「ミナコの思考回廊」

第2章


『愛を乞うひと』 第2章

母が会社の制服を脱ぎ捨て地味ないろの私服に着替える間、私と母と5歳年上の姉との空間には分厚い沈黙がおりた。

ザアアアア、ザアアアア、ザアアアア、、、、、、

(雨、だろうか)
つい先ほどまでのコバルトブルーに裏切られた気分で、まとわり付く沈殿した空気を掻き分けるように首を反らした。
見やった空はやはり雲ひとつないコバルトブルーで。
やがてくる雨を懸命に阻止しているかのようだった。

ザアアアア、ザアアアア、ザアアアア、、、、、、

なんのことはない。
音の正体は、家を守るように取り囲み茂っているカシの樹の葉が風になびいて揺れる音だった。

しかし幼いながら(母がこころで泣いている音かもしれない)などと悲しく感じた記憶がある。





母の軽自動車で三十分。

豊前はひんやりとした小さな町だ。
駅前のごく一部をのぞいては、ひなびた町並みが海沿いに延々と続いている。
海はいつも少しさびしげにくすんだ色をして、冬になるとそれが降り積もる雪にかき消された。

まるで千年も前からそこに鎮座しているような古い家屋と、冷え冷えとしずむ空気。
そんなとても静かな田舎町に、母の実家はあった。


はたしてめくられたページには、私が想像していたとおりの内容が書き付けられていた。


祖母が死んだ。


母の母は、すでに透明な簡易棺に横たわって静かに目を閉じていた。
何もかもを知っているような、それでももう決して目を開くことはない。
そんな顔をしていた。

私は赤子のころからいわゆる『おばあちゃんっ子』で、当たり前のように祖母の死はかなしいことだったが、周囲ですすり泣く人間のほうが私なんかよりよっぽどかなしそうに見えた。
初めて対面した人間の死に、なかなか整理がつかない頭を殴りたい気持ちで、ずっしりと重い身体を正座させた。

みんなが泣いている。
祖母の棺を囲んで、きちんと正座しながら涙を流している。
私はひとこと(おばあちゃん)とちいさく呼んで、みなに習ってきちんと正座し、涙を流した。

儀式のようだった。
人間が死ねば、当たり前のように開催される儀式。

そんな古臭い空気の中で、しばらく私はきちんと正座をしたまま涙を流した。





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