Roll

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Fate


終わりの後の物語。
 例えばこんなのはどうだろう。
結局世界は破滅の道を辿る。
今も進むは終焉への直線行路だ。
その中で、「使命」なんていうものがあったとしたら、
もうちょっとは存命の意義というものに対して
価値を見出すことができるかもしれない。
 しかし、ここで問題となると思うのは、
存在するものを助けても、
少なくとも俺自身の中では何の意味もないということだ。
何が言いたいかと言えば、
例えば「世界を綺麗にして人間が他の動物との共存を」だの、
「緑を増やして元の世界を取り戻そう」だの、
そういった行為への意味を俺自身が見出せないということだ。
 それが何故かといえば、先述したように、世界は必ず終わりを迎える。
少なくとも、固体として残るものは何もなくなる筈だ。
知識を持つ生命体の視点とすれば、言ってしまえば
人間が絶滅すれば、その世界は終焉したと言っても
俺達にとってはそう過言ではないだろう。
いや、どの形を終焉と定義していいのかは別に俺としてはどうでもいいが、
とにかくそれまで積み上げられてきた知識や歴史は、
その「破滅」の瞬間に全て消え失せてしまうのだ。
どんなに命を助け、神とかいうものに尽くしたところで何の意味もない。
どうせは全て消え失せるのだから、
この世界の生き物を助けたところで全く意味はないわけだ。
 だから、ここで「使命」というものを探す場合、
それは全てが消え失せた後の世界に残る物でなければならないと思うわけだ。
それを前提とした上で、何を「使命」とすればいいかを探さなければならない。
 とすると、その数はかなり絞られてくる。
何も無い世界で「生きる」もの。
 ―例えば、意識だけの存在。
全てのヒトの意識が、何もない場所で生き続ける。
例えばコミュニケーションの可能な「意思存在」。
それでは意味がない。
今までの「ヒト」という存在が、形と性質を変えてそこに在るだけだ。
いつまでも変わり映えのしない生活を続けるだけ。
そこに終わりが、死が訪れないだけの話だ。
永遠に若い意思として存在できたとしても、
100年、意思同士が寄り添えば必ず「飽き」る。
身体の存在しないその世界で、そこまでヒトを愛せるのは
ただのバカ、ヒトへの依存症でしかないだろう。
そんなバカげた世界に、意味など無い。
 ―夢の世界。
全てのヒトが、科学的な意味ではない「夢」を見る。
思ったとおりになる世界。全ては幸せに終わる。
例えばこんな世界はどうだろう。
AはBが好きで、夢の世界で結ばれる。
BはAが嫌いで、Cと夢の中で結ばれる。
Cは実はAが好きで、AとCが結婚する。
全て夢の出来事で、実際には眠っているだけ。
幸せ過ぎてバカバカしい。
しかもそれにも露程の意味が存在しない。
ヒトとヒトとのコミュニケーションが夢の中で
勝手に創られた交信として存在するなど、
ただただ、可哀想としか言いようが無い。
TOD2ではこんな事象も取り上げられていたが、
しかし、最後の、「極地」としての避難場所としては、
幸せになれる世界も悪くないのではないだろうか。
それがあまりに虚無の最奥にあるのだとしても。
 「永遠」で、意味や価値のある「何か」。
それを見つけろという問いは、難しいのだろうか。
それとも俺自身が気づいていないだけで、
本当は答えが目の前にある、あまりにも易しい問いなのだろうか。
例えば、別の価値観を持ったヒトなら、
いとも容易く、その答えを見出して見せるのだろうか。

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