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「「専門家」ではなく、「素人」でもなく、その中間くらいの言葉づかいで評論的な文を作る人間に対する需要」 が私にもあったからだろう。なによりわかりやすかった。
「もちろんリンクは構わないです。確かにリンクフリーって記しておいたほうがいいですよね」 みたいな文言の、本人が書いたと思われる(実際はわからないけれど)内容の返信があって、ちょっと驚いたことがあった。きっと多忙だろうし、本人から返信はないだろうと思っていたから。それで
「へぇ、いい人やん」 と 「好感度」 も上がった。
「私が『ためらいの倫理学』という書き物を通じて試みていたのは、おそらくそのような「批評性の硬直」状況から何とか抜け出ることだったと思う(あと知恵だけど)。「生活者の実感」のステレオタイプにも、「専門的知見」のステレオタイプにも回収されない、「ふつうの人の、ふつうの実感」に基礎づけられた平明な批評の語法を私は見出したかったのである(たぶん)」 (たぶん)それが 読者である私 に届いたということだ。
「なぜ私は戦争について語らないか」 の 4章 によって構成されている。ちなみに 文庫版「解説」 は 高橋源一郎 。
「なぜ私は性について語らないか」
「なぜ私は審問の語法で語らないか」
「それではいかに物語るのか――ためらいの倫理学」
「その文章がほとんど全編「当為の文法」に律されているのである」 つまり、 「~しなければならない」「~だったはずだ」「~のために」 が何度も使われ、それ以外にも 「~ではなかっただろうか」「~なのではないか」 も出てくる。 動詞 では、 「できる/できない」「し得る/し得ない」 が多い。つまり 「must」 と 「can」 、言い換えれば 「当為」 と 「能力」 に焦点化したディスクールである。
「「他者」の声がもっとも聞き取りにくい場、<出来事>がもっとも暴力的に隠蔽される場、まさに私たちがそこから逃げ出ようとしている当の場なのである」 そして
「岡自身、自分がどういう言葉遣いによってそのような思想を語っているかについて、もう少し敏感にならなくてはならないと私は思う」 と批判し、この文章を次のように一旦閉じる。
「もちろん私が今言った「あなたに届くように語る」というのも一種の修辞、一つの物語にすぎない。けれども私はそれがフィクションだということを知っている。 この部分もそれはそれで重要なことを言っているところではあるが、ここで言いたいのはそれではない。
私たちは嘘をつくことによってしか漸近線的に「真実」に近付くことができない。だから、私はこまめに嘘をつき続ける。だって、嘘をつかないと語れないことが、嘘をつかないと届かない言葉がやまのようにあるからだ。
私には自分が「嘘つき野郎」だという「病識」がある。
岡にはその「病識」があるだろうか」
「なんとなく気持ちが片付かない」 と著者は続ける。
「ある命題を語る言葉遣いそのものが命題を否認していることがある。(中略)私はそれと同質のものを岡の文体に感じて「息苦しい」と文句をつけた。(改行)けれども、この私の文句の付け方は、どこかで聞いたことがある」 として、かつて ジャック・デリダ が書いた長大な レヴィナス論 (著者はレヴィナス研究が専門の一つ)で、
「レヴィナスに致命的と思われた批判を浴びせかけたときのくちぶりをそのままなぞっているのだ」 と言う。
私は自分でも気がつかないうちにデリダの「ウェポン」を拝借して、人の言葉遣いのあげあしとりをしていたのである。(改行)これは致命的だ。誰だって、次のような批判をすぐ思いつくからだ。 と結ぶ。
「『語り口』だけを問題にしてきたポストモダニストが、なぜ自分の『語り口』についてはこれほど無反省でいられるのだろう」という批判の「語り口」そのものがポストモダニスト固有のものであることに、どうして内田は無反省的でいられるのだろう」。
そして、この批判もまた同じ批判を受ける。
つまり、
「「あなたに届く言葉を語れるだろうか」というような脅迫的な構文で「教化と馴致」の語法を語っていたのは、私自身だったのかもしれない」
「徹底的に知的な人は徹底的に具体的な生活者になる。そこしか人間の生きる圏域はないということを知っているからである。哲学者は「物語」の渦巻く俗世間に別の「物語」をたずさえて戻ってくる。(改行)けれど、それは、「どこかに<真理>という終点があるはずだ」という儚い希望を完全に切り捨てた、深い、底なしの、終わりのない「物語」である」という 結び が印象に残る 「物語について」 、冷戦終結以後の世界の有り様を 「他者論」 として考察した 「越境・他者・言語」 、そして、 アルベール・カミュの思想 をテーマにした表題作 「ためらいの倫理学」 も、記憶に残った。今後、また読み返すことになると思う。
追記
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