Marybow

幸福論

幸福論

幸せと言うこと。
それは、自分はもちろんだが、他人も幸せでないと成立しない。

「私は幸せになりたい」
ということは、
「他人の幸せは関係ない」
ということとは違うと思う。
他人の不幸は、自分の幸せに大きく関係してくるのだ。

自分が幸せで、気持ちよくいるためにはどうすればよいか。
それは、他人の幸せも一緒に考えることなのではないのだろうか。

日々関わりあう人達が幸せでないとしたとき、自分の気持ちはどうなるか。
沈みはしないだろうか。
反対に、その人たちが幸せであったなら。
自分も嬉しくはないだろうか。
中には嫌いな人の不幸を喜ぶ人もいるが、そのひとはそんなことで満足しているのだろうか。
本当にそれが満足なのだとしたら、そのひとはそれだけで不幸のような気がする。
悲しくなってくる。

考えてみれば、私自身、自分が幸せになりたいと望んでいる。
自分が一番気持ち良いと思える人生を生きたいと思っている。
でもそれは、自分の周りの人間がどうなろうと知ったことじゃない、と言うことでは決してないのだ。
大切な人も、そうでない人も、不幸であって欲しくない。
自分が恵まれていたとしても、周りが幸せでなければ、それは幸せとして成り立たないのだ。

だから私は、「自分が幸せならいい」と思うが「他人の幸せはどうでもいい」とはどうしても思えない。
他人が幸せでないと、私は幸せにはなり得ないのだ。

どちらが先に立つかはわからないが、
自分が幸せと言えるときは、まわりも幸せなときにちがいないのだ。


Oct.8/2004



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