球根

しろ



 白を色と呼んでいいものだろうか。このけがれない輝きは、色に数えてもかまわないのだろうか。これこそ全き光であり、侵すことの許されない域のものなのではないか。神や天使や、人の手の届かない所にしかありえない。そんなことさえ信じてしまいそうな神々しさ。
 人間が作り出すのはきっと紛い物で、本当の白はそこにはない。白は、陽の光や、鳥の羽根や、雪の中にある。蛍光灯や紙片や漂白剤の白さは嘘だ。人工の白は痛い。攻撃する。目に突き刺さる。それは侵し難さよりも空々しさ。ぽっかりと開いた化け物の口のような。冷ややかに。
 本物の白は、包み込む。全てを受け入れ、浄化する。何ものも突き放さない。温もりを持った明るさは私たちの心にしみ込み、曇りを透き通らせる。暗雲は取り払われ、穏やかな風が流れ始める。苦しみは喜びに変わり、憂うつは晴れ雨は上がる。あらゆる負は内含したエネルギーを無に帰すだろう。一度動き始めた力の向きを抑えるのは、ゼロから力を生み出すより難しい、きっと。多くの色は何かの効果を、どちらかの向きに働きかける。白は、消す。マイナスに動き出したベクトルをもう一度始点に返す。優しくもまばゆい光であたかも全てに目隠しするみたいに。
 宇宙の始まりに世界を映したのも、おしまいに輝かせるのも、晧晧たる白光に違いない。

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