『えこちゃん』のホームページ

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中学校


 今までの家とは近かったが、2度目の転校をすることになった。

 入学式のことは忘れない。
 真新しいセーラー服に学生かばんを持った私は新しい中学校へ。
 この地域の子はみな幼稚園や保育所からずっと一緒のまま、中学校まであがる。
 だから友達がいないのは私だけだった。
 小学校から引き続き、初めは人見知りをする性質の私は
 3年ぶりの転校に硬い表情のまま、下駄箱の先にある多目的スペースへ行った。

 『えー転校生??私○○、よろしくね』
 一人が駆け寄って来た。
 するとその子に手を引っ張られ、そこらじゅうにいる同級生となるであろうみんなの前に連れ出された。 
 『この子、○○ちゃん。転校生だってさ。』
 それはあまりにも突然のことだった。
 私は何を考える余裕もなく、ただただ引かれる先について行き、握手をしていた。
 その度に一応、笑顔ぐらいはできていたのかなぁと、今になって疑問である。

 とにかく初めての登校はそんな感じだった。
 明らかに、かつて小学生の時に経験した転校とは違うものだった。
 なんてみんなフレンドリーなんだろうと嬉しくなったのを覚えている。
 それもそのはず、私の入った学年は、まれにみるといっても大袈裟ではないほど
 学年全体、男女問わず仲良しコヨシの学年だった。
 二十歳を過ぎてからも30人以上集まってBBQをしちゃうくらいの仲である。

 とは言うものの、私はなかなか心を開けなかった。
 本当の自分を出すのが怖かった。
 私は転校生。みんな、私のことをまだ何も知らない。
 お調子者で、先頭に立って何かをするのが大好きな私。
 でも、こんなに学年全体が一致団結しているような環境に飛び込むと
 なんだか圧倒されちゃって。。。
 私は少し控えめにしていたのだ。
 すると今度は、みんなの思う私像が出来上がる。
 それとのギャップになんだか居心地悪さを感じたときもある。

 でも中学校は楽しかった。
 部活のバレーボールはいっちばん下手で
 怪我はするわ、病気はするわ、で先生にも散々嫌み(?)を言われたこともある。
 スポーツが得意で、いつも学校代表の駅伝選手や短距離選手に選ばれていたような私が
 チームで一番出来の悪い、使えないやつだとされていたのは屈辱だった。
 でもその経験があったから今があるんだろう。
 そのままうまいこといっていたら、天狗もいい加減にしろっていう人間になっていたかも。

 休日の部活後には、体育館の入り口でカロリーメイトを食べるのが習慣だった。
 フルーツとチョコが人気だった。
 どんなに疲れていても、あそこで座って食べているときは楽しかった。

 恋もした。
 でも私は付き合うとかに興味がなくて(初恋は幼稚園のくせに)
 ただ好きな人がいただけだった。

 合唱祭では伴奏もした。
 転校してから引っ込み思案だった私も
 ピアノの伴奏だけは進んでやった。

 駅伝大会では区間賞を獲った。
 陸上部がない私の中学校はたとえバレー部でも大会にかり出されるのだ。
 長距離はまさに自分との戦いである。
 どんなに苦しくても、勝ちたいならがんばらなきゃいけない。
 きっと負けず嫌いな性格がプラスだったのだろう。

 中学校はとにかく盛りだくさんだった。
 だけど、小学生の時みたいに、立候補して学級委員になる、なんてことはもうなかった。
 立候補しなくとも、推薦すらされることもなかった。
 やっぱりどこか抑えていた自分がいた。
 それを考えても、スポーツを続けていたことは重要だったように感じる。
 バレーをしているときは、負けず嫌いな私を十分発揮できた。
 仮面をとって、あるがままの自分を表現できた。

 私にとって、この転校は良くなかったと思うときがあった。
 素の自分じゃないように思えたから。
 でも今になって思う。
 あの時間がなければ今の自分がいない。
 これから先は今から自分で切り開いていくもの。
 そんなに大きな問題ではなかったようだ。










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