いつか南の島へ

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shapocliak @ Re:こんにちは♪(03/20) kakashi3108さん コメントありがとうさ…
kakashi3108 @ こんにちは♪ 新着から来ました。まずニコラスケイジの…
shapocliak @ はてさて こんな偏屈で無責任なババアの言うことは…
リリア~ナ・ギッシュ @ なんか おもしろそう!アニメってあんまり好きじ…

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2005.05.08
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JRの事故。
事故から6日間の間にボウリングやらゴルフやら旅行やら飲み会やらが行われたと、椅子からずり落ちそうなJR西の「失態」が次から次へと明らかになっている。事故の原因を追求していたはずが、徐々にJR西の組織体質に対する追及へと様相が変わってきた。

はて。伊丹駅でのオーバーランの問題はいずこへ?

もし伊丹の駅で40mものオーバーランがなければ定刻どおりの発車になっていただろうし、そうすれば、若い運転士が1分半の遅れを取り戻そうと鬼のように速度を上げることもなく、あのカーブを制限速度の範囲内で通過していれば、結果として悲惨な事故は起きずに済んだのではないのか(車両不良や故障が無い限り。)

確かに、1分半の遅れを「取り戻さなければならない」という強迫観念を生み出した背景には、彼の所属する組織の問題があったのかもしれない。
JR西が安全より利益を優先していたことも確かなのだろう。正確で緻密なダイヤは顧客を獲得するアドバンテージとしての確かな品質となる。料金設定が他の私鉄より高い分、多くの利用客が遅れた時に“不満を漏らす”のも事実だろう。

しかし、今回の事故は至極単純で「未熟な技術が招いた」悲劇だったのではないのか。
シンプルに考えればそういうことでしょう。

優先順位の判断基準を持たない未成熟な人間性も、古い体質(脅しや虐めがあったのだとすれば、だが)の組織のあり方も、危機管理意識の低さも、安全設備の不備も、数え上げれば追及されてしかるべきことはたくさんあるかもしれない。日本人全体が時間にうるさくて、細かいことをチクチク根掘り葉掘りクレームつけたりする民族であるのかもしれない。けれど“事故を招いた原因”は「伊丹駅からの出発の遅れ」だし、運転士が「これはやばい」と思うほどの1分半遅れの原因は40mという「オーバーラン」だ。


2~3mならまだわかる。そんなミスもたまにはあるわな。しかし40mとか100mとか聞くと一般人の理解の範囲を超える。
そんなにブレーキングが難しいなら、操作性を向上させる機種改良を行うべきだったんじゃないの?とか、相応の身体能力が必要なら適性検査や運転士試験を厳格にし、免許も更新式にしたら?とか、新人とベテランとの同乗勤務を増やすべきなんじゃないの?とか、居眠りなどによる操作ミスが多いのであれば、過密な運行ダイヤより過密な労働体系が問題なんじゃないの?人は足りてるの?とか。
滅多には起こらないはずの“大きな”オーバーランを客観的に分析し適切な措置をとっていたのか。

労働組合も出張ってきて会社の批判をしている。君らは労働者として恥ずかしくないのか。サラリーマンとして根性は無いのか。批判することは誰にでもできるが、日勤教育を批判したって何も戻らない。組織の体質は明日改まるものではない。明日変えるには人を入れ替えるしかない。構成員の力で変えることができないのなら、組織はその構成員を変えるしかないんです。構成員とは君達のことですよ。
そもそも、そういう体質がいやな社員は転職しなさい。辞められないなら、自分を見失わずに淡々と確実に仕事をこなすことだ。

ましてや日本という国の社会性の問題でも、民族性の問題でもない。それを問題とするなら、いつ何にどういう風に影響するかなんて計り知れない。スピード社会が招いた悲劇だとか言う方もおられるようだが、スローライフだのスローフードだの、そういう生活を望むなら田舎に引越すことをおすすめする。日本の田舎はまだまだのんびりしています。
都会に住む人間は安全性と危険性がない交ぜになった社会で生活している。人も企業も常に確率の中で利便性を享受し事業を営んでいるのだ。
社会だの組織だの、そんな広い範疇で考えるんじゃなくて、あの日あの路線のあの電車で起こった原因を探るべきじゃないのか。

死者に鞭打つつもりは全く無いし、むしろ彼の最期の精神状態を思うと本当に気の毒だと思う。
でも、彼は運転士には向かなかったんじゃないかと私は思う。
可能性や確率を想像できない人間は、危険なものに触れるべきではない。人には必ず適職がある。活かされるべき道がある。

いや、引導を渡されないまま自分の能力の見極めができず、無我夢中で走りつづけている運転士が今日もいるかもしれないと思うとぞっとする。

「アナタハウンテンシニハムキマセン。デスガ、ホカニヤッテイタダキタイコトガアリマス。キボウヲモッテアタラシイショクムニツイテクダサイ。」

仕事は夢ではない。大きくなればなるほど、個々人がやりがいを見つけ、役割分担がきちんとなされているのが正しい組織だ。良い悪いの判断基準を全ての事柄に対してシンプルに、明確に持って、それに沿って全てが公平に運営されること。労組がそういう組織作りに協力できるかどうか。それが再建の鍵なんじゃないのか。

そして、最近一番うんざりしているのは、“お前こそ何様やねん!えらっそうに”と言ってやりたくなるほどモノの言い方を知らない記者の皆さん。
君だよ君。大人なんだからきちんと丁寧語を使いなさい。君が“お前ら”だの“死んでんねんでぇー”だのと居丈高に怒鳴れば怒鳴るほど、それを見せられるこちらは幻滅し、被害に遭われた方々へのウェットな感情がどんどん乾いていく。取材する君は我々と同じ第三者であって、決して誰かを責めることのできる立場の人間ではなく、ただ職業としてそこの記者会見場にいるだけだということを忘れてはなりません。君はそこで仕事をすることを許されているだけであって、怒鳴り散らしたり、不遜な態度をとって良いとは誰も思っていないよ。事実を迅速に正確に我々に伝えてくれればそれで良いのだよ。


阪神淡路大震災のときとは状況は明らかに違うわけで、「皆で駆けつけて人命救助をするのが当たり前だろう」という意見もあるようだが、それでなくても渋滞が起きて救急車が通せんぼされたりして混乱しまくっていたわけだから、事故直後に駆けつけた現場の近所の工場勤務の人たち以外は、プロ(警察やレスキュー隊)がプロとしての仕事をまっとうできる環境を作ってあげることができる人間が現場に派遣されてしかるべきだと思う。そういう、おそらく行政が管理するべきシステムは果たしてできているのだろうか。誰がどんな権限を持ってどのタイミングで付近一帯を通行止めにできるのか。救急車がまともに走っていたら助かった命もあったかもしれない、と医者が言っていた。事故車両に乗り合わせていた運転士2人を出社させたのは明らかに判断ミスだけど。

「自分の仕事は何なのか」「仕事ってなんなのか」それをわかってない、あるいは履き違える人間が多すぎることが、あえて言うなら、今、日本が抱えている社会問題なんじゃないのかね。





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Last updated  2005.05.08 15:44:13
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