蘆花



小さい子供の声が聞え、彼は後ろを振り返った。
それは躊躇うように、しかし確りと彼を見上げている。

出来るだけ穏やかな口調になるよう努め、目を細めた。
「何だ、りん」

「あのね、えっと・・・・・・りん、殺生丸さまに聞きたいことがあるの」
「・・・・・・・・・・何だ」
しかしまだ心に迷いがどこかあるらしく、それは手を前で組み合わせたり、離したりとせわしなく動いている。
「・・・・・・・・・・殺生丸さま、笑わない?」
「愉快なことであれば、さてな」
彼の言葉に少しだけ気を綻ばせたのか、それは安心したように彼の隣にひょこひょこと並んだ。

「あのね」

「りん、知りたいの。どうしても・・・・・」

途切れ途切れに言葉を紡いだ後、それは少しだけ下に俯いた。

「りんの心臓、今ちゃんと動いてるよね」





「・・・・・・・・・・・・何故そのようなことを聞く?」
「あ、いえ。別に深い意味はないんです」
でも、と幽かに呟きまた深く俯く。小さい肩がふいに揺れた。
「不安になっちゃって」
彼は暫く無言でそれを見つめた後、静かにまた言葉をかけた。
「・・・・何を不安がることがある」
その声音はそれの心情も配慮した、とても慎み深いものだった。
「えへへ、笑わないで下さいね?」
照れたように笑うとそれは顔を少しだけ再び上げ、
「だって、りん殺生丸さまみたいにお耳が良くないから、判らないんだもん。自分の生きてる音が聞えないから、もしかして止っちゃってるんじゃないかって」
彼はちら、と自らの腰にさした剣に目をやった。
自分が以前、この剣を使ってこの娘を死から救い出したのだと改めて思い出す。
未だに死を恐れているのか、もうその心配も無いというのに。
(・・・・・・・・・・不憫な世よ)
未だこんな幼女ですら、何よりも誰よりも死を恐れ、脅えるとは。
死に恐怖を抱いたことが無い彼には、そんな感情知る由も無いのだが。
「・・・・・・・・・・りん、案ずるな。お前の音は私の耳に届いている」
波立つように、不安の感情も何も無く音が刻まれているのを彼は感じ取った。
「本当?」
「・・・・・・・・・・ああ」
それの顔がみるみる明るく、輝いていくのを見届け彼は視線を前に戻す。
それで良い。
自分の言葉がこの娘に力と希望を知らず知らずにもたらしているのであれば。
「えへへー。有難う、殺生丸さま!」
人間というのは実におかしなもので、事実を言っているだけなのに時に喜び、時に怒り、そして涙する。
この娘も例外では無い。・・・・・そして、ただ一人の自分のおとうとも。
すっかり安心して何時もの調子に戻ったのか、自分の隣の人間はあろうことか手を握ってきた。
彼は確り繋がれている己の手を見、そしてまた隣の娘の顔を見比べる。
・・・・・・・・・・・・・振り払うことも簡単なのだが。

彼はその考えをあえて無視し、妙な温もりを感じながらまた歩き始めた。



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