新たなるテーマは・・・

新たなるテーマは・・・

白梢-040717


晩秋の神宮外苑の銀杏並木。1人で歩く女(麻弥子)。
麻弥子のモノローグ 「『みんな、早足で歩いている』。彼は、そう言いました。私もあの時彼に会わなかったら、急いで慌ただしく過ごす歩き方しか知らなかったかも知れません。
人に残されたときというものを意識して初めて、ゆっくりと歩むことを
そして、私ははじめて、実感しています。27年も生きていて、そんなことも知らずにいました。それまで何年も逢っていなかったのだから、これから逢えなくても同じようなことなのに……」

シーン1  夕方の明るい小さなオフィス。
慌ただしく帰り支度をするOL(麻弥子)。周りの社員はパソコンに向かったり、写真を並べて見比べたりしている。
バッグの中で携帯電話が振動し、麻弥子は電話を開いてメールを読む。
「7時にハチ公前で大丈夫? 麻弥子に5年ぶりで会えるのを楽しみにしています。 直美」
「OK!」と返信し、電話をしまって、手早く片付け、残っている社員たちに遠慮がちに挨拶し、時計を見ながら急ぎ足で外に出ていく。

シーン2  路上~世田谷線の駅
時間を気にして走っている麻弥子。
踏み切りが鳴り、慌てて少し走るが、逆方向の電車だったため、走るのをやめる。
電車が到着し、降りた乗客たちが麻弥子のいる方にも歩いてくる。
その中の学生風の男と、すれ違いざまに目が合う。
男(一樹) 「先生! 坂崎先生!」
麻弥子 「……?」
一樹 「先生、平井です。中3のとき、家庭教師してもらってた……」
麻弥子、数秒考えて気付き、
麻弥子 「平井、一樹くん? ほんとに?」
はにかみながら、嬉しそうにうなずく一樹。懐かしさに顔をほころばせる麻弥子。
麻弥子 「びっくりしたなぁ。……いくつになったの?」
一樹 「19です。弦巻に下宿してるんですよ」
麻弥子 「へえ。大学生? (再び踏み切りが鳴り、電車が近づくのに気づく)そうだ、今度、石川さんも呼んで3人で飲もうよ」
一樹 「石川先生?」
麻弥子の乗る方向の電車が近づき、踏み切りが鳴り出す。麻弥子はその音を気にしながら、慌ただしくバッグから名刺を取り出し、
麻弥子 「あ、私、ここにいるから」
一樹 「連絡します」
麻弥子 「それじゃ」
手を振り別れる二人。電車に乗り込む麻弥子。

シーン3  ハチ公前広場
麻弥子は待ち合わせに少し遅れてしまい、小走りになりながら相手を探す。
人ごみの中から一人の女性(直美)が手を振り、
直美 「麻弥子!」
麻弥子 「直美!(後ろ手に持っていたブーケを出し)結婚、おめでとう」
直美 「(花を見てにっこりと笑いながら)ありがとう!」

シーン4  小ぎれいなレストランで
麻弥子 「久しぶりだよね。でも、5年も会ってなかったっていう感じはしないね」
直美 「そうだよね。すぐ戻れちゃうような気がする」
麻弥子 「そう言えば、さっき、5年前に家庭教師してた子にばったり会ったの」
直美 「それって……、あの子? 何考えてるかわからないって麻弥子が悩んでた、カズ……」
麻弥子 「そう、一樹くん。(少し寂しそうに)でも、なんだか大人になってた。表情も……自然に笑ってた」
直美 「え?」
麻弥子 「だって、家庭教師してたとき、一樹くんが笑った顔なんて、見たことなかった」

シーン5  麻弥子の部屋
電話をしている。
麻弥子 「あ、石川さんですか? 大学でお世話になった坂崎麻弥子ですけど……お久しぶりです。……」

シーン6  居酒屋
麻弥子と先輩の石川、一樹が3人で酒や料理を囲んで話している。
既に酒や食事も多少進んでおり、和やかな雰囲気。
麻弥子 「それじゃあ、二人はぜんぜん久しぶりじゃないわけ?」
石川 「そうでーす」
麻弥子 「ずるーい」
石川 「だって君は文系でしょ、俺たち理系だもんね、別に仲間はずれにしたわけじゃないの」
石川、席を立つ。
一樹 「文系だったら、坂崎先生に相談したと思う」
麻弥子 「いいよ、気ぃ遣わなくて。一樹くんてさ、英語のセンスもよかったけど、数学はほんと冴えてたもんね。理系の学部に現役で受かった人って、私の友達にはぜんぜんいないよ」
一樹 「自分でも驚いた」
ボーイ 「アーリーのダブルとキール、お待たせしました」
バーボンのロックのグラスが2つとキールが置かれる。
麻弥子 「石川さんいつの間に……。一樹くん、いつもこんなに飲むの?」
一樹 「人といると、少し」
麻弥子 「馬鹿よね、私。19だって言ってたのに、飲みに誘うなんて……」
石川、戻ってきて、
石川 「おいおい、自分は飲んでなかったようなことを言うじゃないか」
一樹 「いいですよ、別に。もうすぐはたちだし」
麻弥子 「だめよ、もと家庭教師が二人して……。親御さんに申し訳が立たないわ」
石川 「そういえば親父さんたち元気か? 今どこにいるんだ」
一樹 「ドイツ」
石川 「へえ~。今度はドイツか。大変だな。じゃ一樹はいまどこに住んでるんだ?」
一樹 「世田谷の弦巻」
麻弥子 「私の会社の近くよ」
石川 「お前は今何してんの」
麻弥子 「私はね……」
麻弥子と石川の話が弾むのに対し、一樹は終始おとなしい。つまらないというふうでもなく、会話する二人を見たり、時々ぼんやりとバーボンのグラスを振ったりしている。

シーン7  帰り道、路上
麻弥子と一樹が並んで歩いている。
一樹 「さっき、先生、同じこと考えてるって思った」
麻弥子 「何を?」
一樹 「煙草の話」
麻弥子 「吸うの勝手だけど、他人の健康に影響を及ぼすな、って? あはは、酔っ払ってつい、過激なこと言っちゃったね」
一樹 「自分もそう思ってたから」
麻弥子 「そう」
しばらく黙って歩く。
麻弥子 「一樹くんって、学校でもそんな風なの?」
一樹 「(下を向いて)あんまり、みんなと話合わないし」
麻弥子 「……。そうだ、先生って言わなくていいよ。もう先生じゃないもん」
一樹 「……」
麻弥子 「石川さんは‘まや’っていうよ」
一樹 「じゃあ、……‘まやさん’にする」
麻弥子 「そうね。(くすりと笑って)そうだね」

シーン8  麻弥子の会社
電話の受話器を同僚から受け取る麻弥子。
麻弥子 「はい、坂崎です」
相手(一樹) 「……」
麻弥子 「もしもし?」
一樹 「あ。もしもし。平井です」
麻弥子 「(少し笑顔になって)あぁ……」

シーン9  カフェ風のレストラン
テーブルの上に、写真のきれいなパンフレット数冊が置かれている。
麻弥子 「会社案内みたいな、パンフレットの企画とか編集をしてるの。クライアントからやりたい内容とかイメージを聞いて、企画立てて、取材して文章を書いたり、写真を撮ってデザインしたり……」
一樹 「プレゼンとかも、する?」
麻弥子 「するよ。……でも、最近不況で減っちゃってる」
一樹 「会社入ってから、ずっとその仕事?」
麻弥子 「うん。うちの会社、小さいし」
一樹 「おもしろそうだね」
麻弥子 「そうね。……そうだね。わりと好きなことができてるんだから、不満とか言っちゃいけないんだろうな、って思う。一樹くんは、何がしたいの?」
一樹 「……最近、写真撮ってるんだ」
麻弥子 「へえ。どんな?」
一樹 「モノクロフィルムで、街をぶらぶらしながら、風景とかを撮ってる」
麻弥子 「そう。今度見せてくれる?」
一樹 「うん。今度持ってくる」
会計を済ませ、外に出る。
一樹 「ご馳走さまでした」
麻弥子 「どういたしまして」
麻弥子、まぶしい空を見上げて、
麻弥子 「暑いね!」
振り返ると、一樹がふらついている。
麻弥子 「一樹くん!?」
異様に光る空、途切れて交錯する風景、街の音、人の声。救急車のサイレン。

シーン10  病院
ベッドで一樹が眠っている。横に座る麻弥子。一樹が少しずつ目を開ける。
一樹 「……?」
麻弥子、気づいて一樹の顔を見る。
一樹 「(見回して病院とわかり)なんで?」
麻弥子 「お昼食べた後に、倒れちゃったのよ。今日はゆっくり休んで。明日検査するって」
一樹 「……」

シーン11 麻弥子の会社~外
あわただしく仕事をする麻弥子。時間を気にしている。
昼休み、外に出て電話をかける。
麻弥子 「すみません、昨日入院した平井一樹、検査の方は……え? 退院?」
戸惑った表情。

シーン12 麻弥子の部屋
電話に出る麻弥子。
麻弥子 「はい」
声(石川) 「まや?」
麻弥子 「石川さん!」
石川 「電話くれたんだって?」
麻弥子 「石川さん、一樹くんの連絡先知ってる?」
石川 「なんだよ、お前聞いてないの?」
麻弥子 「……聞きそびれちゃった」
石川 「……俺も」
麻弥子 「え?」
石川 「どうかしたのかよ」
麻弥子 「いえ……」

シーン13 麻弥子の会社
落ち着かないが、次々に来る仕事をあわただしく片付ける麻弥子。オフで鳴る電話と受け答えする同僚の声。
同僚 「(電話を転送させながら)坂崎さん、外線から」
電話に出る麻弥子。
麻弥子 「はい、坂崎です。……(驚いた声で)一樹くん!」
あたりを憚り小声になって、
麻弥子 「今どこ?」

シーン14 公園のようなところ。
夕方。子どもが遊んでいる。一樹、ベンチに腰掛けている。麻弥子が走ってきて、
麻弥子 「一樹くん、心配したよ」
一樹 「すいません」
麻弥子 「どうして抜け出したりしたの?」
一樹 「……」
麻弥子 「ちゃんと検査することになってたのに」
一樹 「しなくていいと思って」
麻弥子 「検査しなきゃわからないじゃない」
一樹 「べつになんでもないですから」
一樹の体調をうかがうように見つめる麻弥子。一樹は正面を向いたまま。
一樹 「心配かけてすいません。大丈夫ですよ」
強くはないが拒絶に近い雰囲気。
麻弥子 「一樹くん、電話番号、教えて。それから住所も」

シーン15 麻弥子の日常のさまざまな場面。
通勤電車、仕事、買い物、食事、夜遅い帰宅の様子など。
会社や部屋で、時々気にする「電話」の存在。

シーン16  麻弥子の部屋。
休日で、麻弥子は掃除や洗濯などたまった家事をしている。
電話が鳴り、家事の手を止めて、出る。
麻弥子 「はい。あ、一樹くん! ……誕生日?」

シーン17  居酒屋
麻弥子 「石川さん。誕生日なんだから、もうちょっと気の利いたところにすればいいのに」
一樹 「(店員を気にして)まやさん……聞こえるよ」
石川 「ヤローの誕生日にホテルのレストランとか行けるかよ。……そうだお前、彼女はどうしたんだよ?」
一樹 「彼女?」
石川 「とぼけるなよ。引っ越しのとき来てただろ」
一樹 「ああ……」
麻弥子 「同級生?」
一樹 「短大の方にいる子だけど」
石川 「かわいい子だよな。でもあの子、高校生くらいに見られたりしないか?」
一樹 「そうかも。化粧とかしてないし」
石川 「短大か。すぐ卒業だな」
麻弥子 「そうよね、就職活動もすぐでしょ? 一樹くん、口紅でも選んであげたら?」
その後、他愛無い話が続く。

シーン17  1か月後。9月下旬。麻弥子の会社。
麻弥子が上司と書類を持って話している。
麻弥子 「それじゃ、今から行ってきます」
上司 「悪いね。時間も時間だし、向こうで食事でもしてきたら?」
麻弥子 「(にっこりして)そうします」
書類の入った封筒を持って出かける。

シーン18  上町駅
午後。駅から出てくる麻弥子(封筒は持っていないので帰り)。ガードレールにつかまってうずくまる人影を見かける。
心配そうに遠目で見て通りすぎようとするが、バッグに見覚えがあり、一樹だと気づく。
麻弥子 「一樹くん!」
一樹 「まやさん……」
かなり顔色が悪い。麻弥子、一樹を助け起こそうとして、
麻弥子 「すごい熱!」

シーン19  一樹のアパート
キッチンで携帯電話で話す麻弥子。
麻弥子 「ええ確かに。じゃすみません、夕方一度寄ります」
遠慮気味に部屋に入る。中は家具なども少なく、生活感が薄い。ベッドの縁に座る一樹。麻弥子はあいているところ(一樹とは90度の位置)に座る。
一樹 「会社、戻らなくていいの?」
麻弥子 「そんなことより、自分のことを心配しなさい」
一樹 「……」
麻弥子 「病院に行こうよ」
一樹 「……」
麻弥子 「一樹くん」
一樹 「行かなくていいです」
麻弥子 「どうして?」
一樹 「別になんでもないですから」
麻弥子 「……お父さんやお母さんに連絡しないの?」
一樹 「だって、ドイツだし」
麻弥子 「時々電話くらいするでしょ?」
一樹 「あんまり。それに言ったって仕方ないから」
麻弥子 「……」

シーン20 自宅でパソコンを打つ麻弥子。
画面~麻弥子の声「すぐに弱音を吐くようなことはしたくないのですが、ひとりでは持ち重りしそうです。
実は、先日、一樹くんが急に倒れました。貧血かとも思いましたが、そうではないようです。
検査を勧めましたが、応じません。まるで自分のことは心配じゃないみたい。
私は彼のことを知っているようでいて、実はあまり知らないのです。
家庭教師も1年しかやっていないし。石川さんが知っている一樹くんを、教えてくれませんか」
石川の名刺を出して、電子メールのアドレスを入力している。

シーン21 夜、居酒屋などで
石川 「倒れたってどういうことだよ?」
麻弥子 「わからないんです。検査する前に病院抜け出しちゃったし」
石川 「最近めちゃめちゃ暑いからかなぁ。ひとり暮らしだし、食生活ちゃんとしてないんじゃないのか?」
麻弥子 「(疑わしそうに)貧血とか?」
石川 「うーん、ひ弱だとは思うけど……」
麻弥子 「でも私が見ただけで2回ですよ。2回目はそんなに暑い日でもなかったし」
注文した品が来る。
麻弥子 「一樹くんって、彼女いましたよね」
石川 「心配?」
麻弥子 「(少しむっとして)だから! いるんならたまには様子見に来てくれるだろうし、食事とかもさ、ちゃんと(ぶつぶつ)……」
石川 「(煙草を消しながら)じゃあ、今から行ってみるか?」
麻弥子 「(喜んだ顔で)石川さん!」

シーン22  一樹のアパート。簡単なプレートに「平井」とある。
チャイムを鳴らす石川。反応がない。
石川 「いないな」
麻弥子 「学校かしら」
あきらめて帰りながら
石川 「お前に言うかどうか迷ってたんだけど。一樹の家ってうまくいってなかったの、知ってたか?」 
麻弥子 「?」
石川 「親父さんが知り合いの借金の保証人になってて負債抱え込んだり、女がいたのがわかったりしてさ。あいつが高校に入ってからだから……お前は知らないか」
麻弥子 「……」
石川 「今、親父さんたちドイツだって言ってたけど、その前から家は出てたんじゃないかな」

シーン23  5年前の回想
一樹の部屋。大学生の麻弥子が中学生の一樹の勉強を見ている。
麻弥子 「うん、ぜんぶ合ってる。じゃ次は、練習問題の3ね」
ノックの音。
麻弥子 「はい」
一樹の母がお盆に紅茶とケーキをのせて入ってくる。
母 「お疲れさま。ちょっと休憩したら?」
麻弥子 「すみません。じゃあ、ちょっと休もうか」
一樹、反応せずに続きをやっている。
母 「きちんとやってます?」
麻弥子 「ええ、教えることなんてないくらいです。私は問題集開いて、次の問題、次の問題って言ってるだけですよ」
母 「この子は小さいときから、言わないと本当に何もしなくて……」
一樹は、母と目も合わさずほとんど無視していて、不自然な雰囲気。
母 「一樹、しっかりね」
一樹、無表情で顔を上げるが何も言わない。
母が出ていくと、
一樹 「何しに来たんだろう」
麻弥子 「差し入れ持ってきてくれたんでしょ。それに一樹くんがちゃんと勉強してるか心配してたじゃないの」
一樹 「心配?」
麻弥子 「……?」
さっさと勉強に戻る一樹。

シーン24  回想
麻弥子の部屋で電話が鳴る。飛びつくように取る麻弥子。
麻弥子 「もしもし! 一樹くん!? どうだった?」
一樹は電話ボックスの中にいる。外では梅が咲いていたりして、季節が早春だとわかる。
一樹 「受かりました」
手にA4版の封筒。高校の名前が印刷されている。
麻弥子 「よかったねえ。おめでとう。がんばったね。お父さんやお母さんも喜んだでしょう?」
一樹 「いえ……まだ知らせてないから」
麻弥子 「あ……そうなの? きっと喜んでくれるよ」
一樹 「……(素っ気なく)そうですね」
麻弥子 「……?」

シーン 25  麻弥子の会社の廊下またはロビーなど人影のない場所
携帯電話から電話をする麻弥子。だいぶ待った後に相手が出る。
麻弥子 「もしもし? 一樹くん? 麻弥子です」
一樹 「……こんにちは」
麻弥子 「学校は?」
一樹 「……休みました」
麻弥子、心配そうな表情になる。
一樹 「買い物に行こうと思って。まやさん、一緒に行ってくれない?」
麻弥子 「え?」

シーン26  デパートの化粧品売り場
楽しそうに口紅を何本も出したり指差したりしながら、オフで
(麻弥子 「バカね、口紅なんて似合うかどうか本人が付けてみなきゃわからないのよ」
一樹 「でも。一人じゃ行きづらいし」
麻弥子 「(笑って)それもそうね。じゃ、一緒に選ぼうか。そうだ、彼女の写真持ってきてね」)
麻弥子、大人っぽいワイン系の色をつけてみる。上品な雰囲気になり、よく似合う。一樹、それを見ている。
販売員 「よくお似合いですよ」
麻弥子 「(販売員には愛想笑いをして)でも……一樹くん、きっとこっちの方が似合うわ」
かわいらしいピンクを手に持つ。
一樹 「(しばらく黙って)……そうだね。じゃあこれにする」
包んでもらうのを待ちながら、麻弥子は微妙に寂しげな表情。

シーン27  夕方、デパートから出た後、渋谷駅南口
麻弥子 「一樹くんは、バス?」
一樹 「うん。それじゃ」
軽く手を振って別れる二人。横断歩道を渡りながら麻弥子は胸騒ぎがして振り返る。が、一樹は普通に立っている。
しばらくして一樹が麻弥子に気付く。麻弥子は小走りに戻る。
一樹 「どうしたの?」
麻弥子 「部屋まで……送ってもいい?」
一樹 「いいけど。どうして?」
麻弥子 「なんとなく。……変?」
一樹 「(おかしそうに)変だけど。いいんじゃない?」
2人で笑いをこらえながら、麻弥子は少し嬉しそうな表情。

シーン28  一樹のアパートの前
一樹 「帰るの?」
麻弥子 「うん」
一樹 「上がっていったらいいのに」
麻弥子 「ありがとう。でも帰る」
一樹 「じゃあ今度。今日のお礼に、なんかご馳走する」
麻弥子 「ほんと? 楽しみにしてる。じゃあね」

シーン29  結婚式の披露宴会場
シーン2・3で麻弥子と会っていた友人・直美の結婚披露宴会場。
同じテーブルに着く石川と麻弥子。
遠くで司会が、「お色直しが済むまで、しばらくご歓談ください」などと言い、参列者たちは退場する新郎新婦を見送る。
石川 「新婚旅行、スペインだって? 直美のやつ豪勢だよなあ」
麻弥子 「ほんと、うらやましい」
石川 「そうだ、一樹どうしてる?」
麻弥子 「え? なんで私にそんなこと聞くんですか」
石川 「お前ら、付き合ってるんじゃないの」
麻弥子 「何言ってるんですか。彼女いるって言ってたじゃないですか。そうだ、この前、彼女の口紅選びに行ったんですよ」
石川 「ふーん」
黙ってワインを飲む麻弥子。
麻弥子 「家庭教師してたころ、一樹くんって、間が持たなくて困りましたよ。ひとつ聞いたら、ひとつ答えが返ってくるでしょ。それっきり、話が全然続かないの」
石川 「まあ、とっつきにくいガキだったよな」
麻弥子 「私、家庭教師していて、あの子の考えていることがわからなくて悩んだんです。ほとんど、反応がなくて。でも時々、ちらっと本音みたいなものが見えて……。今は大人になった分、もっとガードが固くなったような感じ。私、久しぶりに会ったときびっくりしたんですよ。あの子が、お愛想で笑うなんて。いつも距離があって……なんか踏みこんじゃいけないような雰囲気で。石川さんにもそう?」
石川 「そりゃ、ちょっと見た感じはそうだけど」
麻弥子 「長いこと、ひとりだったのかもしれませんね。だから人に心のうちを見せることに慣れてないのか……」
石川 「(酒を飲みながら独り言のように)サイン、見逃すなよ。あいつだってそんなに強くないさ」

シーン30  一樹のアパート
「平井」のプレートを前に、来たものの躊躇する麻弥子。しかし意を決してチャイムを押す。
やや長く待たされてから、ドアが開く。
一樹 「まやさん……」
気になるが、中を見ようとしない麻弥子。一樹の様子は、麻弥子にいてほしいのか、帰ってほしいのか捉えようがない。中から足音がして、一樹がふと振り向く。
女(声だけ) 「私、帰る」
中から若い女が出てくる。若いというより子どもっぽい雰囲気。ぎょっとする麻弥子。あわててその女に、
麻弥子 「あ、ごめんなさい、私すぐに……」
女、無視して去る。麻弥子は、なすすべなく見送る。一樹も気にしていない様子。
麻弥子 「いいの?」
一樹 「……」
麻弥子 「一樹くん。心配してるよ、石川さんも私も」
一樹 「……上がって」
麻弥子、ややためらいつつ、靴を脱ぎながら、
麻弥子 「ねえ、普段ちゃんと食事してる?」
一樹 「してますよ。(不自然に明るく)結構、料理うまいんだ。食べていってよ」
麻弥子 「……」
しばらく後。一樹の部屋の小さなテーブルに食事の用意がされる。たとえばハッシュドビーフのようなもの。ややぎこちない雰囲気だが食べ始める。一口食べて麻弥子は驚く。
麻弥子 「おいしい。すごくおいしい」
一樹 「(にっこりして)でしょ? こんなにできるなんて知らなかった?」
麻弥子 「うん。でも、なんとなく知ってたような気もする。ひとりでなんでも考えて、なんでもひとりでやっちゃうような……そういう子だと思ってた」
一樹 「そうかもしれない。ついこの前まで、人に本音を言ったりもしなかったし」
食事をしながら
麻弥子 「余計なことだけど、彼女、どうした?」
一樹 「……別れた。そういう話で会ってたから」
麻弥子 「別れたの……」
一樹 「このままじゃ、もっと傷つけるだけだと思ったから」
麻弥子 「傷つける?」
一樹 「こないだ、『私の気持ち、考えたことある?』って言われて、なんか、言われてみると、俺、その場その場で合わせてるだけだったような気もして」
麻弥子 「……」
一樹 「どっか行きたい、って言われれば行ったりしたし、あの子が楽しそうにしてたから、いいかなって思ってたんだけど」
麻弥子 「……」
一樹 「結局、本音見せてなかったし、……それってすごい失礼なことだよね。今考えると、あの子に会ってるときって、作っちゃってて、不自然だったと思う」
麻弥子 「……自然な自分でいられれば楽だけどね……。でも、難しいよ、大人になっちゃうと。そんなに簡単に、誰にでも本音言えないよ。そんなに自然でいられる場所なんて、あんまりなくなってくる」
一樹 「そうかもしれない。でも最近、あるような気もしてきた」

シーン31 アパートの玄関前
一樹 「駅まで送る」
麻弥子 「いいよ、近いから」
一樹 「コンビニで買い物もあるし」
麻弥子 「そう」
しばらく歩いてから急に、
一樹 「ごめん、やっぱり、買い物やめる。悪いけどここで」
麻弥子 「……? うん……。じゃあ、おやすみ。ご馳走さま」
麻弥子、不審に思いながらも歩き出す。
一樹の台詞の回想 「……ついこの前まで、誰かに本音を言ったりもしなかった」「でも最近、あるような気もしてきた」「ごめん、やっぱり、買い物やめる。悪いけどここで」
はっとして、急いで引き返す。

シーン32 一樹のアパート
麻弥子がやや乱暴に玄関を開けると、一樹がうずくまっている。
麻弥子 「一樹くん!」
一樹 「まやさん? 帰らないと……世田谷線、電車なくなっちゃうよ」
麻弥子 「バカ! 早く救急車!」
一樹 「(手首をつかんで止める)呼ばないで。いいんだ、ちょっと酔ったんだよきっと」
一樹、ふらふらとベッドへ歩き出す。
麻弥子 「何言ってるの。もういいわけできないよ、はたちくらいの男の子が、何度も倒れるなんて……そんなに何度も倒れるなんて、絶対おかしいよ。どうして? 隠さないで言ってよ!」
一樹 「隠すなんて、だって何も知らないですから」
麻弥子 「知りたく、ないの?」
一樹 「知ってどうするんですか」
麻弥子 「病気だったら治さなきゃ」
一樹 「少しくらいのことは放っておいても治りますよ」
麻弥子 「少しくらい?」
一樹 「そうでしょ?」
麻弥子 「本当にそう思ってるの? 少しくらいのことって」
一樹 「そうじゃないんですか?」
一樹は朦朧としてくる。
麻弥子 「一樹くん!」

シーン33 一樹のアパート(朝)
麻弥子は床に座って壁か家具にもたれ、居眠りをしている。一樹が動いたので目覚める。
麻弥子 「あ、寝ちゃったんだ」
一樹 「泊まってくれたの?」
麻弥子 「……っていうか……(照れて)帰りそびれた」
一樹 「まやさん、……」
麻弥子 「何?」
一樹 「病院、行こうと思うんだけど」
麻弥子、一樹の顔を見つめる。

シーン34 病院の待合室
一樹がベンチにぼんやり座っている。
看護婦 「平井さーん、平井一樹さーん」
一樹は立ち上がり、診察室へ入っていく。

シーン35 麻弥子の会社(昼休みなど)、一樹は病院の公衆電話
麻弥子の携帯電話が鳴る。
麻弥子 「一樹くん? どうだった?」
一樹 「入院しなさいって。あと、家族と来るように言われた。まやさん、一緒に行ってくれる?」
絶句する麻弥子。

シーン36 麻弥子の部屋
電話をする麻弥子。
麻弥子 「石川さん、一緒に行ってくれない? 私ひとりじゃ怖くて……」
石川 「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。ひとりで行けよ」
麻弥子 「だって……」
石川 「怖がるなよ。ちゃんと正面から向き合え。お前はあいつがやっと見つけた相手なんだぞ」

シーン37 病院の診察室
医師がエックス線や超音波などの写真を示しながら、麻弥子に説明している。
医師 「ここに、こんなふうに病巣があります。これが大きくなったり、他の場所へ転移したりすると、危険な状態になります。手術をして取り除かないと……ただ、今の状態でもかなり進んでいますので、もしかすると、開けてみて判断が変わるかもしれません」
麻弥子、事実を受け止めきれずに無表情になっている。
麻弥子 「本人は、どこまで知っているんでしょうか」
医師 「まだ病名もはっきりとは言っていません。早めに入院した方がいいと言ってあるだけです。告知するかどうかは、ご家族と相談してからと我々も考えておりまして……。ご家族と一緒に来るように申し上げましたら、平井さん本人が、家族へ連絡する場合は代わりに坂崎さんにとおっしゃるので」
麻弥子 「……」

シーン38 一樹の部屋
麻弥子 「(わざと気軽な調子で)お医者さんも言うんだし、1回入院したら?」 
一樹 「したくないです」
麻弥子 「一樹くん」
一樹 「1回入ったらもう出られないと思うんだ。チューブにつながれて、縛られるみたいに寝かされて。見えるのはカーテンと、運が良くて窓の外……。そうしたら写真も撮れないし。だったら、もう少し自由にしていたい、もっと撮りたいものがたくさんあるんだ」
麻弥子 「撮りたいもの? 写真?」
一樹 「撮りたいけど、まだ撮ってないものがあって。最近見つけたばっかりだから、まだ撮ってないんだ」

シーン39 病院
医師 「先日もお話したように、悠長なことを言っていられる状態ではありません。一刻も早く入院して治療しないと…」
麻弥子 「(感情を堪えて)……入院をして、手術をしたら、あの子の命はどれくらい延びるんですか?」
医師 「それは、やってみないとわかりません。ただ、このまま放っておいたら確実に進行します。入院して、手術するなり、化学療法を試みるなりすれば、効果があるかもしれません」
麻弥子 「わからないんですね……。退院できるかどうかも……」
医師 「残念ですが……断言はできません」

夜の電車の中など
携帯電話のメールを読む石川「(麻弥子の声で)入院したからって治るわけではないと、一樹くんは知っているようです。
入院で得られるのは、苦しさや不自由さに耐えながら少しだけ延ばしてもらえる命。
残された自分の命を、そんなふうに過ごすことをあの子が受け入れないのだとしたら……。どう接していけばいいのか、自信がありません」
石川、返事を打ち始める。
石川の声 「自分は、一樹には会わないほうがいいと思います。時々様子を知らせてください」

麻弥子の部屋
携帯電話を開いて、石川からの返信を読む麻弥子。しかしすぐに閉じてしまう。ベッドに倒れこむ。

一樹の部屋
食べるものなどを買い込んで、スーパーの袋から出している麻弥子。
麻弥子 「変なこと言うようだけど……合鍵、もらえないかな」
一樹 「……?」
麻弥子 「寝てるとき、起こさないで済むじゃない?」
一樹 「……」
麻弥子 「あ、いや、無理にってわけじゃないから……いいの、ごめんね、変なこと言って」
一樹 「いいよ、別に」

麻弥子の部屋
留守電から石川の声 「一樹と病院行ってきたんだろ。どうだった? 連絡待ってる」

ひとりで外出する一樹。カメラを持っている。渋谷の雑踏などを時々撮影している。青山通りを昇って、神宮外苑で銀杏並木を撮ろうとするが、まだ葉が緑色なので、あまり気に入らない表情。ファインダーをのぞくだけで撮らない。

会社の帰り道
麻弥子、携帯電話で話している。
麻弥子 「どう? ご飯ちゃんと食べてる」
一樹 「食べてますよ。昨日は、サーモンときのこのホイル焼き」
麻弥子 「えー……おいしそう……。今日は何してたの?」
一樹 「学校終わってから、青山とかで写真撮ってた」
麻弥子 「学校は行ってるんだ?」
一樹 「……」
麻弥子 「もしもし?」
一樹 「……」
麻弥子 「一樹くん?」
一樹 「(かすかな声で)……え? あ……」
麻弥子 「一樹くん!」
ゴトっと物が落ちるような音がして、応答がなくなる。血相を変えて走り出す麻弥子。
タクシーを捕まえる。

タクシーを降り、一樹の部屋を開けると、そこにうずくまっている一樹。
麻弥子 「一樹くん!」

救急車が到着し、一樹が担架で運ばれる。
麻弥子は取り乱しながら、救急隊員に促されて救急車に一緒に乗っていく。

病室
一樹がベッドに横たわっている。点滴のチューブがつながれている。
一樹 「(静かに、悟ったように)まやさん、俺、もうすぐ死ぬんだよね」
麻弥子 「……」
一樹 「いいよ、黙ってて。言えないよね。でもいいんだ俺。まやさん、俺が死んだら悲しい? 俺は、もし逆だったら、もしまやさんが死んじゃうんだったら、ものすごくものすごく、悲しい。だけど、自分の体がもうすぐ死のうとしていることは、自然なことのような気がするんだ。だから、逆らわなくていいような気がして。もうすぐ死ぬとしても、別に構わないんだ。結構いい人生だったと思うよ。最後の方だけだけど。それでもいいと思わない? 自分がいいと思ってるんだからさ」
麻弥子 「……」
一樹 「(優しい表情で)まやさん。もう、俺のことは放っておいて。好きでこうしてるんだから。迷惑かけたくない、これ以上。見てるとまやさんがかわいそう」
一樹は静かに、麻弥子を気遣う調子。麻弥子は愕然とする。
麻弥子 「何言ってるの……。ひとりで、どうするつもりなの」
一樹 「……ありがとう、まやさん」

会社で、パソコンを前にぼんやりしている麻弥子。上司が電話を受けている。
上司 「いつもお世話になって……。え? 企画発表会? 今日ですか?(急に真剣な顔になり、受話器から顔を離して) 坂崎!」
麻弥子、呼ばれてぼんやりと上司の顔を見る。自分が重大なミスをしたことに気付き、表情が凍りつく。
上司の席の前で深く頭を下げて謝る麻弥子。

留守電(石川の声)  「一樹はどうしてますか。連絡ください」「おい、いいかげんに連絡くれ」

夕方、すでに暗い。麻弥子が会社を出ると、石川が待ち伏せている。
麻弥子は一瞥しただけで、石川の先に立って歩く。
石川は麻弥子から少し遅れて歩きながら、
石川 「なんで連絡寄越さない? 電話も出ねえし。何考えてんだよ」
麻弥子 「別に……」
石川 「あいつどうした?」
麻弥子 「入院しましたよ」
石川 「いつ?」
麻弥子 「おととい……の前の日」
石川 「おまえ、あいつのそばにいてやらないの?」
麻弥子 「拒絶されたんです。仕方ないですよね……家族でも恋人でもないし。それに、半端に情かけて、傷つけるのは嫌」
石川、麻弥子に寄って来て、
石川 「半端ってなんだよ。正面から向き合えって言ったろ? 傷つきたくないのはお前自身じゃないか」
麻弥子 「だったらいけませんか!? これから先、ずっと一人であの子を背負っていく自信なんて、ないですよ!」
石川 「何言ってるんだよ。あいつ……死ぬんじゃないの?」
麻弥子 「死ぬ? うそ!」
石川 「しっかりしろよ!」
石川が麻弥子の手首をつかみ、麻弥子はびくっとする。
石川 「あいつはなんて言ってる? 延命治療をしたくないと言ってるんだろ? お前に、正直にそう言うんだろう? そういう態度に出るのは相手がお前だからだ。あれだけ人に自分を見せないやつが、お前には助けを求めてるんだよ。拒絶されただって? そんなわけないだろう、あいつのことちゃんと見てんのかよ。ちゃんと正面から見てんのかよ!」
麻弥子、呆然としている。

石川とともに一樹の部屋へ荷物を取りに来る。パソコンのそばで、ちょっとした拍子にマウスかキーボードに触れ、真っ黒だった画面にワープロの文章が現れる。
麻弥子 「いやだ、これ、電源入ったままじゃない」
閉じようとして、画面一番上のファイル名に「坂崎麻弥子様」とあるのを見つける。
石川 「俺、これ車に積んでくるから」
石川は荷物を持って出ていく。
パソコンの画面を読む麻弥子(途中から重ねて一樹の声オフで)
「多分もう、あまり時間がありません。だから、本当に伝えたいことだけ書きます。
まやさん、僕は生き物として、自然に生きていようとしているだけです。
20年間だけでも、僕の一生には意味があったと思うから。
でも、僕にも感謝している人がいるから、その人のために何かできるか、考えようと思いました。自分にできることは少ないけど、それでも、時間がないなら、ないなりに、できることを。
そのためには、あとどれくらい残されているのか、もしわかるんだったら知りたいと思って、
それだけ知りたくて、病院に行きました。
まやさん。本気で僕のことを考えてくれた人はまやさんだけです。
あの日、世田谷線の駅でまやさんに会えてよかった。今まで一緒にいてくれてありがとう」
耐えきれず、その場で泣き崩れる麻弥子。

病院へ向かう麻弥子。葉を落としていく木々や、厚着し始めている人々などで、晩秋が近いことがわかる。
病室に入ると、それまで眠っていた一樹が気付いて麻弥子の方を見る。
一樹 「来てくれたんだ」
麻弥子 「いいよ、眠ってて」
一樹はかすかに微笑んでから、目を閉じる。
薄暗い一樹の病室でベッドの横に座っている麻弥子。もう夜。
一樹は弱々しい感じで眠っている。
看護婦 「あのう、今日はもう時間ですので……」
麻弥子、はっとして看護婦の顔を見る。

病院。
11月のある日。一樹は病室のベッドで寝ている。麻弥子は椅子でうたた寝をしている。一樹がゆっくりとした感じで目を覚ます。
一樹 「先生」
麻弥子は気づかない。
一樹 「先生。坂崎先生」
はっと目を開け、一樹の方を向く麻弥子。
一樹 「せん……まやさん、散歩に行かない?」
麻弥子 「散歩?」
一樹 「行きたいところがあるんだ。まやさん、カメラ、持って行ってくれる?」

地下鉄外苑前駅近く。青山通りでタクシーを降りる麻弥子と一樹。
一樹は車いすに乗る。麻弥子はそれを押しながら、青山通りを銀杏並木に向かって歩く。
一樹 「なんだか贅沢だな。タクシーで来るなんて」
麻弥子 「そうだね。普通、地下鉄だよね」
一樹 「渋谷から歩いたりしたよ、俺」
麻弥子 「えー!」
一樹 「しなかった?」
麻弥子 「たぶん……。もしかしたら学生のころはしたかもしれないけど。忙しくなると、そういうこと、しなくなるわ」
一樹 「……」
麻弥子 「でも、この辺って、そのころとあんまり変わらないような気がする。車が多くて、歩道がこう、広くてゆったりしてて、ビルがいっぱい建ってて」
一樹 「(周りを見ながら)みんな、早足で歩いてるんだね」
麻弥子 「うん。私も、今気付いた。そうだったんだね」
銀杏並木で曲がり、
麻弥子 「うわあ、きれい。でも、銀杏の匂いがすごいね」
一樹 「そうだね」
麻弥子 「(苦笑しながら)見た目ほどいいムードじゃないね」
一樹 「うん。でも、いいんだ。今来たかったから」
一樹、カメラのシャッターを押す。
麻弥子 「(脇のレストランを見て)お茶でも飲んでいく?」
一樹 「いや、このまま。時間ないから、俺」
はっとして一樹の顔を見る麻弥子。
麻弥子 「……時間?」
一樹 「(麻弥子の方を見上げて)時間、ないんでしょ? 遅くなるとまやさんが先生に怒られる」
麻弥子 「あ、……そうね」
車いすを押しながら並木道を歩く。生け垣の向こうからラケットでボールを打っているような音が聞こえる。
一樹 「テニスコートだっけ。こっち側」
麻弥子 「そうみたいね。音が……」
一樹 「白いウェアって、なんだか病人のリハビリみたいだな」
麻弥子 「(吹き出して)……何言ってるの。それってスポーツのイメージと反対じゃないの」
銀杏並木を抜けると、T字路になり、道路の向こう側に渡ると、ベンチ等もある小広場。さらにその奥のグランド越しに絵画館が見える。一樹はそこでも何枚か写真を撮る。麻弥子は自動販売機で飲み物を二つ買い、片方を一樹に渡す。
しばらくその小広場でランニングをする学生たちや風景を眺めたり、写真を撮ったりしている。
麻弥子 「撮りたいものって……、なんだったの?」
一樹 「撮れたよ。少しだけど」
麻弥子 「少し?」
一樹 「うん」
麻弥子 「じゃあ、また今度来て、続き撮ろうよ」
一樹 「うん。もっと撮りたくなった。今度はどっか別の場所で……」
麻弥子 「……」
一樹 「まやさん、今度、手術の説明があるんだ」
麻弥子 「手術?」
麻弥子、考えを探るように一樹の顔を見る。一樹も麻弥子の方を見て、
一樹 「……説明、一緒に聞いてくれる?」 
麻弥子 「(やさしい表情で、静かに)いいよ」
しばらくして、
麻弥子 「寒くなるよ。そろそろ帰ろう」
一樹 「うん」
麻弥子 「タクシー、乗ろうか」
一樹 「青山通りまでは歩こうよ」
麻弥子 「……」
車椅子を押しながら、
麻弥子 「どうしてここに来たかったの?」
一樹 「だって、なんか、よくない? 雰囲気が」
麻弥子 「そうね……。昔、秋とか冬になると聞きたくなる曲あったな……。オフコースって、知ってる?」
一樹 「知ってるよ。兄貴がCD持ってた。こういう雰囲気の曲って……」
麻弥子 「(慌てて、白々しく)あ、『秋の気配』かな」
一樹 「俺は『さよなら』が好き。こういう絵に似合いそう」
一樹、シャッターを切る。無言で正面を向く麻弥子。
白い空気の中を歩いていく二人。
(終わり)

エンディング
ラストシーンの神宮外苑付近で一樹が撮ったと思しきモノクロ写真。銀杏並木や絵画館などの風景、人物何枚かと、麻弥子のポートレート数枚。シーン26?で麻弥子がつけていた色の口紅。【40P】

・ 坂崎麻弥子、27歳。世田谷線沿線の小さな会社に勤めている。
・ 平井一樹、19歳。
・ 先輩の石川、30歳くらい。体育会系のさっぱりした青年。
5年前、学生時代に家庭教師として教えた生徒。当時麻弥子22歳、一樹14歳、石川24歳
・麻弥子の前で何度も倒れる一樹。たび重なる説得、応じない。行ってはいけないと思っていた一樹のアパート。何度も躊躇して訪ねる。部屋はしんとするほど片づいている。
・心配しつつ一定以上近づかない麻弥子。実家に連絡しないの? 実家?ドイツにいるんだよ。
独りで……死ぬ気? 壮絶な心の葛藤。ふみこんで言い出せない麻弥子。生きてほしいと願う心と、死に方を選ばせてやりたい理性との間で葛藤する。 
・「しっかりしろよ! ちゃんと現実を見ろ。どうせ傷つくに決まってるんだ、こうなっちゃった以上。いいか、あいつはそんなに長くはない。きっと助からないよ。これまでずっとほっといたんだ。仕方がない。でも、それはあいつが自分で選んだことだ。誰かのせいじゃない、もちろんお前のせいでもない。それは認めろ。じたばたするな。その上でだ。あいつは何を言ってる? 延命治療をしたくないといってるんだろ? お前に、正直にそういうんだろう? そういう態度に出るのは相手がお前だからだ。あれだけ人に自分を見せないやつが、お前には助けを求めてるんだよ。でもな、よく聞け。確かに手術もきついだろうし、我慢しなきゃならんことも多いだろう。だけど、治療をしなかったら命はもっと削られる。あいつに、言えよ、精いっぱい生きろと言えよ。お前だけなんだぞ、言ってやれるのは!」「死ぬ? うそ!」「しっかりしろよ!」
・容態の悪い日が続く。麻弥子は、仕事を抜け出したり休んだりしながら見に行く。しばらくしたある日。「先生、散歩に行かない? 今日はなんか、外に出たいんだ」
11月ごろの神宮外苑の銀杏並木を歩く。「私が中学生のころ、オフコースの曲がはやった。こんな雰囲気の音楽だった。あなたは……きっとまだ幼稚園ね」「なんていう曲?」「あれ? なんだったかな。(白々しく)……秋の気配かな」 「俺は「さよなら」が好き。こんな雰囲気の曲だよね」
白い空気の中のをいつまでも歩いていく二人。<エンド>

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