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地球 人類の父からの転落4~


「?」
「ほれ、あのシャネルのバッタもんでチャンネル、言うのあるやろ。アマンダがカエサルなら、アッ・ザーリヤートはチューザレやて。そのチューザレだかなんたらいうのも変態で有名な奴よ。昨日、新聞見て笑ろたわ。導師のおっさんもええ事いうわ。」
何故かベケーレ=ミルの屋敷にいるのがアレクセイ=エリック=シュナイダーだった。アレクセイはアマンダの親戚でもあったが、ベケーレの後輩にも当たる。
後輩はなんとか高校を卒業し、軍隊にはいったが、先輩は残念ながら卒業できなかった。しかし、問題児を集めた寮制の厳しい高校の同じ釜の飯をともに食べた仲だ。何度も言うが、海軍自体の規律も緩かったこともある。マフィアのドンと大佐の友情はずっと続いていた。空軍であれば考えられない関係が、ずっと続いていたということだ。
まぁ、そのベケーレの言う“新聞”も有名なタブロイド紙といったところだろうか。彼が新聞を読む、というのはそういうことだ。お気に入りのおねぇちゃん達との会話や、他業種のみなさんと話す時に困らない程度の話題は提供してくれるし、パチンコや、賭博の情報もたくさんのっている。一冊あれば広く浅くわかりやすく世相を切り取っているので重宝しているようだ。
2082年1月5日。正月気分がまだまだ冷めない中、アッ・ザーリヤートは南極の上空にある元日本人が作ったコスモステーションを爆破しようとミサイルを飛ばしてきた。彼の人生を象徴するかのように微妙に針路は外れていたが、明らかなる宣戦布告ととってよかった。
おそらく明日、自分たちは北極へ向かうと思われる。その夜にお世話になった先輩の家を訪問したのだ。
先輩は先輩で、仲の良い後輩のために極上のワインを用意していた。同業種以外で、一応名前のある親友と言ってよい友人というとベケーレには限られていたのだ。
彼なりに礼を尽くそうと思っているのだろう。
残念ながらそのチューザレがチェーザレ、であることを二人とも知らなかったが、この2人の間でつけられたアッ・ザーリヤートのあだ名はこの後、統括政府軍内でものすごい勢いで広がっていく。
「あだ名をつけるのが得意なのも問題児の特徴である。」とセリムの当時の日記に書かれている。
そういえば、アッ・ザーリヤートの他にもあだ名をすぐに献上された人物がいる。

第四艦隊の旗艦の名前はシベリウス。この艦隊の隊長はヨハン=フォン=マグムナルトは空軍出身者だ。元は海軍に父がいた為海軍に入れられたが、本人的には空軍に行きたい希望があったので、転属願を出し、空軍へ入ったものの、空母の艦長としても名高かった彼の、その才能をアマンダが見逃すわけがなかった。
父はあのシュケルを一度海戦で破っている。
「そんなことを期待してもらっても困る。」
と謙虚な性格の彼はかなり主張したのだが、直後に空軍司令官として返り咲いたジョナサン=カマルとは犬猿の中で有名だった。このまま空軍に残っていたとしてもやりにくいのは確かだ。偶然第一艦隊隊長・第二艦隊隊長とは同期であったので慣れない潜水艦に乗ることになった。
最初は物腰も穏やかだし、よい上官がやってきた、とシベリウスの隊員たちは喜んだ。何しろ、以前の彼らの上官で第五艦隊の隊長になったジャン=クローネはすぐに手を上げることで有名な男だったからだ。しかし、今度の艦長が、なぜジョナサン=カマルと犬猿の仲になったのか彼らはすぐに思い知らされることになる。
フォンというミドルネームもあり、貴族の血筋のために昔から金持ちではあったのだろう。代々受け継いだ時価数十億もの美術品がただでさえ狭苦しい潜水艇に何個も持ち込まれた。
これは彼の父の時代からの伝統であり、縁起物ということで、彼の空母にも持ち込まれていたものだが、イージス艦や空母と潜水艇の大きさは違う。半分以下と言っていいだろう。
唖然とする部下たちを尻目に彼は艦長の席の後ろにあのバル=エルメンタインの遺作となった“死の天使たち”を飾ってもう、何も言えない部下たちを尻目に一人ご満悦だった。
バル=エルメンタインはこの絵、というかコサージュを作ったために“組織”に殺されたといわれており、この絵は、“死の天使たち”の死体写真の顔の部分をカッターで切りとって荒々しくキャンバスにはり付けたものだ。
シベリウス、および第四艦隊の隊員たちはこのおどろおどろしく、恐ろしい絵を背後に指令をする司令官を持つことになってしまった。
表現の自由をテロリズムで弾圧するPLOの連中に対する彼なりの表現ではあったが、もはや、ホラーの世界だった。シベリウスのあだ名は“幽霊船”となり、ヨハンのあだ名も“館長”と表記されることになる。
その様子を聞くだけで思わず失笑するテンや杉野では注意にならないと思ったのか、
「一応、艦内のことは艦長に任せてあるし、自由だとは思うのだが…」
と一応アマンダも苦言は呈したといわれているが、彼は聞く耳を持たなかったとされる。意外に頑固な男だった。イーサンの証言ではアマンダも笑いをこらえていたということだから注意になったかどうか…とにかく第四艦隊の隊員も大変な隊長をもったものだ。

アッ・ザーリヤートも潜水艇をもった。
艦隊として10隻こしらえた。彼自身は乗ることはないと思ったので、同期のジェームズ=レーンがその責任者となった。彼はアッ・ザーリヤートが南極戦線から離脱させられた後のしりぬぐいをさせられた挙句、決定的な失敗を犯した人物だ。
元は反アッ・ザーリヤート派ではあったが何故かアッ・ザーリヤートが彼を寛容に許し、“組織”とのつながりがあるのではないか、との疑惑もアッ・ザーリヤートの証言のおかげで切り抜けられた彼は今はアッ・ザーリヤートの忠実な部下となっていた。
統括政府軍から見ると少ないものの、彼は海の上で戦う意思をまだ捨ててはいなかった。
その上、彼の狙いは、海ではなく、陸地へアマンダをおびき寄せる作戦だったからだ。
イージス艦は40隻は確保してある。これは統括政府軍と変わらない軍容だった。
彼の部下たちはそれぞれ歴史に名前は残しているが、バーンスタインの円卓の騎士たちのような個性を持っている人物はほとんどいない。
理由はやはりアッ・ザーリヤートこそが個性の塊で、彼のような個性の持ち主の場合、絶対服従か、死か、どちらかを選ばないといけない面があったに違いない。
そういう理由で、彼の部下たちはアマンダはじめとする統括政府軍とは全く違った没個性的な人物が多い。
のちに彼の後を引き継ぐ形となった導師アル=ファトフが率いるようになったPLO軍の方に有能な人材と個性的な人材が多くなったのはやはり最高司令長官の器の違いだったのだろうか?

アマンダの特徴の一つとして非常に行動がはやいことがあげられる。実質的な宣戦布告と言ってよい事件が起こった1月5日の次の日には彼女は旗艦バーンスタインに乗務し、奇数の潜水艇部隊を率いて一路メッカへと向かっている。
第三次世界戦争の影響で、太平洋もずいぶん地形が変わった。
海図も書き換えないといけないほど海底の地形も変わっているため、本来なら1週間で到着のところだが、2週間でつくように予定を組みなおしている。
今回は例のロングビーチの調査を考えていた。
あと、絶対に後を追ってくるに違いないアッ・ザーリヤートの艦隊をせん滅する目的が主だった。
あちらの艦長たちは軍事大学ではそれなりの成績を残した秀才たちなのだろうが、天才ではない。
可哀そうだが、潜水艇で充分まかなえるだろう。
海底の地形の変化などで起こっている海流の変化など、、彼らはまだ分かっていない面もあるだろう。そこがアマンダの狙いだった。

あと、アマンダとして、一番大事だったのが、北極作戦の成功である。
もし、これが成功したら…と考えるだけで色々手間が省ける部分もある。
何よりも低地にしても標高が1000メートルなのが南極大陸の大きな特徴だ。あと海水が少々増えたからと言ってあのロングビーチのようにはならないだろう。
本来は自分が付いていきたいほどであったのだが、アッ・ザーリヤートの目をごまかすためにはこうするしかなかったのだ。

当時、アマンダの頭の中を正確に把握していたのは杉野とショーンと、ラフマーンと、カート、そしてアル・アッタード程度のものだった。
まだ、統括政府内で、彼女の戦略を完ぺきに理解できるだけの人材は育ちきっていなかったのだ。
皮肉なことにPLO側に、もう一人、可能性の一つとして…とアマンダの行動を恐れていた人物がいる。
導師アル=ファトフだ。
「あの山猫が今、何を考えているのか、それがわかれば問題はないのだろうが、私としては山に本拠を置くべきだと思っている。」
アッ・ザーリヤートがどんなにバカげたことかと言っても彼は彼でその要塞の増強に取り掛かっていた。
シュケル派が残した要塞がまだ、エルサレム辺りにはたくさんある。
そこの放射能を除去し、食料を備蓄し、兵器も安全なところに保管する。
本来するべき戦争の準備は導師アル=ファトフの権限で十分に行われていた。

「…いや、杉野さんが言ったとおりの爺だな。」
導師の準備は素人のすることではない。エルサレムの住民が半年は食べられる程度の食料を手早く集め、安全を確保したうえで、市街戦に持ち込むか、もしかしたら、彼らのお家芸の山岳戦に持ち込むつもりなのだろう。
こうなってしまわないうちになんとかしないといけない。
何しろこの導師はあのビン=ラディンのひ孫だ。
軍事の才能において、中には大外れもあるが、DNAはバカにしてはいけない。
とアル・アッタードはよくアマンダに言い含めていた。
DNAは政治の才能よりはあてになる。というのが彼の持論だったし、史実も証明している。
「俺の本当の敵はこの爺さんになりそうだ。」
歴史の教科書に出てくるビン=ラディンに確かにおもざしが似ている気品と苦悩の入り混じった彼の立体写真を見ながら第一艦隊の隊長フィレンテ=ゴーグに話しかけているアマンダだ。
「しかし、導師は宗教的な指導者ですし、実質的には政治家でしょう?」
「それがどうした?それだけの能力があり、代わりがいなかったら、この爺さんの出番だぞ。」
「ではアッ・ザーリヤートなどはどうお思ってらっしゃるんですか?」
「あれは謀略だけの頭でっかちだ。戦略は組めるだろうが穴だらけだろうな。しょせん諸君の敵ではない。今からそれを証明しに行くんだ。」
一応、この戦いのハイライトとなるドバイ会戦が行われるまであと1週間。
特に統括政府軍には緊張感がみなぎっていた。

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