法学系編入実録記

法学系編入実録記

受験記録



受 験 記 録
受験期間のブログのまとめ・・・のようなもの。
ちょっとブログ始める前のことも。
最後に捕捉のようなもの。
全編に亘って有用な情報は殆どありません。






大学一年
大学受験をナメてかかっていたため、予想もしなかった大学へ進学。(文学部社会学科)
信じられない事に一人暮らし開始。
入学式のとき隣の席の人が編入生だった。
隣の人はその隣の人と話していて、自分は編入生ですと言っていたのが聞こえた。
編入という単語を耳にしたが、この時点では自分が編入しようとは夢にも思っていなかった。
弓道部に入ったり、一人暮らしに慣れるため、必死に生活。
勉強は完全に二の次。(学校休んだりはしていません)
後期に入って大学生活にも慣れ始めた頃、一般教養の法律学の授業に興味を持つ。
(実は元々法律学科志望だった。でも落ちたのでばっさり諦めた)

後期終盤(私の居た大学は後期終了が遅い)、別の大学の学科首席で表彰された友人が、
「やっぱり好きな勉強をするのは楽しい!」と言うのを聞き、 ハッとして自分を振り返ってみた。
勉強は楽しい、というより何をしているのかよく分らなかった。
さらに言うと、大学の勉強は部活の付属品のような感じだった。
好きな学問を勉強するために大学に行っているのにどうしたもんかと自問自答。
そんなとき、教務でぼんやりバイト募集掲示板を眺めてたら、
颯爽と歩いてきたお姉さんが「あの、編入するんで退学したいんですけど」と窓口に。
・・・・編入!編入する人がこんな身近に!
すぐにインターネットで編入について調べ、法学部に編入しようと思う。
(現役の時落ちた私立大学Hで編入試験を実施していて、何となくそこが第一志望になる)
親に「編入したいかも」と言ったところあっさり「いいんじゃない」と返される。
(親は元々一人暮らしに否定的であったためだと思われる)
部活もあるし、勉強始めるのはまだいいかなと思う。


大学二年(前期)
とにかく弓道。
試合に出たくてそれなりに練習していたと思われる。
5月の部活超多忙期を越え、6月くらいから勉強を始める。
この辺からこのブログを書き始める。
とにかく弓道三昧だったが、授業は真面目に受けた。
履修する授業も、編入勉強に役立つものを取り、勉強する時間を取るためにコマ数は少なくした。
しかし前期は弓道に費やされた。
主ゼミ→地方自治論、副ゼミ→憲法だった。
(もし編入に失敗しても当時の大学を卒業できる程度の単位は取れるようにしておいた)
主ゼミである地方自治論には大変悩まされた。(とにかく合宿が多く金がかかる)
副ゼミに編入生の人がいて、編入するにはどうしたらいいのか教えを請う。
予備校を勧められるも、一人暮らしをする地からは通学が困難なため断念。
7月、予備校の編入模試(在宅)を受ける。
当時、編入の勉強などからきしで、専門など手もつけていなかったが、
自分がどれほどできないものか知るため、とりあえず受けた。
模試の結果は惨憺たるものだった。(専門→憲法ブービー、英語→最下位)
7月末でバイトを辞めた。


大学二年(夏休み)
全日(8月初旬)まではひたすら弓道。
その後、予備校の夏期講習を受ける。
正直な話、どう勉強したらいいのかさっぱり分らなかった専門の勉強法がわかる。
予備校で編入情報を沢山得る。
当時は私立大学Hが第一志望で、他の大学は興味も無く、受ける予定もなかったが、
予備校で色々な話を聞くうちに国立大学も受けようかと思い始める。
(編入試験は私立も国立も対策が変わらないと知ったことが大きい)
志望理由書を書く自信も面接を受ける覚悟も無かったので、両方とも必要ないK1大学とK2大学の受験を決意。
(両方とも頭文字がK・・・)
関東の法学系で数少ない編入を実施している筑波大学は志望理由書も面接もあったが、関東なので受験しようと思う。
予備校の講習を受けながら、やはり編入するためには勉強を頑張らなければ、と痛感。
K1大学・K2大学共に試験日が秋で、秋は弓道部第二の超多忙期。
3日くらい思い悩み弓道部退部を決意。八月下旬、退部。
9月は、編入勉強ではなく主ゼミの合宿が中心だった。
お陰で編入の勉強は捗らなかった。
K1大学・K2大学に出願したあたりで夏休み終了。


大学二年(10月)
9月後半はロクに勉強できなかった上に、試験日が近づいていたのでひたすら勉強。
大体、授業後に図書館直行で閉館直前の20:30まで勉強。
20:30で勉強を切り上げ、閉店直前のスーパーでその日の夕飯や翌日の朝食等を購入。
この頃の自炊率はかなり低かった。米もきれてたし。
夏期講習後に受けた模試が返ってくる→かなり良い出来でうかれる。
憲法の授業の先生に編入のことをカミングアウト→かなり編入に詳しい方で応援される。
憲法のゼミの先生に編入のことをカミングアウト→応援される。
K1大学法学部の一次書類選考に落ちる。
受かればめっけもんくらいに思っていた大学なのでしょうがないやと諦める。


大学二年生(11月)
初旬にK2大学を受験。初の受験旅行。
ここの受験直前はかなり精神的に追い詰められていた。
大学の友人に編入の事を一切話していなかったためであると思われる。
受験の感想としては、かなりできた気がしたので合格しただろうなと思った。
12月に試験のある私立大学H及びM(共に法学部法律学科)に出願。
下旬にK2大学の合格発表→不合格。かなり凹む。
落ち込むあまりしばらく勉強が手につかなくなる。


大学二年生(12月)
初旬ごろようやく勉強を再開。
K2大学に落ちた事が重くのしかかり、この頃も精神的に凄かった。
中旬、H大学M大学を立て続けに受験。
M大学(滑り止め)受験感想→滑り止めのつもりが滑った・・・英語難しすぎ!
H大学(当初の本命)受験感想→英語はできたけど、専門がちょっと・・・
先にM大学合格発表→合格!奇跡!
一週間以上空いてH大学の合格発表→合格
H大学は現役の時に落ちていたので、発表までの間それを思い出してかなりネガティブに落ち込んでた。
晴れて編入すること(=在籍大学からの退学)が確定。
ここで初めて周囲の人に編入カミングアウト。
筑波大学の志望理由書の添削を憲法の授業の先生にお願いする。


大学二年(1~3月)
一人暮らしをしていた地が非常に寒く(暖房器具はコタツだけ)、編入する事が決定して学校に行く日数も少なくなったので、
自宅通学になる。(片道2.5時間)
中旬、寝ずに志望理由書を書いてなんとか筑波大学に出願。
このころは長い長い通学時間で勉強。
授業の無い日などは地元の市立図書館で勉強。

2月初旬に在籍大学の試験。
テスト直後に予備校の目前講習を受ける。
中旬に副ゼミである憲法の最終レポートを必死に書く。
予備校で面接の練習をしてもらう。数度泣く。
下旬、一般受験の人たちと同時に編入試験を受験。
筑波大学受験感想→落ちた・・・専門も英語もボロボロ、面接も手応えなし
H大学という滑り止めがなければ帰りのTXに飛び込むんじゃないかというぐらい凹んだ。
その後沈んだ気持ちで過ごしました。

沈んだまま迎えた3月初旬の合格発表→ 合 格 !
泣いて喜びました。


補足のようなもの
公立大文学部社会学科二年
一年次取得単位48
二年次取得単位31(編入確定後14単位切った)
一人暮らし(終盤2ヵ月は実家)
英語苦手
大学の授業で役立ったのは法律系全般
(憲法、民法、一般教養、国際法、憲法基礎ゼミ、社会学系英語論文講読)
社会学系の授業も地味に役立った
編入に対して否定的な先生は少なからずいる
というか常勤の先生で肯定的な人は見たことが無い
在籍しているのが少人数の大学・学科の場合は編入カミングアウトによって居場所が無くなる危険もあるので要注意
出願日から試験まで大きく日数があくことがあるので、日程には気を配っておく
(秋ごろの入試は9月中に締め切りが多い)


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