。



この二つの心が、私たちをねたみから解き放つことが出来、幸福にすることが出来ます。男の世界のねたみは凄まじいものがありますが、これは、男女間の中にもありますし、女性同士の中にもあります。そして、どこの組織の中にもありますし、子供の世界の中にもあります。

私たちが誰かに対してねたみを感じる時、それは素直に「うらやましい」という気持を伝えられたらいいですね。そして、第一に、自分の素晴らしさ、自分に与えられている能力や特徴、よいものを知ったならば、隣りの芝生は青いなどと感じる必要はなくなるのです。神は、モーセの十戒の第十番目で、人をねたむことを禁止しています。それは、人と自分を比較してねたむことは、自分をみじめにし、不幸にするからです。神はあなたを、誰とも比べる必要がないほど祝福しています。

また次に、自分の幸せや利益だけを求める貧しい心から、他者の幸せや利益を求められる豊かな心を持たせて頂きましょう。他人の喜びや成功を自分のことのように喜べる人は、その人を愛しています。しかし、共に喜べないなら、それは愛していません。一度の人生、誰かを愛せる心を持ちたいです。そうしたら、ねたみから解放され、確実に幸福な人生を送れます。

あなたは愛されています。あなたは最高の存在です。人をうらやむ必要もないのです。自分の価値に気付いて下さい。また、人の幸せを共に祈りながら生活して行きましょう。今日もよい一日でありますように。God bless you!






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最終更新日  2006年07月21日 19時19分35秒
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