ANTIGONE⑥

テイレシアス

これこそはゆえなき乱痴気掻ぎへの死の宣告か、クレオンよ、この国を腐らせたのはあなたじや。祭壇も供物所もけがれておるのじゃ、あの、無惨に死んだオイディプスの息子を食いあきた犬や鳥どもで。だからして鳥どもはもはやよいしらせを鳴いてはくれぬ、死人の脂身を喰ろうたからじや、神々は、そんな勾いはおきらいじや。死者には道をゆずりゆくべき所にゆかせるがよい!



クレオン

じじいめ、お前の鳥はお前に都合よく飛ぶのだ。わしにはわかっておる、わしに都合よくとんだことだってあるんだからな。わしとて商売というもの、占い嫁業というものを知らんわけではない。けちではないのでな。そうやって、サルディスの琥珀なりインドの黄金なり嫁ぐがよい。だがいっておくが、わしはあの臆病者の葬いなどさせぬぞ、ゼウスの不気嫌なんぞ糞くらえだ。神々を動かせる人間なんぞいないのだ、わしにはわかっておる。なあ、ご老人よ、人の世にはたとえ偉い奴でも、欲得づくでくだらんことをまことしやかにほざいて、くだらん死をむかえた奴もおるのだぞ。



テイレシアス

ちっぽけな時間のために嘘をつくには、わしはもう年をとりすぎておる。



クレオン

どんな年寄とて生命は惜しいものだ。



テイレシアス

そんなことはわかっておる。だがわかっておることは他にもある。



長老たち

いうがいい、テイレシアスよ、王よ、この予見者に語らせなさい。



クレオン

.言いたいだけいうがいい、だが、妙なかけひきはするなよ、予見者という奴は金が好きだからな。



テイレシアス

その金をさしだすのが暴君だそうじや。



クレオン

めくらは、まず金をかんでみる、そしてやっと金だとわかるのだ。



テイレシアス

いや金などくれんでくだされ、戦さのさなかには何が自分のもち物やらわかりはせぬ、金だろうが息子だろうが権カだろうが。



クレオン

戦さはおわった。



テイレシアス

終ったかな?いやはやあなたにたずねてしもうた。おおせのとおり、私らごときはものを知らぬから、たずねてみるより仕方がないのじゃ、いかにも未来のことはみえんのでな、過去と現在をしっかとみつめねばならん、そいつが、予見者たるわたしのやり方、わしには、この子のみえることしか見えんのでな。たとえば勝利の柱の鉄が薄いと聞けば槍をまだつくっておるからじゃろうとわしはいう。兵隊さんのために毛皮の服を縫っているよと聞けば秋がくるからじゃろうと言う。魚の干物をつくっているよといえば、それは冬の糧食だろうよという。



長老たち

それはみな、戦さに勝つまでの話で、もう終ったことだと思っていたが。今にアルゴスから鉱や魚と共に獲物がどっさりくるのだと。



テイレシアス

.番兵は山ほどおるのに、見張るべきものが多いか少ないか、誰にもわからん。だが、あんたの一族には大きないさかいがある、これは確かじや。いつものように商売がうまくいこうとも、すべてを忘れられはせんはず。聞くところによると、お前の息子ハイモンは、お前に傷つけられて、出ていったそうじゃ、お前が彼の許婚のアンティゴネを岩穴になげこんだからじゃ、兄ポリュネイケスを葬おうとしたかどで。それが何故かというにお前がポリュネイケスをうち殺し墓もなく放りだしたからじゃ、彼がお前に刃向かった時に。そしてポリュネイケスが刃向った理由は、お前の戦争が兄のエテオクレスを殺したからじゃ。だからこそわしにはよくわかるのじゃ、残忍なお前が残認な所業の中にまきこまれてゆくのが。わしは金などに迷いはせぬゆえ、もうひとつたずねておこう。メノイケウスの子、クレオンよ、お前は何故に残忍なのか?答えやすくしてしんぜよう、お前は戦さに鉱が足りないからか?何とばかげたまちがったことをはじめられたのじゃ、しかもそれを続けていかねばならぬとは。



クレオン

ニ枚舌のごろつきめ!



テイレシアス

舌ったらずよりはましじゃろうて。これで答をふたつもろうたわけじゃ、つまり、答はないという答をな。あんたのない答とない答をむすびつけて、こう言おうか。政治の乱れは偉大な人物をよび求めるが、偉大な人物などおりゃせん、戦さは自分でしかければ、自分の足を折るばかり、略奪は略奪を生み、残酷は残酷を重ねる、欲は欲をうみ、とどのつまりはすっからかん、過去と現在をふり返ればざっとこんなとこ。あたらは未来をみて、ぞっとする。さあ坊や、連れてっておくれ。



テイレシアス、子供に手を引かれて去る



長老たち

王よ、この髪がまだ黒かったら、途端にまっ自にかわったことでしょう、あの男、怒りにかられていやなことをいいました。だが、もっといやなことは言わなかった。



クレオン

じゃあ、言わせてもらおう、聞かずにすんだことは、ほじくり返す必要はない。



長老たち

メノイケウスの子、クレオン殿よ、若い連中は一体いつ、男手のないこの国に帰ってくるのですか?メノイケウスの子、クレオン殿。あなたの戦さはどうなっているのですか?



クレオン

あ奴が悪意をもってわざと、そこに眼を向けさせおったからな。じゃあ、答えてやろう。陰険なアルゴスがしかけた戦争はまだ終ってもおらんし、うまくいってもおらぬ。わしが停戦を命じようとした時に、ほんのちょっとした手ぬかりがあった、ポリュネイケスの裏切りのおかげでな。だがその男のことも奴のために嘆いた女のことももう片がついた。



長老たち

.片がついていないことがもうひとつあります。この国であなたのために精鋭の槍隊をひきいる、あなたの末の息子ハイモンはあなたからそむいていったのですぞ。



クレオン

.あんな奴にはもう何の未練もない、くだらぬ自分のベットばかり心配しおって、わしを見捨てたあんな奴はわしらの眼の前から消してやるのだ。わしのためにはまだ息子のメガレウスがよろめくアルゴスの城壁に身を踊らせて戦っておるわ、あれこそ、功勲高いテーバイの若者だ。



長老たち

だがそれにも限りはあります。メノイケウスの子クレオンよ、私らは、いつもあなたに従ってきた。国には秩序があった。あなたが、私らの首ねっこを、しっかりおさえていたからだ。国中の敵を、そして何ももたず戦争のおかげで暮らしているテ-バイの盗人のような民衆どもを、又、いさかいをねたに生きる大喰らいで声のでかい不平屋どもを。奴らはどっかから金をもらって、あるいは金をもらわなかったからといって、広場でごちゃごちゃしゃべくるもの。今またそういう連中が叫んでおる。そのための不都合な材料も事欠かない始末。メノイケウスの御子よ、あなたはあまりに途方もないことをはじめられたのではないか?



クレオン

..俺をアルゴスに進軍させたのは一体誰だ?鉄の槍先ひっさげて、山の鉄をとりにでかけたのもお前らの指図によるものだ。アルゴスには鉄がたくさんあるからな。


長老たち

おかげでどうやら槍は豊かになった。しかし私らはいやな噂もたくさんきいた。あなたを信じて、噂をふりまく奴らをふり捨てたが。恐れにふるえながらも耳に栓をしてきた。あなたがたずなをギュッとひきしめると眼をとじた。もうひとふんばり、あとひといくさ必要なのだとあなたはいわれた。ところが今やあなたは、私らまでも敵扱いしはじめた。残忍にも二重の戦争をやろうとしている。



クレオン

お前らの戦争なのだ。



長老たち

あなたの戦争なのだ。



クレオン

おれがアルゴスを手に入れさえすれば、又、お前たちの戦争だったということになるだろうよ!この話はもうやめだ。わかったぞ、要するにあの女、反抗的なあの女が、お前らと、あの女の言葉を聞いた奴らの心を乱したのだ。



長老たち

妹には当然兄を葬う権利はあったのです



クレオン

将軍には当然裏切者をこらしめる権利がある。



長老たち

権利、権利と権利をむきだしで通用させればわたしらには、どちらの権利も地に堕ちてしまいます。



クレオン

.戦争が新たな権利をつくりだすのだ。



長老たち

その権利も古い権利で生きのびるのです。古い権利に何も与えなかったら、戦争は新しい権利をもくいつくすのです。



クレオン

恩知らずめ!肉は喰らうが、料理人の血だらけの前かけはごめんというわけか!お前らには、戦争騒ぎが聞こえてこないように家を建てるアルゴスの白檀をくれてやったではないか、わしがアルゴスからもって帰った鉄の板とて、誰一人としてわしに返した者はおらん。その上にあぐらをかいておるくせに、お前らはあっちでもこっちでもこのわしを、残酷だとか不親切だとかぬかしおる、獲物がやってこない時の憤激には俺は慣れておる。



長老たち

おい、男手なしであとどの位、テーバイに我慢させるつもりなのだ。



クレオン

その男どもが豊かなアルゴスを倒すまでだ。



長老たち

のろわれた人よ、呼び戻しなさい。彼らがくたばらぬうちに。



クレオン

手ぶらでか?それでいいと本当にお前らは誓えるのか。



長老たち .

手ぶらであろうと手がなかろうと、血肉のあるものは全部呼び戻すのじや。



クレオン

勿論だ。アルゴスはすぐおちる。そしたらすぐ呼び戻そう。わしの長男、メガレウスが連れて帰ってくる。その時には、門や戸ロが低すぎないよう気をつけろ。それが地べたをはいずる奴らに十分な高さでもな。さもなくば、あの屈強な男たちの肩がこの館の門やあそこの宝物殿の戸口にひっか…

クレオン

そうだ、ハイモン、さいごの息子だ!そうだ!、わしの末の息子よ!さあ、この危急存亡の時に助けにきてくれ!わしが言ったことはすべて忘れてくれ、あの時はまだ、わしの力が強かったから、自分の心を押えきれなかったのだ

長老たち

.岩穴へ急ぐのじや、早くあのポリュネイケスを埋葬した女、アンティゴネを放してやりなさい!

クレオン

わしがあの女を墓から出してやったら、お前らはわしに味方するか?お前らは今まですべてのことを黙認してきたのだ。お前らが必要としなかったことでさえ。それがお前らをまきこんだのだぞ!

長老たち

行きなされ

クレオン

斧だ、斧をよこせ!

クレオン退場

長老たち

踊りをやめろ!

長老たち (シンバルをたたきながら

カドモスが愛した娘ゼメーレの自慢の息子であった歓びの霊バッカスよ、あなたの街をいま一度みたければ、すぐに旅だってきて下され、陽の沈まぬうちに、遅れると、この町はもうなくなるのだから

歓びの神よ、あなたはイスメノスの流れのほとり、あなたの母と信者のまち、このテーバイに住んでいた、屋根の上を美しくただよういけにえの煙も、あなたの姿をみたものだ

家々を焼く炎、炎の煙、煙の影、そんなものにさえ、もう会えぬかもしれぬ、千年もの間、テーバイの民は、はるかな海をのりこえ、その繁栄をむさぼっていたが、明日には、いや今日の日にも枕にする石さえなくすのだ

歓びの神よ、あなたの平和の時代には、あなたは恋する者たちと、コキトスの岸辺、カスタリアの森に座っていた、鍛治屋で剣にふざけたり、歓びに踊るこの街を流れる、テーバイの不滅のうたに身をゆだねもした

ああ、鉄がわれとわが身にくいこんで、腕は疲れの餌食となる、ああ、暴虐には奇跡が、寛大には多少の知恵がいるものだ

だが今は、かってはふみにじった敵どもが、我らの館をみおろして、血まみれの槍ふりかざし、七つの門をとりかこむ、我らの生血をすいとらぬかぎり、敵は決して去るまいぞ

あそこに侍女の一人がやって来る。逃げまどう人の群れをかきわけて、きっと父親に救いの軍勢の隊長を命じられたハイモンの使いであろう。

侍女の一人が使いとして登場

侍女

おお、何と多くのものが失われたことか!最後の剣も折れてしまった!ハイモン様も亡くなられた。我と我が手で命を絶って。私はこの眼でみたのです。それ以前のいきさつは、クレオン殿のお伴の人たちから聞きました。その人たちは、ポリュネイケスの亡骸が犬に喰いちぎられて横たわっている野原に行って、ものもいわずにそのしかばねをきれいに洗い、集められる限りの若枝をあつめ、その中にその亡骸を横たえたあと、心をこめて、故郷の土で小さな塚をつくってやったという。一方、クレオン殿は他の者をつれ、私ら侍女たちのいる岩穴の基場へと急がれた。その時、侍女の一人がひとつの声をきいた、中からきこえる深い嘆きのひとつの声を。彼女は、クレオン殿に知らせようと走った。クレオンは急いだ。急いで走る彼をますます不気味にとりまく低い嘆き声。自らも哀れな嘆き声を発しながら、近づくクレオンがみたのは、岩壁からひきちざられた閂だった。クレオン殿は、まるで自分に信じさせるかのように、やっとのことで『いや、あれは我が子ハイモンの声ではない』、そうつぶやかれた。不安にみちたその声を私らはじっと聞いていた。するとその時、墓場の奥に見えたのは、首に麻紐をまきつけて、自害なされたアンティゴネの姿。そしてその足もとに身をなげだして、失なわれた花嫁の床を、二人をわかつ深淵を、父のしわざを嘆くハイモン様の姿。それを見たクレオン殿は岩穴の彼に近づきよびかける、『おお息子よ、膝を折って頼むから外へ出て来ておくれ』。だがハィモン様は何も答えず、冷たく父をじっと見すえると、剣をぬいてとびかかる。おどろいたクレオン殿は身をよけて、その切先をかわす。すると息子のハイモン様は立ったまま、何もいわずに切先をゆっくり我と我が身に失き刺した。そして声もたてずに倒れられた。屍は屍と折り伏して倒れ、二人はあの世でおずおずと、婚礼の時を迎えられた。ああ、あそこにご主人自らおいでです。

長老たち

この国はもう終りじゃ。手綱に馴れたこの身に手綱が失せた。女たちに支えられて、あのしくじり男がやって来る。愚かな気違い沙汰の記念の品を手にもって。

ハイモンの上看を抱えてクレオン登場

クレオン

見てくれ、これを、あいつの上着だ。剣を持って帰れるかと思うたに。あの子はうら若い身で、もう死んでしもうた。もう一戦たたかえばアルゴスをぶちのめしてしまえたものを。勇気と狂気をふるいおこして、ひたすら俺に逆らいやがった。だからもうテーバイはおしまいだ。滅びるがいい、俺と共に、破滅するがいい、共に禿鷹の餌食となるがいい、それこそ本望じゃ。

クレオン、侍女たちと共に去る

長老たち

かくして彼は背をむけて、ラプダコス家の最後の名ごり、血にまみれた布切れだけを手に持って、崩れ落ちる町へと向った。

我らも又、あの男の後について行こう、あの世の底へと。我らを無理強いした手は打ち落されて、もはや我らを打ちのめしはしない。だがあの女、すべてを悟りはしたが、ただただ敵を助けたばかり、その敵が今や我らに攻め人ってすぐにも我らを皆殺し。なぜなら時は短く、まわりには災いばかり。だから何も考えずに生きのびたり、忍耐に忍耐を重ねたり、悪虐非道へ走ったり、年とってからやっと賢くなったり、そんな余裕は決して人間にはないのじゃ。



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