「ミナコの思考回廊」

「うたをうたう」


「うたをうたう」


彼女はときどき歌をうたう。
聞いたことも無い調べだ。聞いたこともない言葉の歌だ。
この国ではない言葉の歌だ。

あまりに天窓から差し込む月の光が、まっさらに冴え冴えとしすぎていて。
こんな晩にはいつも夜中に目が覚める。
そしてこんな晩には彼女は大概わたしの隣にはいない。

素足のまま天窓から屋根に上ると
彼女は必ず先にそこに座って月を眺めている。

そして遠い国の言葉で遠い国の歌をうたうのだ。

わたしは日本語、英語、それから聞きかじっただけのフランス語
くらいしか知らない。
そのどれにも当てはまらず、しかし何故だか少し懐かしい。
そんな歌を耳にする。

やがてわたしに気が付くと、彼女はにっこり笑って手招きする。


    寒いでしょ?
    寒くないよ。


何となく疎外感を感じて意地を張ってみたが、
彼女は自分の毛布で彼女とわたしを一緒に包み込んだ。
彼女は細い声で歌い続けている。


    その歌詞、どこの言葉なの。
    私もよくは知らないの。
    何を歌っている歌なの。
    私にもよく分からないの。


困ったように彼女は微笑んだ。


    おばあちゃんが歌ってて、教えてくれたんだ。


彼女は時々歌をうたう。
聞いたことも無い調べだ。聞いたことも無い言葉の歌だ。
この国ではない言葉の歌だ。

その歌には、遠い国の風音が聞こえる。
彼女自身は聴いたことの無い、遠い国の風の音。


彼女は歌をうたう。

月を眺めながら、遠い国の言葉で遠い国の歌をうたうとき、彼女はひとりだ。

そうして彼女が遠い国の言葉で遠い国の歌をうたうとき、わたしはひとりだ。

彼女のとなりに座っていても、ひとりだ。
彼女と同じ毛布をかぶっていても、ひとりだ。

彼女が毛布ごと寄こしてくれる暖かさは
確かに大切なものを包み込む暖かさなのだけれど。

それでもわたしはひとりだ。



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