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2013.09.21
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カテゴリ: 韓国・北朝鮮

ちょっと、衝撃的な記事なんですが・・・

我々、日本人が忘れてはいけないことだと思い、ここに残しておきます。

↓↓↓



thitose0_1

「お星さまのレール」
小林さんが、ご自身の体験を書かれた本です。






「ある夜の出来事」

戦争が終わった後もわたしたち一家は平壌に残っていました。

ある晩の事です。

玄関の戸をはげしく叩く音がしました。

父が出てみると、進駐してきたソ連兵2人を後ろに従えて、朝鮮人が立っていました。

「この家には女の子がいるはずた、連れてこい」

朝鮮人はいきなり怒鳴りつけました。








「うちには女の子はいません」

父は嘘をつきましたが、とっくに調べはついていました。

「差し出さないのなら家族全員の安全はないぞ」

「ゆるしてください、あの子はまだ子供です」

父の哀願も朝鮮人には全く通じませんでした。

「日本人も戦争中我々の子供達を犯し尽くしたのだ。戦争に負けた今、お前たちが同じ思いをするのだ!」





父はうなだれて、朝鮮人を家に入れると、わたしを奥の部屋に連れて行って、こういいました。

「これからあの人とお布団に入って寝るんだよ」

「なんで?知らないおじさんと寝るの?」

私は嫌で仕方ありませんでしたが、父のつらそうな顔を見て、嫌とは言えませんでした。

「痛い事をされてもじっと我慢するんだよ、すぐにおわるから」

私は意味が分かりませんでした。





私はお布団の中で朝鮮人のおじさんに、とても痛くて気持ちの悪いことを色々と繰り返しされました。

おじさんはその間中、

「この日本人め!日本人め!」

と言いながら腰を突いてきました。何回か続けるうちに、私のお大事の辺りはあまり痛みを感じなくなっていきました。

後はもう、おじさんが体や口の中を嘗め回すのが気味が悪くて、早く終わって欲しいと願うだけでした。





翌日、お大事の所から血が止まらず、お医者に連れていかれました。

お医者さまは、私の足をいっぱいに開いて、とても痛い麻酔の注射をして、色々と手当をしてくれました。

父と母に、

「陰部及び肛門に裂傷、治るまでは同じ事はさせないように」

と言いました。

治ったらまた同じことをされる、一度だけだと思っていた私は恐ろしさのあまり涙が出ました。



**


福沢諭吉
↓
「日本の不幸は中国と朝鮮半島」
http://000hime.blog74.fc2.com/blog-entry-321.html

◇日本人が、絶対に忘れてはいけない、太平洋戦争後◇

○命からがら朝鮮半島を脱出した日本人。

・民間人(男も含む)の朝鮮/満州での犠牲者は、9万人に達するといわれている。 (太平洋戦争終戦後)

・朝鮮半島から、引揚げる日本人を襲ったのは、仲間であったはずの朝鮮人であった。(日本が敗戦すると急に態度を翻した)

・日本人の娘達が次々に、ソ連兵に犯され、朝鮮人の保安隊に引き渡されてさらに散々に辱められたうえ、虐殺された。

・追放や財産の略奪に止まらず、強制連行や虐殺などで、祖国の地を踏むことなく無念のうちにたおれた。






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最終更新日  2013.09.21 22:37:10
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うなだれる父  
じじい50 さん
衝撃的なのは「日本人にも同じ目に遭わせてやる」と復讐を宣告された父親の反応です。
(2013.09.22 01:48:30)

Re:うなだれる父(09/21)  
雅楽9066  さん
じじい50さん
>衝撃的なのは「日本人にも同じ目に遭わせてやる」と復讐を宣告された父親の反応です。
>
-----
そうですね。
この部分は、疑問符を感じる記述ですね。

”「日本人も戦争中我々の子供達を犯し尽くしたのだ。戦争に負けた今、お前たちが同じ思いをするのだ!」”

まあ、こうでも書かなきゃ、この絵本は、世に出ていないと思います。

(2013.09.22 07:49:02)

参考までに。  
雅楽9066  さん
ピョンヤン(平壌)からの引揚げ 小林千登勢(女優)



北朝鮮のピョンヤンで終戦を迎えた私は、そのとき小学校3年生でした。

家族と共に1年間は動けず、売り食いや私自信新聞売り子をするような、つらい生活を送り、

そのあと、38度線をこえる恐怖と死の脱出行を体験しました。

釜山から乗船して博多に上陸、内地に帰ってきましたが、その後転々とした1年、

ようやく、まがりながらにも親子そろってアパート生活ができるようになったのは、昭和23年11月のことでした。

私が引揚者であること、ピョンヤンでのこと、1ヶ月にわたる脱出行、帰国直後の生活、

それは私にとって遠い昔の、悪夢のような出来事で、触れたくない、語りたくないことなのでした。

10年ほど前、娘が小学校2年生だったとき、戦争を知らないその娘に、私の引揚げ体験を

”語るようでいいから” まとめるよう、ある出版社から依頼されました。

3年かけて、毎日3枚ずつくらい書いて、ようやく 「お星さまのレール」 をまとめることが出来ました。

夜、山道の、それこそ道なき道をひたすら歩く。

9歳になった私は、赤ん坊の弟を背負い、足は右、左と出るのだけど、上半身はこくこくと眠ってしまう。

そばに来た父が尻をたたき、そして励まして言いました。

「あの お星さまのずーつと先が日本だよ」

私はこのお星さまが、レールのように繋がって、私達を日本に導いてほしいと願いました。
(2013.09.28 23:06:16)

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