SCRIpT

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月~二人の天才と残り一名 4~


「ほう、どこまで元首の隠し子の山猫風情がやれるものか見てみたいものだな。」
アッ・ザーリヤートの耳に入るアマンダのうわさと言えば、とんでもないものばかりだ。失笑することも中にはあった。
それなりにすれば相当な美人なのだろうが、いつも彼から見るととんちんかんな頭をしているイメージがあった。最近はスキンヘッドにしているらしい。15歳の頃から右目のところに黒の染料で炎のような刺青をしている。
「これをとって、かつらをつけたら、結構いける顔だよな。」
と、副官のエルナードに言いながら、新聞のアマンダの写真に落書きをしていたアッ・ザーリヤートだ。
「出来上がったぞ、ほら、見てみろ。」
意外にこの男は絵を描くのはうまい。そこには確かに彼の好みの髪形をした美人がいた。

山猫風情と酷評されているとも知らず、アマンダはこののちしばらくお付き合いをすることになる“老人クラブ”に参加していた。
彼女もスキンヘッドだったが、周りは天然のスキンヘッドか、白髪の老人たちだ。
それはそうだろう。彼女の祖父である、ギョームと彼らはあまり年が変わらなかった。
彼らの様子は憔悴しているように、アマンダには見えた。
彼らの住みかのサウザンドは焦土と化している。みな家族とともに命からがら逃げてきたものばかりだ。テン・イーモウとチャン・べリンガー、ジョナサン=カマル、杉野とアマンダ。この5人が今回の軍事会議の参加者だ。
アマンダから見るとアッ・ザーリヤートという自分より1歳わかいこの将軍は絵にかいたような正統派の軍人だ。
もちろん、これほどの圧倒的な兵力を持つとなると彼はこう動くタイプなのだろう。
自分とは正反対の軍人だ。
おそらく、テンとアッ・ザーリヤートは同じ形の戦略を得意とするタイプなのに違いない。
ただ、年の効か、アマンダから見ると敗将であるテンを高く評価せざるを得ない。
ロス島の攻防戦もそうだった。
最初にアマンダが思ったのはテンという将軍は、敗将とはなったが、見事な防御戦を戦い抜いてきた、という感銘に似た感情だった。
テン率いる地下壕にこもって戦う統括政府軍にPLOは圧倒的な物量を持って攻めてきた。塹壕はぶっ飛び、有能な兵士を失ったことをテンは非常に悔いていたが、アマンダから見るとアッ・ザーリヤートもばか丁寧に正攻法をとったために、かなりの犠牲を払っているように思えてならなかった。もしアマンダがアッ・ザーリヤートの立場なら、別の方法で、攻めただろう。
おそらく、かなりコンサバな面を強く持つスタンダードな人物であるに違いない。それとその武器の使用の仕方といい、その結果、かなり自分の戦功を大きく報告している様子から、かなりの野心家と見えた。大体、同業者を見る時にその戦略を見るだけで大体の性格を推理できなければ敵を倒せる戦略家にはなれない。
「このアッ・ザーリヤートという人物はずっと優等生だったのかな?自己顕示欲が非常に強いように思われるが。」
突然そんなことを聞いてきたアマンダに杉野はこう答えた。
「ショーンを失った“組織”がその代わりになる、と太鼓判を押したほどの男らしいですがね。」
…それはショーンに対して失礼だろう。物が違う。その言葉には敢えて触れず、アマンダは別のことを言った。
「奴らは、本気でロス島を自分たちのものにできたと思っているのかな?ちょっと、驚かしてやってもいいかもな。」
不思議そうな顔をする他の連中の一人にアマンダは言った。
「ジョナサンさん。あなたの腕が必要だ。」
そのあとアマンダの話す内容に老将たちはただ唸るしかなかった。
アマンダは最後にこう締めくくった。
「勝つだけが戦争ではない。たとえ負けたといえども、どれだけの兵を残せるか、それが最終的な勝利への第一歩だ。その意味でテン中将、あなたは立派な戦争をされた。あれだけの攻撃の中、戦闘可能な兵士を半数以上残している。あと、補給路の取り方も完璧だ。ロス島が3カ月もったのはこの選択が間違いなかったからだ。すばらしい。おそらく後世に十分に称賛されることになるだろう。その前に俺が褒めてセリムにでも書かせるさ。こんな地味なことがどんなに大事か、アッ・ザーリヤートはそれを忘れているんじゃないのかな?」
「しかし…」
とテンは言った。
「こういう方法をとると、今後、色々と支障が出てくるんじゃないでしょうかね?」
「支障が出れば向こうが悲鳴を上げてくるだろう。頭を下げてくるのを後は待つしかないな。じゃがいもとアンチョビ入りのパスタでも食べながら、ゆっくり待とうじゃないか?」

「アマンダはうまくやってるようだよ。テンさんはびっくりしているようだが。」
杉野のメールをそのままなんだか今朝は機嫌のいいラフマーンに説明してやっているショーンだった。
「アッ・ザーリヤートって男はどんなやつなんだ?」
ショーンがいたころの“組織”にはあのようなアラブ系の顔は見かけなかった。
自分がいなくなり、メッカにイスラムコミュニティーが移った頃にどうやら“組織”に入り込んだらしい。あの“組織”に見込まれた人物と言うのだから、それなりに忠誠心を持って入るのだろう。自分の宗教と、“組織”を利用して導師まで上り詰めたアル=ファトフとおなじ人種なのかもしれない。イスラムの中に新しく出てきた人種だと考えていい。PLOだけでは統括政府軍とは戦えない。
同じく統括政府から疎んじられることとなった“組織”と結びついたのだろう。
ネクストアルカイダとパリ連合のような関係である。
“敵の敵は味方”といった感じだろう。
別の意味では“同床異夢”という言葉の方がお似合いなこともあるだろうが。

アマンダが考えた反撃の第一章がいよいよ始まろうとしていた。
これを成功させるかさせないかでこの後の戦闘の内容が変わってくる。
しかし、“パリ連合”系の戦略は…派手だな。
とテンは思いながら、仲間のジョナサンの成功を祈るしかなかった。
彼とその部下はこれからしばらくは休みなしで、地球と宇宙を行ったり来たりしなくてはならない。
それよりもまず、この計画の成功が先決だ。
成功すれば、ロス島にかなりの物資を置いているといわれるPLOは確実に大打撃を受けるだろう。
「何とかやれるさ。」
一機だけならおそらくうまく飛べばPLOのレーダーには映らないだろう。
彼らのレーダーの性能は低く、テンも何度か助けられている。
「しかし、あの山猫さんは…いつまで地球にいるつもりなのかな?」
「戦争が終わるまでだろう…いや、勝つまで地球にいるつもりだ。面白い話だ。20倍もの兵力を相手に平然と完勝してみせると明言していたぞ。」
彼女は一応軍事大学を卒業している、との話だった。が、兵を使う考え方が自分ら凡人とは違う。
彼女の考え方は兵士と兵器は最後に使うものらしい。
あとは自然と、再利用、だ。
確かにいい考えだろう。
ザマの戦いで、ハンニバルはスキピオに完敗した。戦略も戦術も、そして、ローマからついてきてくれた有能な部下もすべて奪われた。
だから、それ以後の彼はすべてを放棄したのだ。
もし…ハンニバルがシュケルの立場、たとえば、先に首都エルサレムを陥落させられ、10億もの民を人質に取られた彼の立場ならばどうしただろうか?
元々、ハンニバルはスペイン出身で、母国カルタゴにはあまり思い入れはなかっただろう。
彼は戦ったのであろうか?
それともシュケルのようにすべての兵器を放棄しただろうか???
今度そんな質問をアマンダにしてみたいと思う。
どうこたえるだろうか?
自分たちの辞書にない戦争を彼女は始めようとしている。
そんな人間はどのように歴史を解釈しているのだろうか?
テンはアマンダの見かけはともかくとして、ほかの部分、特に戦略に対する考え方に興味を感じていた。
いるだけで興味を持たれる人物はどこにでもいるが、アマンダは特にその特徴がよく表れている。自分のような凡人にはなかなか理解は難しいが、アマンダにはこの世界はどう見えているのだろうか?

そのアマンダは簡単に今後の動きについて、メモ帳にまとめていた。
同じLDのアインシュタインもそうであったといわれるが、その文字はところどころ鏡文字となっており、簡単には他人には読めない代物だ。
例えば…連中が得意とする空中戦ができなくなったらどうするだろうか?
海軍を持たない連中から補給路を断つにはこれが一番の方法だ。
さて…この作戦名をどう名づけようか…
「孤立無援大作戦」
これでいいだろう。
アッ・ザーリヤートの狼狽した顔を想像するだけでも面白かった。

当時の戦争はまさに空に浮かぶ空母から戦闘機が出撃する空中戦と地中都市を中心に要塞のようにして戦う地上戦に分かれていた。
アマンダから見ると、何か一つかけているようで物足りない。
海軍だ。
今のPLOになくて、統括政府軍にあるもの。
これが20世紀の遺物とまでアッ・ザーリヤートに酷評された海軍である。
アマンダにとって、この“遺物”を利用しない手はなかった。
何しろ地球の約8割は海なのだ。この戦場には都市もないし、どこまでもつながっている。
あのメッカにも行くことができるはずだ。
特に潜水艦は使える可能性がある。
テンには少々体型的に窮屈な思いをさせるかもしれないが、アクアの手料理も食べられなければ、少々のダイエットにはなるのではないだろうか?

言葉の断片からでも一番弟子は十二分に大暴れをしてくれそうだ。
アル・アッタードは満足げだった。
あんな娘でも娘は娘だと心配する“父”カートとは違い、彼の頭の中にはラフマーンを政治的な指導者に、アマンダを軍事の柱にというビジョンが出来上がりつつあった。
ミケーレは最初から向かないだろうと諦めていたので頭にはなかったが、ショーンと言う思ってもみなかった新しい人材を杉野が連れてきてくれた。
彼は当時の歴史で、最も急進的な人物だったのかもしれない。
地球は、もう要らない、
と言うのが彼の本音だった。
彼の頭の中にはいつも数百年後の人類が宇宙を飛び回っている夢がある。
その夢のためにも、ここらでアマンダに一旗揚げておいてほしかった。
アッ・ザーリヤートという若者には申し訳ないが、想像力を持つことも、軍事家としての大事な要素だ。
市街地を焼き払うことで、難民が生まれる。
その難民がシュケルをつぶした。
まさか、ファシストではあるまいし、PLOは保護した難民を皆殺しにはできないだろう。軍人を食わせていくのも大変なのに、難民となると至難の業だ。
よく出てくるタイプの天才君、なんだろう。ポンペイウスやアントニウスを思い出す。
戦闘は確かに強いだろうが、戦略となると、彼らは厳しい判断をすべて外していた。
国力を伸ばしながら戦争をする。
これができた人物はアル・アッタードが知る限り、4名しかいない。サラディン、チンギスハン、スレイマン大帝、そしてユリウス・カエサル。
アル・アッタードはアマンダをそれらの5人目にするべく教育してきた。戦乱の時代から微妙に外れた彼にとってアマンダは彼自身の夢でもあったのだ。

物凄い地震と噴火がPLOの南極の拠点のロス島を襲った。
ある程度の物資をサウザンドの近くに移動しておいてよかった。
「自然と言うものは怖いものですな…」
副官の言葉に素直にうなずけないアッ・ザーリヤートがいた。
「一度調べてみる必要がありそうだな。」
おそらく、山猫の仕業だ。
「どっかから一機ぐらい“シェリー”あたりが飛んでこなかったか、一応調べてみろ。」
ロス島を陥落させた後の調査ではエレバスはまだ噴火には程遠いはずだった。
後、今までエレバスは何度か今回ほどではないが噴火をしているが、地震は起こしていなかったはずだ。戦場に立つ者のみが持つカンはもちろん彼にはあった。
山猫はおそらく何かを考えているはずだ。おそらく自分とはまったく違う何かを。
「しばらく様子を見てみる必要がありそうだな。」
まさにそれが、アマンダの思うつぼであることなど考えもしないアッ・ザーリヤートであった。

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