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月~二人の天才と残り一名 6~


「パンテールの虎と言われていたマスードも山猫アマンダから見ればかわいらしいものなのだよ。」
チャン・べリンガーはそう唸なざるを得なかった。老人クラブの中では一番の常識家であり、一番彼女を過小評価していた、とみられていた男もこうして、山猫の能力を認めざるを得なかった。
最初はとんでもない髪型と見た目にだけ目が向いてしまい、どうしてもその中身を見るのは後回しになってはいたのだが、ここまで短期間で実績を見せられると、賞賛を通し越してあきれるしかなかったのだろう。

2074年7月10日朝7時、
南極点近くを飛んでいた空母アッ・サッフは上空から降っている怪しい物体をさすがにデーターで発見した。
「UFOか?」
と言うのが彼らの最期の言葉だった。その20秒後S.O.S.のSも打てない状況で、PLOの誇る最新鋭の空母はこうして爆破された。
同じ時間、スコット島上空を飛んでいた空軍の編隊の先頭を飛ぶパイロットは空にビーム型の光を見た。
「妙な形のオーロラがある」
と言う彼の交信をのこして、その編隊は姿を消した。
それから一時間後、補給のための軍事用ヘリも同じ目に会っている。
さすがにPLO軍が調べたところ、彼らを襲った物の正体が明らかになった。
アッ・サッフを襲ったものは元中国が打ち上げた気象衛星だった。
空軍の編隊と軍事用ヘリを襲ったものはおそらく地上1500メートルにある連合政府の空中基地のようなものから出されたレーザー砲だ。
同じようなものが南極上空に10個はあるらしいことがわかった。
以来、地上からきっかり150M以上飛んでいるPLO側の空母はみな人工衛星のゴミだの元兵器のゴミによって爆破されるようになった。
南極の上には元日本が作った宇宙ステーションの廃墟が据えられ、戦闘機もそのターゲットとなっているらしい。

パニックに陥っているPLO側を尻目にアマンダはそのあと一週間で、どうしても使いようのない宇宙の粗大ゴミをノースイーストの市長であるイーサン=ジュニア=ヨーゼフですら知らないうちにノースイーストを守るための高さ10Mほどの城壁となってとぐろを巻いた蛇のようにきれいに配置させた。
「戦争が終わったら、どうするつもりだ。」 
「近未来の映画のロケ地にでも使えばいいんじゃないか?」
あきれるセリムにそういうアマンダだった。
今はPLOの脅威におびえる難民や、市民はこの堅固な城壁に満足した。
上は今のところ空いていても問題はないだろう。
なんせ、連中は150M以上空を飛べないのだから。
150M以下ならば、ほぼ確実に高射砲で撃ち落とすこともできる。
初めて撃ち落とされた敵の戦闘パイロットは捕虜としてノースイーストに連れて来られた。
それを一目見たいとヤジ馬どもが山ほど集まり、対処に困ったとの記事も残っているところを見ると、市民もこの状況の変化に対する興味が非常に高かったことが察せられる。
「まぁ、今のところだけだろう。」
杉野は狂喜する市民を尻目にテンに話しかけていた。アッ・ザーリヤートがこのまま黙っている確証はない。
陸軍はまだほぼ手つかずで残っている。
おそらく彼は部下が思うほどにまだまだ追い詰められた気分ではないのではないだろうか?

しかし、“組織”は思ったよりはやく対処に動いた。
話によると敵の少なくなかったアッ・ザーリヤート下しが始まったのだといわれている。
あくまで陸での戦闘なら勝算があるという彼の意向を全く無視して、まるでアッ・ザーリヤートは犯罪人のようにメッカに召喚された。
「杉野さん。秀才はいつもすぐに守りに入るものですよ。アッ・ザーリヤートはかわいそうなことになるでしょうね。」
と言うアマンダの言葉通り、メッカで彼を待っていたものは軍事裁判待ちの監獄だった。
まさに一敗したら将軍は死刑、と言ったカルタゴ形式だ。
その話を聞いたアマンダは苦笑した。
そうして自らの首を絞めていけばよい。
新しい司令官が派遣された。ジェームズ=レーンという30歳の十分若い司令長官の任務は手つかずの陸軍をどう撤退させるか、と言うことだったらしい。
空が使えないとなると、海だ。
しかし、彼らは海軍を持っていなかった。
200万もの軍隊をどのように彼らは逃がそうとしているのか???
帰ってくれる分にはアマンダも今のところは何もするつもりはない。
まずは、流氷を使おうとしたらしい。
そのアイデアしかないだろう、と思っていたアマンダの思うつぼだった。
20万人を乗せた流氷はうまくオーストラリア大陸まで行ったのだが、迎えに来ているはずの空母はそこにはいなかった。
130mでずっと飛んでいたはずだったのだが、アマンダの目は彼らを逃さなかった。20世紀のアラビア圏のある国が打ち上げた衛星によって爆破された後だったのだ。
さすがに放射能除去装置はあるので、被曝する可能性はなかった。
彼らは2週間分の食料と水は持っている。
しかし、それ以降の保障はどこにもない。
サウザンド市民15万人を捕虜にしていたはずのPLOはまさにその逆の立場に立たされたのだ。

ここへきてすっかりパニックになったPLOと“組織”だった。
最初は圧倒的な軍事力であっけなく統括政府を陥落できると思っていたのに、これでは逆の立場だ。
2週間で、なんとかしないといけなかった。
さすがに彼らの高いプライドもオーストラリアで助けを待つ20万と、南極大陸に残ったその他の将兵250万を見捨てるわけには行けなかった。
導師アル=ファトフと“組織”の長であり、メッカに移住した白人の代表者であるステファン=マシューズはメッカの導師の公邸で話をしていた。
「アッ・ザーリヤートがこんなへまをやるとは思ってもいなかった。」
というステファンに導師は冷たく言い放った。
「だからバカにするな、と言っただろう。あの山猫を。」
シュケルの副官アヤトラが育てたアル・アッタードの一番弟子と言われていた時点で導師はアマンダの能力をそれなりに買っていた。
LDだとの噂も他の“組織”の人物はそう大きな事実であるとは思っていなかったようだが、導師にとってみれば脅威の一つだった。あの第二次世界大戦の英雄ジョージ=パットンも同じタイプのLDである。
確かに基本的な学習能力に問題があるが、ある種の学習には能力を発揮し、ジョージ=パットンもオリンピックで5位に入ったといわれているが、あの山猫も鐙なしで調教されてないような馬を乗りこなすような高い運動能力を持っている。激昂すれば何をするかわからない所もよく似ていた。
しかし、似ていない面もある。
発言は確かに自由奔放ではあるが、彼女の属する連合政府の中で大問題になることはない。部下に無理難題を押し付けるところはない。思い込みで物を言うこともないし、優れた観察力も判断能力もある。そのすぐれた容姿とファッションセンスはある種の若い物の間ではカリスマ的な人気があるらしい。
何よりも見た目も含めて導師は山猫、いや、アマンダ=シュナイダーを見たことのない人間の中では一番評価していたのかもしれない。
「しかし…ジョージ=パットンが自らをハンニバルの生まれ変わり、と言ったとか言わないとか噂があるが…
この山猫は一つ間違えたらユリウス=カエサルに化ける可能性があるな。山猫からまさに化け猫だろうよ。恐ろしい話だ。」
唖然とするステファンを冷たく凝視して導師はあきらめたかのようにこういった。
「我々が撤退し、それなりの賠償金を払えば山猫もあきらめてくれるだろう。」
「さようですな。とにかく山猫殿には月に帰っていただかないと…」

「これで、終わると思っているのだろう。」
アマンダが見る限り、その講和の内容は十分な内容ではあった。
捕虜の15万人はしばらくの生活費を持たせて帰す、などは今までの講和条約ではありえないほどのいい条件だ。
テンとしても受け入れておいて悪い話ではないだろう、とアマンダの顔を見た。
「もちろん、現大統領のエドウィン=ビガー氏もその中に入っているのであれば受け入れよう。」
極端な反戦争主義者で知られる彼は当初武装放棄を訴え、軍隊を動かしたテンや、ジョナサン、チャンを「反逆軍」とまで呼んだその男は必ずこちらの監視のもとにおいておく必要があった。
メッカに連れて行かれると今後いろいろ面倒なことになりかねない。

こうして講和は成立した。
PLO軍は撤退し、15万人の人々は十分な生活費を持って返された。
エドウィン大統領もそのうちに入っていたが、その解放された日アマンダと会談し、その直後に辞任を発表した。
大統領選は、一応行われる予定だが、どちらにしてもアマンダの意向を聞く人間をその座につける必要があった。
「ぼ、僕がですか?」
「ああ、サウザンドが陥落した後でも、そこから逃げてきた人々を丁重に扱い、一歩も引かずPLO軍に対して戦うと明言した君なら、別に難しいことではないだろう。」
「でも僕はまだ24ですよ。」
「俺も24だ。君より1級上になるがな。」
イーサン=ジュニア=ヨーゼフはとんでもないアマンダの申し出に口をあんぐりあけるしかなかった。
歴史上初めてと言っていいほど望んでもいない地位が次から次へと転がってくる人物。とのちに評されることになる男はこうして史上最年少の大統領となった。
他に人材がいなかった、と言うのも大きかっただろうが、この青年の優しい笑顔と、一応何があっても受け入れる強さが民衆の心をつかんだ。
その上、この青年は緊張しやすいと自分で言うものの、本番には強く、意外に演説がうまかった。セリムと言うゴーストライターが認めるほどに。
首都もサウザンドからノースイーストに変わることになった。
元からサウザンドより人口も多く、経済的には栄えていた都市だ。

テンの再選の可能性が一番高いと思っていた導師は眉をひそめた。
その上、山猫はまだ帰る様子はない。
「まさか・・・」
導師はアッ・ザーリヤートを軍事裁判にかけている最中だった。
職務怠慢で死刑にするつもりであった。この青年も少々常識に欠ける面があり、年長の指揮官たちの反感をかなり買っていたからだ。
それを危惧した導師はあえて、アッ・ザーリヤートに首輪をつけるつもりで、それなりの指揮官を南極へ連れていくように進言したのだが、それを無視したのがアッ・ザーリヤートだった。
導師は軍事裁判を担当している裁判官に指示を出した。
まだ、この男を使う場面が出てくるかもしれない。
山猫が帰ったら交通事故かなんかで処理すればいい事だ。

アマンダは十分な賠償金を空軍の再建と、海軍の増強に使用することにした。サウザンドが廃墟となったのはこのためだと酷評する歴史家がいるが、まさにそのためであった。
国内の平和主義者たちは前大統領をはじめ皆杉野の監視下に置かれた。
「別に言論の統制は永遠ではない。奴らを処理するまでの間だ。」
さすがに少しやり過ぎではないかというセリムの言葉にアマンダはこう答えた。
「それに俺と、奴らと国民はどちらを選ぶと思う?まだ、俺の方がましだと思うが。」
勝手に頭を下げてきたのはメッカの方だ。
講和条約を結んだとはいえ、銃口を下げてやる理由もなかった。
あのアッ・ザーリヤートも生きているのなら、絶対にまた先に手を出してくる。

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