マンチェスターU

マンチェスターU

チーム紹介


ホームタウン: マンチェスター Manchester
オールドトラッフォードホームグランド: オールドトラッフォード
Old Trafford
(68,210人収容)
創立: 1878年

ファーガソン監督: アレックス・ファーガソン Sir Alex Ferguson
1986年11月就任以来、現在に至る。

主要タイトル: ☆リーグ優勝(15回)
 1907-1908/1910-1911/1951-1952/1955-1956/1956-1957/
 1964-1965/1966-1967/1992-1993/1993-1994/1995-1996/
 1996-1997/1998-1999/1999-2000/2000-2001/2002-2003/ ☆FAカップ優勝(11回)
 1909/1948/1963/1977/1983/1985/1990/1994/1996/
 1999/2004
☆リーグカップ優勝(1回):現Carling Cup
 1992 ☆欧州チャンピオンズリーグ優勝(2回)
 1967-1968 / 1998-1999
☆欧州カップ・ウィナーズカップ優勝(1回)
 1990-1991 ☆欧州スーパーカップ優勝(1回)
 1991
☆インターコンチネンタル・カップ優勝(1回)
 1999  

過去の有名選手: ボビー・チャールトン、デニス・ロー、ジョージ・ベスト、エリック・カントナ・・・など。
歴史: 1878年に鉄道労働者チームの「ニュートン・ヒース」としてスタートを切る。
1902年に「破産の危機」に陥るが、運営母体が移り、現在の「マンチェスター・ユナイテッド」と変わる。

マンチェスター・ユナイテッドとなったクラブは、1906年に2部で優勝。
1907-1908は1部に昇格していきなり優勝という結果を残し、さらに、1909年にはFAカップ初優勝。
翌年にはオールドトラッフォードが竣工。

前途洋洋と見えたマンチェスター・ユナイテッドだが、エルンスト・マグナル監督が去ってからは成績も下降し、
低迷期に入る・・・1922年にはついに、2部へ降格。
第一次世界大戦、第二次世界大戦の間も低迷し、1941年にはナチス空軍の爆撃により
オールドトラッフォードが破壊された・・・

この低迷から救い出したのは、マッド・バスビー。
35歳でマンチェスター・ユナイテッドの監督を引き受け、チームを強化。
自らもプレーヤーに混じってグランウンドに立ち直接指導した。
バスビーの教えは徐々に浸透し、1948年のFAカップ、52年の1部リーグ優勝に結びつき、
さらには、ユース育成にも力を入れた。
若手も活躍し始め、56年にリーグを制覇すると、バスビーはヨーロッパの頂上を目指し、
当時、出場を懸念されていたチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)に出場。
ここで若きボビー・チャールトンらも貴重な経験を積んだ。

1957-1958、欧州への夢は、「ミュンヘンの悲劇」で無残にも打ち砕かれた・・・
準決勝進出を決めた帰り。雪のミュンヘン空港。
彼らの乗った旅客機は離陸に失敗し、8人の選手や役員、コーチなどの命を失った・・・
バスビー監督と3人の選手が重傷を負い、チームは壊滅状態となった。

それから5年、ボビー・チャールトンら生き残り組にデニス・ローらを加え、FAカップを制し、
1963年には天才ドリブラー:ジョージ・ベストが加入。
1967-1968には、ついにバスビーの念願であったヨーロッパのタイトルを手中にする。
ペンフィカとの決勝では苦しみながらも延長で勝利。
「ミュンヘンの悲劇」から10年後のことだった・・・

1986年11月、アレックス・ファーガソンが監督に就任。
バスビーと同じく若手の育成に力を入れた。
このアレックス・ファーガソンが作り上げたマンチェスター・ユナイテッドはよく知る人も多いはず。
エリック・カントナや、ロイ・キーンなど、チームの核として必要な大物の獲得。
ベッカム、ギグス、ネビル兄弟、スコールズ、バットなど若手の発掘・育成。
大物と若手の力が融合されたチームは92年以来、優勝回数をどんどん増やし、
1998-1999には、プレミアリーグ、FAカップ、チャンピオンズリーグの三冠を手中にし、
さらに、トヨタカップでパルメイラスを下し、世界No.1へと輝いた。
最も劇的な試合は、カンプ・ノウでのチャンピオンズリーグ決勝。
相手は、ドイツの強豪バイエルン・ミュンヘン。0-1とリーグされていたが、ロスタイムの
わずかな時間で2点を奪い大逆転勝利を演出した。




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: