紫式部について


紫式部といえば-源氏物語で有名です。
紫式部は幼い頃から漢詩や学問に優れていました。
また、式部は父・為時と共に越前に行った事もあります。
式部はわずか一年で都に帰って藤原宣孝と結婚しますが
まもなくして娘の賢子(けんし)を産んでから宣孝が病で亡くなって
しまいます。
その数年後に式部は藤原道長のすすめで中宮彰子に仕えることに
なりました。
その間に式部は『紫式部日記』というを書いていました。
その紫式部日記の中に式部は清少納言(中宮定子に仕えていた才女)の
悪口を次のように書いています。
『清少納言こそ、りこうぶっていろいろ漢字を書き散らしているけれど
よくみるとまだ間違っているところがあります。
あんな風に知識をちらばす人はろくなことがありません』
なんともきつい悪口です。
また次のような説もあります。
式部は実家の邸で漢詩の本ばかり読んでいました。
ついにはお経まで読んでいました。
それを見た召使い達は
「うちの姫様は昔から女はお経を読んではいけないというのに
姫様は平気であのように部屋で閉じこもって
お経を読んでいます。
だから変わり者といわれるのですよ」
と告げ口を言っています。
それを知った式部はあまり漢詩の本やお経を読まないように
していました。
式部の亡くなった場所は分かっていません。
けど源氏物語のような素敵な物語を書いた式部は
今でも多くの人に慕われています。

終わり。
<<後書き>>
こんにちは。里姫です。
今回は紫式部についてのページを書きました。
まだ分からないところもありましたが読んでくれた皆様
ありがとうございました。
いろいろ資料の伝記などを参考にしました。
それではさようなら。
(短くてすいません)

2004年3月21日(日) 里姫

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