Roll

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Study...old


時間なんてのは人間が勝手に作り上げた妄想に等しいもので
下らない忙殺社会、時間に動かされる人々を
理不尽に増加させているだけだからさ。
どんなに忙しなく過ごそうが、どんなにのんびり暮らそうが、
一日は一日。
やろうと思えば、24時間寝て過ごしたって全く問題じゃない。
それは気に病むほどのことじゃないんだよ、ほんとは。

年齢とすべきなのは、その人個人の費やしてきた「時間」ではなくて、
細胞が何回新しく生え変わったか、というところ、
若しくはどれだけ勉強ができて、どのレベルまで進むことが出来るか、
というところでなければならないはずなのだ。

同じ年齢であっても、細胞が新しくなっている量は一人一人違う。
つまりそれが「老け」みたいなものに直結している感じなのだが、
それに時間というものはほとんど関係しないわけなのだ。

そうして「老け度」のようなもので年齢をつけると、
一人一人、てんでばらばらなものになる。
正直な話、これが正しい年齢であると俺は思う。

で、時間に因って集団に纏められた人々の中でも、
勉強の出来る人と出来ない人とではかなりの差があることは
皆周知の事実であると思うが、
時間が年齢に実際はほとんど関係しないのと同じように、
年齢で勉強をする部分を定めるのは非常に愚行であると僕は思うのだ。

本気でやろうと思えば、高校課程修了なんてのは
非常に簡単なものであると僕は思うし、
難しい人にとっては非常に難しいものである、ということは
当然解っている。
しかし、遅い人に合わせるということは、
はやい人がいつまでも止まっていなければならないのだ。
遅い人はいつでも全速力で走れるというのに
(全速力で走っていないから「バカ」なのだが)
速い人は、いつまでも途中で遅い人がそれなりに追いつくのを待たなくてはいけない。
そんな勉強の形など、あってはいけないのだ。

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