与え続けること と 工夫すること

与え続けること と 工夫すること

2011.06.02
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カテゴリ: 本、雑誌から。


http://matome.naver.jp/odai/2130043480251952301


東京、結構汚染されてます、、、、驚かないけれど。


わかっているけれど、引っ越しはしない予定。


それでも小さいお子さんがいるのであれば、避難した方がよいと思います。


もちろん、高齢の方も。







わたしの母は、そろそろと自分の寿命を感じていたようで、


2月の下旬に親しい人に会いにいってました。


そしてこの地震。この放射能。


3月22日はかなりの放射性物質が空中に飛んでいて、鎌倉あたりもすごかったよう。





もどってきてなんかへん、、、、食欲がない。


その後大量の下血。


弱っている消化系に直撃したと思われます。


それでもすぐにレメを作って飲ませたら、翌日は食欲がもどり、


緩めのおかゆを一杯。そしておかわり。


かためのおかゆも一杯。


ぺろりと食べました。


砂糖玉がはいらなければ、、たぶん、2,3日で亡くなっていたと思います。


元気がでてきた母は2,3日したら大丈夫といっていました。


病院へ入院したくなかったようなので。



弟と母の下着とおむつを買いにでかけ、家にもどりました。








弟はゆめにも思ってないようで。


ふとんから母を出さないといけない。


けれど、母は腰が抜けたといっていました。


おむつをしているわけではないので、垂れ流し状態。


一晩明けて、さらに異様な臭いが鼻をつきます。





どくとくの臭い、、、薬のような、、、、くすりの害がおしっこと一緒にでているのかしらと思いました。


衛生状態がこれではよくなさすぎる。


よしとにかく、母の股をビデであらってもらおう。


母を持ち上げるのが大変な苦労でした。


弟は頼りにならず、だめだ持ち上がらないと、、弱音。


わたしは、内心叫んでいました。


だめだではない!!


持ち上げてトイレに座らせておしりを洗ってもらわないと。


ふとんを替えないと、このまま寝かせているわけにはいかない!!


だめだではない。やるのだ!


渾身の力をふりしぼって母をもちあげて立たせて、必死の思いで、


トイレまで20歩くらいですが、


一歩一歩支え続けて座らせることに成功しました。


そして掛け布団をはぎ、案の定水浸し状態。


敷きふとんをどけるとたたみまでも丸い円ができて浸み込んでいました。


ふとんを外に干し、


場所をかえて、新しいふとんを敷き、


母はビデで股を洗っていました。


けれど、太ももの横あたりもずっと濡れたふとんに触っていたはず。


なので、今度はとなりの浴室へつれていき、


弟と二人でシャワーで洗いました。


ありがたかったことに、母はなんとか立っていることができました。


そして又、支えながら、新しいシーツをしいた新しい蒲団へ。


買ってきたおむつもさせました。


上も脱がせて新しい下着をきさせているときに、おなかのふくらみに気づきました


おなかがちょっと膨らんでいまして、


これは腹水がたまりだしているなと。


腰がぬけたこと、腸が炎症していること、持病に心不全があること。


監視されているところに置いた方がよいと判断して、かかりつけの主治医の病院に


いくことにしました。


先ほど少し、歩いたので、


今度は起こすのは前よりも楽でした。


歩くのもさっき使った筋肉だったのでなんとか支えていれば、


歩けました。


今思えば、よく玄関をでて、車まであるいていったものです。




思い返してみると、


母に最後におかゆを作ったのはわたしでした。


あのかためのおかゆをぺろりと母はたべてくれました。


砂糖玉を水にとかしたものをとってくれました。


その後自宅にもどらないなんてその時は、思っていませんでした。


母をもちあげたときのあの力を込めた感覚はずっとずっと忘れないと思います。


一種の火事場の力持ち的なものだったと思います。


その後、あらたな症状がわかるたびに砂糖玉をつくり、


もっていきました。


その後2度ほど、危なくなりました。


その都度弟からメールがはいり、わたしはレメを作ってもっていきました。


弟は毎日、病院にかよい、私の指示通りにレメをとらせてくれました。



私は、以前から、父の時は死に目にあえたが、母の時は間に合わないと知って居ました。


ですから、できるだけ通いました。


亡くなる二日前、


お昼くらいに、母がいうんです。


「シンリがみえる」って。


たまたまいたわたしも弟も「え、シンリってあの真理?」


でも、母は耳が遠くて聞こえません。


ボードにかいてきいてみましたが、返事はありませんでした。


そして、「ひかりが見える」というんです。





前回お見舞いに来た時に、わたしは母にボードにかいてみせました。


「光がみえたら、それに向かって!」と。


母は耳がとおいいので、亡くなりそうなとき、ささやいても聞こえないと思ったのです。


父の時は亡くなってから耳元でつぶやきました。「光に向かっていくのよ!」


魂が迷わないようにおまじないです。


偶然教えてもらったんですね、あるひとから。






話を戻すと、


その後、「星がみえる」といいました。


弟が「きれいな星?」とボードにかくと、


「汚れているから、拭かないと」というんです。


わたしはおしぼりで パントマイムのように星と言うより窓を拭いているようなそぶりを


見せました。


それから、母は眠ってしまいました。


そしてそれっきり意識は戻りませんでした。


母は迷わず、光に向かって進むことができたようです。


よかった。





母の入院が息子の卒業式の翌日、2週間おくれて、義母が心筋梗塞で倒れました。


放射性物質の影響と思います。


昨日までふつうに元気だったのに突然、息が苦しいと言い出したのです。


放射性物質の影響がなければ、発症はもっとあとだっただろうと思います。


入院して、心筋梗塞の診断。


翌朝、息子の中学の入学式の日。朝看護婦が、脳梗塞を発見。


主人にレメを持たせてお見舞いにいってもらうことに。


そのとき左半身麻痺と診断されていたとのこと。


その後集中治療室へ。


一週間後、医師が不思議がる中、一般病棟へ。


レメのおかげで左半身麻痺は回避。


ただ、義母の場合レメを毎日とらせてあげる人がいなかったのです、、、


退院も目の前だったけれど、


急に病状悪化。死因は心筋梗塞でなくて、心膜中皮腫。


心膜中皮腫からくる心筋梗塞だったと思われます。


たぶん、アスベストをどこかである一定量以上吸いこんでのでしょう。


発症に40年50年かかるそうです。


医師は心膜中皮腫ですね、と亡くなった後に皮膚をみて診断していました。


もっと早くそれがわかっていれば、、、、


病院の霊安室から桐ケ谷の安置所に移動中に


聞かされ、ちょっと悔やまれました。




義母が亡くなる2日前に、お見舞いにいきました。


今となってはそれが最後のお世話でした。


ゆずシャーベットが食べたいというので、こっそり買っていき、


結局ひとつ食べてしまいました。


ゼリーなら喉を通るだろうと「大地」さんの野菜ゼリーを持っていき、


食べてくれました。「おいしい、おいしい」って。


病院のものはまずいといって食べないんです。


自然食品で売っている、レトルトの「あずき粥」を昼食ででている容器の


蓋にちょろっと出して、スプーンですくって食べさせてあげました。


出した分はスプーン4杯くらい。これを完食。


それから指のにぎったりとじたりの練習。


両足のリンパを流してあげました。


義母は「きもちいい、きもちいい」、といってくれて、いまだにその声が耳に残っています。


その間に、えびすのビールが早く飲みたい、


浅草のなんとかいう古いお店にいきたい。


うなぎはのだいわで食べたいと


退院したあとの楽しみを話してくれていました。


わたしの髪につけているピンをみつけて、「おしゃれ」といってくれました。


たいしたピンではないんですが、


そう思っていってくださったのなら、嬉しかったです。


今思うと、このときの滞在の3時間半が最後の時間になってしまいました。




わたくしごとをかきましたが、


放射性物質、じわじわと来ています。


高齢者は突然具合がわるくなります。


母はもうすぐ93歳。義母は80歳でした。1周り違うんですね。





放射性物質ですが、


ホメオもこれに対処ができるものの一つです。


お役に立てて嬉しいです。


















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Last updated  2011.06.02 10:37:49 コメントを書く
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