『あたりまえ』ってどんなこと その2




 う~~ん、何について書こうかな…とりあえず子供のころのはなし、かな。

 子供の頃、私は母親の教育方針でテレビはみられませんでした。学校から帰ってきて、友達のとこに遊びに行こうとしたら「あんたは練習しなきゃだめでしょ」と言われ、友達に断りの電話を入れてました。中学校にあがっても、全員強制の部活に「練習しなきゃいけないから」って入りませんでした。小学校の頃、身体が弱かったので、班登校せずに授業直前に母に送られ学校に行ってました。マラソン大会でも寒い格好はできないと、ひとり防寒スタイルで走ってました。草むしりとかの手伝いもせず、宿題の洋裁も母親がやり、私はひたすら練習してました。

 これが母親の『あたりまえ』。私は何よりもピアノの練習に時間をかけ、ピアノの練習の時間を妨げるものは、全て遊びとみなされた。おかげでかなりの箱入りよ~。大学入ってびっくりよ~(笑)

 まあ、そのせい、とも言い切れないけど(もちろん、それをはね除ける事ができる性格じゃなかった自分にも問題があるんだけどね)、その母の『あたりまえ』のおかげで私はいぢめられましたけどね。だから怖いタイプとか未だにいるし、今でこそ割と人と話せるようになったけど、ホントに人が怖かった。それに、地元にほとんど友達いないから余計実家に戻りたくなかったしね。

 まあ、でも、反抗しなかった訳でもないんだけどね。宿題は絶対自分でやりたかったし、部活もやりたかった。大学に入って念願のサークル活動を頑張ったら、すんごく怒られた。でも、悔しいから授業もたくさんとって頑張りっぷりをアピール!(笑)
 卒業したら口出しさせないぞ!と思った。けど…無理だった(^_^;)

 そして、ここでも母の『あたりまえ』が出て大げんか。「卒業したら実家に帰りピアノの先生になる。その為に大学にいかせた」と…。意地でも就職してやる!と、思ったね(^_^;)あ。大学決める時も大げんかしたんだっけ。「この大学(母親の母校)じゃなきゃ学費は出さない!」って…そこには行く気がなかったので、またまた大げんか。ははははは(^_^;)

 まあ、そんな訳で、私は頑張ったわけですよ~。なんとか就職して、今も何とか生きてる。何でも(料理とか)自分でするのも、きっと母へのアピールの部分もあるんだろうな~。「何でも自分でやれるから」って。

 きっとうちの母は極端だと思うけど、でも、英才教育してるお母さんって、こういう部分があるのは否めないと思うんだ。『こうするのが当然』『こうすることがこの子にとって最良』って思ってやってると思うんだ。でも、子供の気持ちを考えると、それがホントに最善かどうかはわからない。親にとっての『当たり前』は、子供にとって『迷惑なもの』に、時としてなっているのと思うのです。
 自分の経験からいうと、そうする事によって非常に視野の狭い人間になると思うのです。子供のころに、多くの物を見、感じる事によって子供の感受性は育つと思うし、外で走りまわる事も寒さに耐える事も友達とケンカする事も何もかもが子供にとっても必要な事。でも、守らなきゃ行けない時、きっちり言わなきゃいけない時に、しっかり守るのも、正面向いて叱るのも親だと思う。

 そんな訳で、私の成長過程はきっとまだ高校生位だろうな~。まだまだ世間ってものを知らないね。フリーターする事によって、初めて定期的なバイトをしたし(笑)←しかも一度就職してからかい!
 でも、まあ、今さら母のせいにはしないけど。おかげでいろいろ自分なりにわかったきた事とかあるしね。ある意味、母に感謝?!…って事にいしておきましょ。

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