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Face BookやTwitterへの書き込みもあり、久しく開けていなかったブログを見たが、こちらの方が文章がきっちりと残せる気がするので、再開をすることにした。
2013/05/02
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今朝、5時30分頃にラムは私の手の中で永眠いたしました。 8歳7ヶ月の短命でした。親の時は涙が出なかったが、ラムの死は本当に悲しくて涙が出ます。
2012/07/03
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マカオは坂の多い街であるが、会社の寮は超高層ビルで、そこからの街並みがおもしろい。表通りから店のあるSt. Paul Cathedralに入ってくる道。 ここは原宿の竹下通りの様。 店の近所の通り。
2011/05/23
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日曜日でずっと家に居たので、ラムが疲れた様で夜はほとんどこの体勢で寝ていた。後ろ足の麻痺も大分良くなって、散歩は問題ないし、椅子にも飛び上がれる様になった。何で一時的に麻痺したのか分からないが凄い回復力。
2010/11/22
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照明器具の追加分を設置しようと思って始めたが難しいね。仕事がちょっと忙しいが、今週中になんとかしたいな。
2010/11/21
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ラムの足は麻痺の影響が少なくなって、歩行が出来るようになった。 居間のソファーに飛び上がるのは出来なくなったのか、それとも一時上がれなかったのを記憶していて、上がらないのか分からない。いずれにせよ、不快そうではないので、このままリハビリをする以外に方法は無いだろう。
2010/09/29
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日記の主人公ですが、後ろ足が麻痺して歩行が困難になりました。 回復はしているが、医者にも原因が良く分からない。 喋らないから、何が悪いのかも分からない。
2010/09/15
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日曜日の試合を応援に行きましたが、負けました。
2010/09/15
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ブルースが中心の生活で昼の観光がおろそかになっていたので、一気に一回りしてきました。まず、フランクロイドライトの自邸当時はセンセーショナルだったでしょうね。 空間もディテイルも素晴らしい。 Willis Tower 103階の展望台へ1分で上がれます。 ガラス箱に入ってみましたが、数秒間だけ立っていられました。シカゴの中心部
2010/09/01
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シカゴ南部の小さな店。 タクシーの運転手がなぜそんな所へ行くのかと聞いていたが、店に入ったら黒人以外のお客が居ませんでした。 シカゴのブルースはシカゴ南部が本場と言われているそうで、本物を求めて行きましたが、言葉が出来ないとここに来るのは難しいかも。 実際、ピアニストの有吉さんが現れるまでは、ちょいと場違いでした。 出演者は Billy Branchと言うハーモニカの名手。 日本人のアリヨこと有吉さんがピアノで出ていました。 ドラムは67歳の人の良い爺さんでした。後ろの人が Billy Branchところで、夕飯は近所のフライドチキン $7でした。 安い。
2010/09/01
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日曜日でしたが、ほぼ満席の状態になりました。飛び入りのダンサーBANDです。 どうも見た顔だと思ったら、昨日、BLUCEで飛び入り演奏をしていました。 持っているDVDの中で見た顔も居ます。
2010/08/30
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3時にBLUSEを出て、斜め前にあるKingston Mineへ。中は朝の3時でも満員状態。 4時から交代したバンドの演奏が始まった。
2010/08/29
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BLUES 9時から3時まで居ました。今日の歌手 NELLIE飛び入りの歌手 Big Time Sarah 下ネタブルースで超うけていました。飛び入りの Miss Lazy Yu 日本人のハーモニカプレイヤーです。 本当に上手で大ウケでした。ステージ横の席だったので、ミュージッシャンと仲良くなりました。
2010/08/29
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View From EntranceView From Window
2010/08/28
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Buddy Guy's Legends 入場料 $15.00チキンとビールで Total $13.00
2010/08/28
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2010/08/23
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2010/08/19
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ライブハウスが完成しました。 なんと、2007年から3年間も工事が続いていました。 音との戦いで、試行錯誤の連続でした。
2010/08/16
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Ubuntuを使ってみようと思い、OSを2台のPCにインストールしてみた。この記事もそのPCを使って書いている。 明日はここから写真をUPしてみる。
2010/08/16
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昨日、みちばで丸焼きトマトを食べました。
2010/07/12
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スタジオがもうすぐ完成する。 機材の再設定や家具の移動、楽器のセットアップ等、仕事が山ほどあるぞ。
2010/07/09
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昨日は小松さんのライブに行ってきました。 懐かしい歌とギターソロが聞けました。http://www.becgroup.co.jp/artistsfiles/village/komatsu/index.html是非、皆様も。
2010/07/08
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ヤンの家で飯を食いましたが、美味かったです。
2010/07/01
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ちょっと太り気味。
2010/06/21
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http://jikkendai.com/top.htm
2010/06/18
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4年ぶりにブログを書きます。ブログに書く事があまり無い。 写真でも撮って貼り付ける事にしよう。
2010/06/15
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数十年前にロンドンに就職した時に、その年の春は雨ばかり降っていた。「何て気候の悪い場所に来てしまったのだろう。」「なぜこの様な地に人は文明を築いたのであろうか。」という疑問が生じた。 英国での滞在が数年になった時点で「人間は寒い北の地域で生活をしたほうがだらだらとせず、背筋がピリッと伸びた状態で仕事が出来る。」に改宗していた。「成る程、近代文明はこう言う地域で発展するのだ。」に考えが変わっていた。そんな、英国から干ばつの報が届いた。昨日から洗車や散水等に水を使用するのが禁止さている。 環境の悪化が指摘されているが、半世紀を生き抜くとその言葉の重みが良く分かる。 世界中を歩いて地域の空気の変化を感じこの目で見てきた。この調子で環境が変化し続けるとまずい方向へ行くような気がする。 俺は生きてはいないだろうが、どの様に変化するのだろう。
2006/05/16
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カイロに住んでいたのは、今から10数年も前の事になる。 この国はスエズ運河と観光にその収入を頼って生きているが、観光シーズンで外国人が多く滞在しているエジプトのリゾート都市であるDahabで3回の爆発があり、30人が死亡115人が負傷した模様で、その多くは外国人であると報じられている。 Dahab(アラビア語で黄金と言う意味)は日本ではあまり知られてはいないが、シナイ半島の東側に位置し、紅海に面したリゾート地である。紅海は流入する河川が無いために透明度が高く、ダイビングスポットとして国際的な人気を集めている。 中でもシャルム・エル・シャイクは観光開発が進んでいるが、ここも2005年に爆弾テロに見舞われ60人が死亡している。紅海の上空を飛行した事があるが、透明度の高い海とさんご礁がとても美しい。紅海に突き出ているシナイ半島は海岸線が全て砂漠であるが故に人間が居住出来ず、自然環境が保たれている。 実際、潜ってみると緑色が濃い海ではあるが、透明度は高くさんご礁はとても綺麗だった。エジプトの国際収支はスエズ運河の通行料金及び観光収入に依存しており、他には金の稼げる輸出産業は無い。 テロによる爆発がある度に観光客が激減し、この国の経済が大打撃を受ける。 ところで、何としてでも、一生に一回はエジプトに行くのを勧めるぞ。 4000年の歴史が手に触れられる所にゴロゴロしていて歴史観が変わる。
2006/04/25
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いつ頃から週休2日になったかなぁ? 小中学校は4年前から「ゆとり教育」で週休2日になって学力が著しく落ちたらしいが、サラリーマンもある時まで休みは週1日だった。どうも、休みが長い方が良いという一般的な考え方であるが、どう考えるべきか真剣に取り組む必要があると思う。収入の格差が広がったと言われているが、ガキの頃から色々と努力してやっと収入が上がったら文句を言われる世の中では、働くモティベーションが無くなる。努力しても結果が必ずしも100%約束されてはいないが、人は良く他人を観察していて何かおまけが付いて必ず帰ってくる。子供に良く言い聞かせておかなきゃ。
2006/04/17
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日曜日の午後に南米をバイクで縦断するテレビの番組を見ていたら、見たような所が出てきた。ペルーとチリの国境が映し出されたが、国境でパスポートコントロールがあった建物に見覚えがあった。 そんな場所へ行った事を忘れていたが、会議のためにペルーの南部からサンチャゴへ急いで移動する必要があり、その国境を陸路で超えた事があるのを思い出した。陸路でTacnaと言うペルー側の町まで車で移動し、そこで一泊して翌朝、国境を越えてチリ側の最北にあるAricaと言う町から朝一番の便に乗ってサンチャゴへ移動した。働いてたなぁ
2006/04/10
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資格と書くと国家認定があるのかと言う疑問がすぐに浮かぶ。 ここが、日本人の弱さで、明治以来官が経済のイニシアティブを取り国民を洗脳したために、官が認定しない物やサービスはクオリティーに問題がある様な気がする所に問題がある。 そもそも、仕事などと言うものは、任された事をちゃんとやれば誰かが認めてくれ、その対価を支払ってくれるわけで、その輪が広がれば商売繁盛となる。 これは世の中に経済が確立した瞬間に成立している論理であり現在も変わらない。 何か一つの事が上手く出来ればお金になる。
2006/04/07
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朝の犬の散歩に出たら、小学生が道にあふれていた。 近くの小学校の入学式があると見えて、新一年生が親に付き添われて学校に入って行くと入れ替えで小学生が帰路についていた。 我が家の近所の桜もまだ山ほど花をつけているし天気も良い。 ふと考えたが、その桜は40数年前に自分が小学校へ入学したときには無かった。 入学したときには、街に子供があふれている時代で、記憶では2部制になっていて小学1年生午後の部だったような気がするが定かではない。 おふくろに聞いても記憶が無い様であるが、貧しい時代で子供達の着ていた洋服は「おさがり」が当たり前でパッチがあたっていた。
2006/04/06
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言葉が伝わらないのは、それぞれの人間が持っている言葉に対する感覚が異なるため。 最近、伝わらない事が多い。 俺が独善的になってきたのかな?ごく、合理的に思考するようにはしているが、口から出てくる言葉は短絡的になり説明がつけられていない場合が多い。 自分でもそうなっていることは分かってはいるが、年齢を重ねるにつれて、一つの言葉の裏に重厚に積み重ねられた経験を一言では説明できなくなっている。
2006/04/05
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少なくとも喉の痛みは消えてきた。 2日程調子が悪かったが、だんだんと回復してきた。 単に風邪を引いただけなのだが、体調が悪くなったのには、 参った。 高熱が出ても会社は休まない勢いは無くなって来たかな?
2006/04/04
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金曜日の夜は遠来の友と夕食を共にしたが、その直後から具合が良くない。冬になると一度は遭遇する風邪にかかった様だ。 もっとも、風邪だからと言って会社を休むなどと言うことは無い。 数十年間、無欠席だと思う。喉が痛いのだが、龍角散のど飴が唯一の薬。 今日は調子が良くない。
2006/04/03
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疲弊したオヤジの集まりである同窓会にはあまり出席しないようにしていたが、遠来の友ありて10名程度の集まりに出た。 30数年ぶりに会う同窓生も居て、居酒屋に集まってくる彼らを見ていると、面影は残っているものの名前も思い出せなかった。 彼らと話しているうちに高校生であった頃の仕草とか話しぶりは各人ともそう変わってはおらず、多くの記憶がよみがえった。
2006/03/29
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月曜日だ。少し働くかな。週末のラムの散歩で近所を歩いたが建売が増えた。 開発は約30平米の土地に3階建の小さなユニットで最近は売れ残りが多い。 土地の値上がりとともにミニ開発が増加すると思うが、大規模な地震が予想されている現在、都市防災上は問題がある。 さりとて、収入にたいして販売金額が適正であるがゆえに需要がある訳だから現在の社会構造下では止めようが無い。
2006/03/27
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何時の頃からか、スパムメールが来るようになった。 会社のメールアドレスは展示会で公開しているので、世界中からスパムが来る。 中国からのスパムメールが多いのだが、会社の宣伝が多い。ところで、ここのサイト内ではトラックバックに逆援のサイトを何回も貼り付けられているが、こんなサイトに今時引っかかる人間が居るのか? もっとも、そう言う人達が居るので広告で釣ろうとしている訳だが、儲かるのかな?
2006/03/24
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今日は卒業式の日で、息子がやっと小学校を卒業します。 お父さんはどうやってリタイアーしようかと考えている所ですが。ネットで年代を調べたが、俺が小学校を卒業した年の日産ブルーバードはこれだったか。 18歳になって買ってもらったブルーバードもいわゆる箱ブルと呼ばれている車だった。
2006/03/23
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オヤジバンドに参加しているという話を仲間にすると、誰々もバンドを始めたらしいという話を聞く。 人生の目的がだんだん希薄になって行く中で、何かをやっていないとヤバイという強迫観念に押し出されるのか、仲間が増えそうだ。我々の世代は、世の中が戦後のドサクサからやっと抜け出して、親が息子たちにレコードやエレキギターを買い与える事が出来る事が出来る経済状態になった時代にちょうど青春時代が合致した。 そこへベンチャーズやビートルズが出現して、それらをパクッて音を出していたら、急激に音楽の道が目の前に現れた。 考えてみたら1964年まで渡航制限があって、一般の日本人は海外に出かけることさえ出来無い時代だった。 自分もバンドに参加してドラムを担当しているが、技量の無さに自分で嫌気がさす。 もう一回、昔に戻ってと思うが、昔にはなかなか戻れない。 練習をする時間が限られているのと、ドラムとうい楽器の特性で練習をする場所が無い。 そこで、ライブが出来るれ練習場を自分でつくる事にしたが、今のところ自分達の専用で人に貸す気は無いのだが、近所の若いのに場所を提供するのも良いかなと思い始めた。わが町にも小さなライブ会場があるが、ネットでみると結構な値段を取って場所を提供している事が分かった。 採算が出る可能性もあるので、設備に少し投資して一般公開をしてみようかとも思う。
2006/03/22
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ちょっと長くなったアルメニアの滞在も終わり、ウイーン経由で東京に戻った。ウイーンはヨーロッパの都市ですね。 海賊にお金を稼せがせて、それをつぎ込んで造った都市ではないので派手さが無いが、良い街ですね。 思わず何軒ものカフェに足を止めてコーヒーをすすりながら、エレバンのカフェとはちょっと違った時間を過ごしました。この水は何処のブランドか分からないが美味かった。 アルメニアに滞在中にはあまり水を飲まなかったのと、ケバブでは無い食事をした直後に飲んだ水なので美味しく感じたかな。
2006/03/20
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昨日は追い込みで徹夜になった。 今日は仕事も終わり近所のレストランへ。 財務省と外務省の地下にあたる場所にARARATというレストランがある。過労で写真を撮る気も起こらなかったが、レストランの内部はアーチの連続で地下に作られた空間で心地が良かった。生バンドが入っていて、演奏をしていた。 現地の歌手とバンドであるが、どちらかと言うと、トルコ風の民族的な音楽から、日本の歌謡曲に似た旋律をもつ現代音楽、ラテンの様なリズムの音楽と3種類の曲目を演奏していた。 そのうち歌謡曲に似た音楽では、デュエットで2組が歌っていたが、レベルは高い。 もう一度この国に戻って来た時にはミュージッシャンと話をしたいと思う。さて後5時間ほどでここを離れ、ウイーンに向かう。
2006/03/14
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今日が最後の日になります。長かったですね。 いまさらこんなに長い出張に出ると思いませんでした。とりあえず、自分で手を動かす仕事ですから、本当に久しぶりでした。 今回は長かったので色々と活躍した機器がありました。特に活躍したのは、携帯IP電話でPCに接続して東京と3分9円かな。 とても使い勝手が良かった。 ハードはここに滞在するメンバーに残して行こうとおもっています。 問題と言えば、ここのネット環境はDSLだと思いますが、時折スピードが落ちて、IP電話は使用不能になります。 この写真は2月24日に掲載しましたが、復活。 IP電話は左の方にある白いメモリースティックです。その他の物については、活躍度は低いが、AUの携帯は電話をかける方は簡単で良いが、料金が高いか。 もっぱら、香港の電話会社の携帯を使用した。PCは軽くて携帯には適しているが、小さすぎてメッセンジャーでタイプをしなくてはならない時には、ちょっとつらい。 でも、重量を考えるといい選択かも知れない。 ただし、HDの容量がもうちょっと欲しいかな。 メールが4ギガあるからDに入れて、ちょっと書類が増えると、写真などのストアーは出来ない。 外付けのHDは東京の環境を持ち込むのには最高。考えてみれば、もう少しソフトを植えてくれば、もっと活躍したかも。 1ギガのメモリースティックも会社に出勤するときは便利だった。 XPになっていろいろな言語に対応するようになったので、事務所では、客が用意してくれたPCの環境で日本語も使えて便利だった。
2006/03/14
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ここはアルメニアの首都エレバン市のほぼ中心にあるカフェ。ここで標的を待つことにする。標的は車からおりたが、2人の人間が影になって照準が定まらない。標的が見えた。狙った標的ではない。エレバンでは普通に歩いている人でした。と言うわけで、ここの男には、なかなか話しかけにくい。ところでこれがゴルゴの昼間飯。 ナン、サラミ、チーズ、果汁100%のオレンジジュース。
2006/03/12
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ここも先週の週末の行った所。 説明が上手く出来ないので、他人のサイトからのパクリで説明すると、こう言う曰く因縁が付いている教会です。 エレバンから20分ぐらいの所にありました。 「ローマから逃げてきた絶世の美女リプシメは時のアルメニア皇帝の懇願を拒否し、キリスト教を信じ、非業の死を遂げるという言い伝えにちなんだ聖堂で、618年に建立された。」
2006/03/12
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ホテルのロビーで朝のコーヒーを飲んでいたら、何やら騒がしい。 結婚式の写真を撮っていた。 本物の結婚式ではなくカタログにでも載せるための撮影のようだった。 女の子は美人ですよね。残念ながら、フラッシュを使えないので、ピンが甘い。 小さなデジカメではこの画像が目一杯かも。この国の人種であるが、東洋系と西洋系が混在している。 両方とも黒髪で黒目なのだが、圧倒的に容姿が異なる。 男女も東洋系は背が低くく、女性は150cm前後であるが、西洋系は圧倒的に背が高い。170cmは軽くあるような女性を見かける。 どちらかと言えば、西洋系の子に美人が多く、顔立ちはギリシャ人にちかい。 町で見かける女性の中には、本当に美人が居る。そのまま、モデルでも通用すると思う。
2006/03/11
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もう一軒お勧めのイタ飯屋。 外務省の裏側にあるお店で、ピザも普通に美味い。 ちなみに、これが店内で今日の昼食は、マッシュルームスープ、ケバブにスプライト。 これで、550円ぐらい。 ここのウエイトレスは美人ぞろいだが、写真を撮らせてと頼んだら、この子がいきなりポーズを取ってくれた。 実はもっと美人が居るのだが、接客中で撮れなかった。 タイミングが悪かった。ピザを焼く職人。 写真はダメと言われたが、撮ろうとしたらとたんに笑顔になった。
2006/03/11
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エレバンから南西に走ると、前方から右手に見えていたアララット山が真横に見え、60kmんp地点で道が分岐する。 まっすぐ進めばアゼルバイジャンで、左に行けば内陸側に進む。 左折して進むと峠にさしかかり、そこからは銀世界になる。ピークを過ぎて下ると、村がありワインを製造しているとみえて、道端でワインの即売をしている。 試飲してみたが、甘かった。分岐からさらに60kmほど進み、街道から左に曲がり細い道路に入る。ここからの景色は圧巻で、切り立った岩の絶壁を進み目的地のノラバンク修道院に進む。 日本にこの景色があれば、観光バスが列を作ってもおかしくない。 この道を5~6km進むと左側の絶壁の下にノラバンク修道院は見えてくる。 /center> 13世紀に建立されたらしいが、近年の修復で綺麗にはなっている。当時、この場所で暮らすのは往生だったと思うが、宗教の修行がストイックさを要求するものであるとすれば納得が行く。 空気は圧倒的に澄んでいて生き返った。 ちなみに、峠のみやげ物屋は無い。
2006/03/11
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地元の人に聞いてライブハウスに行って来た。 ここに来て3週間になるが、初めて夜に外出した。 明日のフライトで帰ろうと思っていたが、ビザの延長を頼んだのが遅くてパスポートが戻ってこなかった。 で、明日は出国できない。 次のフライトは水曜日で、ウイーンに一泊して金曜の朝に東京に着く事になる。 何と1日の為に、6日間帰国出来ない。 こういう時は、運命としてあきらめる方が精神状態を正しく保てる。で、ライブハウスに行ってみた。 タイトルがブルースとロシアンロックでメンバーは若いが、ステージはいきなりブルースで始まった。 数曲聴いてみたたが、ギターとベースはとても上手かった。 その後は、クラプトンやビートルズのコピーだが、自分達のスタイルを保ちながら演奏していてなかなか良かった。 この国は資源も無くあるものは自然と人で日本と似ている。生きていく為には手に職というわけで、芸術家などを多く輩出している。 ソ連の時代には科学の先端の研究をしていたらしい。 音楽も生きるためと言うところが、日本の現状とはベースが異なる。 今日演奏をしていた彼らにもチャンスは巡って来るのか??
2006/03/11
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先週の日曜日にちょっと観光に出かけた。 エレバンの北西に位置する、かつての首都であったエチミアジンに建つ大聖堂に行ってみた。 アルメニア正教の大本山であり、質素ではあるが重厚な空間であった。 世界遺産に指定されている。 僧房があり多くの修行僧が学んでいると聞いた。 彼らは観光客の相手もしてくれて、教会の裏側にある博物館で説明もしていた。
2006/03/10
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