与え続けること と 工夫すること

与え続けること と 工夫すること

2011.06.23
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カテゴリ: 気づいたことメモ




おまけに、雨で無風、、、、さらに蒸します。


けれど、それが以前ほど気にならないような気もします。








自分の人生に責任をもつということのできない人は、


どういう人かと考えてみたら、


依存の人が当てはまるか。


自分を生きてない人ということもできる。


生きているけれど、寝ているように生きている人、


自分で考えられない人、考えたくない人。





他人を責め、自分を責め、、、、だからぐるぐるまわっている思考。


自分を責める人は他人を責める、というのは、知らず知らずにそういう構造になる。




全く責めるなとはいわないけれど、いつもいっつも自分を責めている人がいる。


自分を責め、不完全を完全へとなるように、


自分を頑張らせて頑張らせて、、、だから頑張ってない人が許せない。


わたしはこんなに頑張って居るのに、あなたはがんばってない、、、と責めたくなる。


わたしはこんなに頑張って居るんだから、あなたはなぜそれを認めないのか。


とまたいらいらすることになる。


わたしの問題なのに、人が悪い、ということになっていく。


だれだれがこうだから、わたしがこうなったと。


依存。





精神的な依存はわかりにくい。





依存している人、自分の人生に責任が持てない人は、


自分を信頼していない。


それは育った環境によることが多いのかもしれない。


自分の身近にいてくれる家族が、心に余裕がなく、子どもに対して、





あれができない、、、これができないという。できない子という。


その子どもは大きくなる過程で、そして大きくなってからも


できない私


というのをずっと背負って生きてしまっている。本人は気付かないけれど。


こどもは出来なくっていいのにね。


おとなと同じにできないから、こどもなんでしょう。


(あのときはできなかった、、でもこどもだったから。それはしょうがなかったんだ。


と自分に思ってあげること)


大人になっても思考のくせは同じままなので、自分はできないと思っているから、


なんでも、やる前からそうおもい、なんにもできない。


だんだん、依存ということになっていく。





頑張ってきたじゃん、自分を認めてあげよう


そうすれば、他人に対しても認めてあげられる。


頑張ってきたじゃん、自分を愛してあげよう、ねぎらってあげよう


そうすれば、他人も愛して、他人をねぎらってあげられる。






自分の人生にすでに責任をもって生きている人も含め、


一人一人が、自分をもっともっと大切な存在であると認めて、愛していったら、


その意識が、大きなエネルギーとなっていき、


今まで変えることができなかった、目に見える現実が変わっていくように思う。



自分を愛して、そのエネルギーが集まり、集合体になるとき、


それは波になって小波から大波へ。





膝小僧をぶつけた!とき、


きちんとそこで自分と向き合い、膝をなでてあげる。


痛かったね、痛いねと。


よくよく撫でてあげる。痛くなくなるまで。


転んでぶつけたとき、指をきったとき、などなどのとき。


大きな!大人であっても。


そういうところから、自分をいたわり、大切にし、愛を注いであげよう~


うふふ、


そんなささいなことなんだけど、


自分に対する気遣いに対して、


魂はおおいに喜ぶと私は感じる。


物では代用できない喜びと思う。











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Last updated  2011.06.23 07:07:37 コメントを書く
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