第16話 ガノンドロフという男


 部室とは名ばかりの体育館倉庫の1スペースには、汚れたバスケットシューズやユニフォームなどが散乱し、なんともいえない悪臭を放っていた。
『なんで男ばっかなのぉ~。ムサイよぉ~;;』
 くんこは口を押さえて必死で吐き気をこらえていた。女子部員がいないとこうもひどくなるものなのか。はっきり言って、この部室は不潔である。
 真っ青になってうずくまるくんこを、隣にいるリンクは心配そうに見つめている。
『ああ・・このムサくるしい空間でリンクくんだけが輝いている・・・v』
 くんこは顔を上げてリンクににっこりほほえみかけた、が、まさにその時ちょうど、誰かが部室に入ってきた。190センチはあるかという巨体に、ハゲた頭髪。ぎょろりと光る鋭い眼が、部室全体を一瞥した。
『あ、この人が顧問の先生なのかな。それにしても、怖そう・・』
「部長、こんにちは」
「こんにちはです!」
 集まった部員の中でも2年目、3年目の部員たちがソノ人に挨拶する。
 先ほどから怯えたようにソノ人を見つめていた今年初入部の新参者たちは、いっせいに目を見開いた。
『ま・・まさかこのオヤヂがキャプテン・・・!?』
 新参者の誰もがそう思ったことであろう。
 部長と呼ばれたソノ人は、部員たちの真ん中まで来ると、腹に響く汚い声でしゃべりはじめた。
「えー、去年に引き続き、今年もバスケ部のキャプテンをすることになった、3年のガノンドロフだ。ガノンと呼んでくれてけっこうだ」
 ぱらぱらと申し訳程度に拍手が起こる。なんだかガノンの登場で場が一段とムサくるしくなったような気さえする。
 ガノンは続ける。
「えー、今年は我が部の発足以来、初めての女子部員が来てくれた。2年のくんこさんだ。くんこさんから一言挨拶してくれ」
「え、あ、私!?」
 とつぜん自分にふられ、くんこはあわてて立ち上がった。
「よろしくおねがいします。あ、くんこって呼んでくださってけっこうです。どっちかというとマネージャー希望です」
「うん、ではくんこにはマネージャーをやってもらうとするか。まさか女子一人でゲームをするというわけにもいかないからな」
 部室内に大きな拍手が響き渡った。先ほどのガノンのそれとの比ではない。くんこは少し照れながら座りなおした。
 それにしても、自分がバスケ部初の女子部員だとは。今まで誰も女子が寄りつかなかったところを見ると、昔からこの部はムサイ部だったらしい。くんこだってリンクがいなければ、死んでも寄りついたりしなかっただろう。
「放課後の部は週1回だ。ただし、朝錬は週3回あるから必ず来い。明日から、朝7時だ。この後は古株だけ残って後は全員帰ってよし!」
 というわけで今日のところは解散。くんこはリンクと一緒に部室を出た。
「ねぇ、くんこちゃんはどうしてバスケ部にはいったの?」
 リンクが訊いてきた。くんこは少し黙って考えていたが、
「昔からバスケに興味あったんだvテレビとかでよく見るの」
「へえ、そうなんだ。ボクもよく見てるよ。あのアメリカのチームかっこいよね」
「うん、私も大好き」
 ちなみに、いまのくんこの発言はすべて大嘘である。くんこはバスケなんか小学校の体育以来やったこともないし、好きでもない。ましてやテレビなんぞ見るわけもなく。
『・・・・アメリカのチームってなによ。リンクくんよりかっこいいものなんか存在するわけないわv』
 ・・リンクと一緒になりたかったなんて口が裂けても言えない・・・。

 体育館をボールが飛び交う。そんななか、くんこはひとり、隅で縮こまっていた。
『うあ~・・怖いよぉ・・すごい迫力・・・・』
 ボール恐怖症のくせにバスケ部なんかに入部するからである。くんこの足元にボールがひとつ転がってきた。くんこは座ったままそれを投げ返す。
「でも、リンクくんと一緒だから我慢しないと・・・。そういえばリンクくんはどこだろう」
 くんこは首を伸ばして体育館中を窺った。
「あ、リンクくん発見!!いやぁ~ん、かっこい~いvv」
 くんこはシュートしようとただゴールに向かってひょろいボールを上げているだけのリンクに見惚れてしまった。
 と、その時、
「危ない!!」
「えっ!?」
 驚いて横を見たが、もう遅かった。ガノンの投げたボールがくんこの顔面に直撃。くんこは意識を失いその場に倒れてしまった。

「・・・・ううん・・・」
 くんこが目をさましたそこは、超汗臭く、超荒れ放題の不潔な部室だった。
 くんこは顔面に違和感を感じて手をやった。鼻の頭にばんそうこうが貼られている。
「大丈夫か・・くんこ」
 この声に、くんこは振り向いた。ガノンが心配そうに立っている。
「すまないな。俺のせいで・・」
「あ、いいんですよ。もう大丈夫ですから」
 そう言ってくんこは部室にかかっている時計を見た。
「あ、もう8時10分だ!早く行かないと!」
 くんこは飛び起き、ロッカーに入っていたカバンをつかみ、一直線に出口まで向かった。
「じゃあ、失礼します!」
「あ、待て!」
 ガノンがくんこの二の腕をつかんだ。
『キモっ!!』
 くんこの腕に鳥肌が立った。ガノンはなぜか不気味な笑いを含んでいる。
「大丈夫だ。リンクってヤツに言っといたからさ・・・」
 ガノンは言い、またくんこを部室に引きずり込んだ。
「ちょっ・・!何するんですか!!放してください!!」
「だから、話があるんだよ・・v」
「私早く行きたいんですけど!後にしてください!」
「なあ、いいだろうv」
 くんこはガノンの臭い息が顔にかかるところまで引き寄せられていた。
 逃げなければ。くんこはガノンの腹に強烈な蹴りをいれると、一目散に出口まで駆け出した。

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