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アル・ジャズィーラ攻防戦4~


導師には自信はないわけではなかったが、その策が逆に自らの首を絞めることになりかねない。
色々彼の中で戦略は練られていたが、まずは相手の出方を見る前にすることがあった。

ショーンもある程度の覚悟は決めているつもりだ。
PLO軍にも潜水艇は存在するという。
このままだと、上から下から責め立てられかねない。
彼にも一つ策があった。

二人がそれぞれ考えていた、その策は同じであった。
後世に残る海戦の始まりは20隻の潜水艇同士が激突し、大爆発を起こしたところから始まった。
PLO軍にも旧式の潜水艇はある。今回はその無人の潜水艇をショーン率いるはずの第二艦隊にぶつけたつもりだったのだが、ショーンもさるものだ。その潜水艇に見えたものは海底から見つけ出した旧シュケル派だの、旧地球連合軍の潜水艇の残骸だったのだ。
しかし、この大爆発でお互いの姿をレーダーでとらえることができなくなった。

そうなると一時的だが、レーダーの性能面で隔世の感がある統括政府艦隊の有利となる。全く反応が聞かなくなったPLO側のレーダーが元のように作動するのは10分ほどかかる。その隙をついて、岩陰から第4艦隊がいち早く飛び出し、魚雷を数十発PLO軍側に打ちこんだ。
この攻撃でイージス艦が一隻撃沈された。
しかし、その場所は統括政府側にとっては絶好のポイントだった。
そのイージス艦は旗艦アル・アーディヤートの次に大きい上に、旗艦を守るために横側に張り付く形となっていた。その巨体のまま沈んでしまったため、ほかのイージス艦が前に出られなくなったのだ。
焦るアフ=ファトフに対し、このときまであたりは余裕綽々のショーンだった。
イージス艦さえ動けなければ後は問題ないだろう、と高をくくっていたようだが、彼らの武器は他にもあった。潜水艇10隻である。
PLO軍の潜水艇はその大きさでは連合政府軍側より3倍は大きい。
その中にはさらに小さな個人が乗れる程度の軽潜水艇と呼ばれるものが五十隻分入っていた。
そこに空軍のパイロットのような形でパイロットが乗っており、彼らが、ようやく爆発の余波が落ち着いたドーバー海峡に繰り出してきたのだ。彼らが実戦に出てきたのはこれが初めてである。
おそらく100隻は下らないのではないだろうか?
「薮蚊の大群だな。」
と明らかにいやな予感が走るショーンだったが、おそらく一隻一隻の強度は弱いものだと考え、魚雷ではなくレーダーで処理をするように命じた。
第二艦隊のドビュッシーのアレクセイも存在こそ知っていたが、始めてみるこの軽潜水艇にレーダーをぶつけてみたが、意外にこの軽潜水艇は丈夫に作られているようだ。
ショーンも、撃沈した軽潜水艇を調べるためにドビュッシーに収容しろ、と命令している。
ただし、その代わりと言えばなんだが、乗せている武器は魚雷1発とレーダー10発分だけだ。しかし、彼らの活躍はかなりの戦果をあげた。
一番先陣を切っていた第八艦隊シュトラウスの内5隻が航行不能となった。
すぐ後ろの第二艦隊に迫るまで彼らは迫ってきたが、ショーンはうまくPLOや、旧シュケル派の爆破された潜水艇を盾にして、確実に彼らを撃沈させていった。
しかし、最後尾に付けている第十二艦隊のメンデスルスゾーンと、その左右に展開している第四艦隊シベリウス、第六艦隊ビゼーからそれぞれ同じ数の“藪蚊ども”が襲いかかってきている、という話を聞き、第八艦隊を先頭とし、第二艦隊、その後ろに第四、第六、最後尾に第十二艦隊を並ばせていたのだが、一番損害の大きな第八艦隊シュトラウスを囲む形で円錐形の陣に形を移動させた。

「ここからは消耗戦だな。どちらが先にミサイルが尽きるかで勝負が決まるだろうが…」
とここまではアル=ファトフの思い通りの陣形をショーンはとっている。
(やはり、アマンダとは違うな。)
少々組みしやすい相手であることをアラーに感謝しつつ、彼は旗艦アル・アーディヤートの前に沈んでいるイージス艦を爆破するように命じた。
驚く部下たちを尻目に生存者を残らず引き揚げさせ、その後でそのイージス艦を爆破した後、彼は四隻のイージス艦を前に進めた。

「…」
横から飛んでくるイージス艦の破片、一斉に上から降り注ぐミサイルに悲鳴すら響くドビュッシー艦内だった。
連合艦隊の上部に四隻のイージス艦から大量の魚雷が降り注いできた。
ほとんどの潜水艇が傷ついたが、航行不能になるまでにはまだ時間がある。
ショーンは横型の円錐形に展開している艦隊をそのまま九〇度角度を移動させた。
こうすることで、各艦隊が魚雷を一斉に放射しつつ、車輪のように移動し、航行不能になった潜水艇を円錐の中で修理するという策だ。

「そうだ、それが正解だな。」
アッ・ザーリヤート程度の将軍しかいないPLOの人材の薄さを一瞬呪いそうになりながらもアル=ファトフは自信があった。
戦火が切って落とされてすでに二時間。
彼のところに朗報が訪れた。陸地を移動させていたイージス艦隊のうちの二隻がノルマンディに到着し、直ちにこちらへ救援に向かう、という報告だった。
これで魚雷の数は二倍近くになる。この時点ですべて使い切ったとしても、明日ここに来るはずの山猫を打ち殺せるぐらいの量は残るだろう。

この時点で第十艦隊カラヤンはどこにいるのか?
と気づくのにアル=ファトフが遅れていたのだ、という説と、もともとこの第十艦隊を最初から分けて航行していたショーンの策がうまく行ってアル=ファトフ自体、第十艦隊の存在を知らなかったのだ、ということで史実が分かれる。
実際、連合艦隊はドビュッシー艦隊、シベリウス艦隊、ビゼー艦隊、シュトラウス艦隊、メンデルスゾーン艦隊、それぞれの艦隊の旗艦の名前を冠した艦隊名とお互いを呼び合うことが常であり、今回アマンダを長にしたため、便宜上第一から第十三まで数字をつけられることになった。そのため、第五艦隊ワーグナーのジャン=クローゼなどはなぜ、第三艦隊のマッチ棒や、第四艦隊シベリウスの“館長”などが自分よりもいいポジションにいるのか?と不平を洩らすこともあったといわれている。
そのため、ここではわかりやすくするために数字を付けた艦隊名を書くが、ジャン=クローゼに気兼ねしている連合艦隊は通常は絶対にお互いを数字の艦隊名では呼ばないことになっていた。その上、ショーンはかなり早期から第十艦隊カラヤンを別航路で動かせていた。そのため、アル=ファトフは自分の相手は50隻の潜水艇だ、と思いこんでいたようである。

第十艦隊カラヤンはひそかにノルマンディ沖で潜伏していた。
何度も言うようだが、この辺は第三次世界大戦の影響で、イージス艦だの潜水艇だの、ミサイルだのの残骸が散乱しており、エンジンを切って、静かに航行していると、PLO程度のレーダーでは感知できない。
つまり、アル=ファトフはここで大きな誤算をしていることになる。
ひそかに包囲されていたのだ。
そのことに気付かず、援助物資をもったイージス艦をノルマンディ沖で着水させたのはさらなる誤算だった。

「撃沈しただと?」
アル=ファトフの元に急報が入ったのは援助部隊の2隻のイージス艦が敵の潜水艇の急な攻撃により、撃沈した、との一報だった。
「いったい我々の後ろにいる敵の潜水艇は何隻ぐらいなのだ?」
“不明”との答えに嘆息する導師だった。
一体どういうことだ。軍隊というところは少なくとも事実は報告できるように掌握しておかないと話にならない組織ではないのか?
これももう一度徹底させる必要がある…
導師はこの艦隊を結成してからもう何十もの指令を出したが、また、新しい改革案とともに指令を出す必要があるようだ。シュケルもできていたことだ。自分ができないわけでもないし、このままではテロリスト上がりだと山猫にバカにされかねない。
情報がつかめない以上、ここにいるのも危険だ。
勝利を目前にしながら非常に残念ながら、退却した方がよさそうだ。
ショーン側もかなりの被害を受けているようだし、何隻いるか不明なこの背後の潜水艇の艦隊とショーンの艦隊にこのままで挟み撃ちにされてしまっても困る。まさか10隻程度の潜水艇だとは思ってもいなかった導師は、イージス艦4隻、潜水艇10隻、軽潜水艇500隻中350隻ほどに一時的にポーツマスの基地へ戻ることを命じた。
その行動は非常に迅速で、第十艦隊カラヤンが四隻のイージス艦に魚雷を打ちこめるまで近づくことすらできなかった。艦長のグレタ=ネヴィルはできれば追いかけていきたかったのだが、かなり甚大な被害を受けている友軍の救援に回るのに必死だった。

もし、この時点でPLO側のレーダーがもう少し優秀だったら…という話は後世でよくされることになるが、おそらく、アマンダと導師の戦いは数年延びていた可能性もある。
結局。救援のイージス艦を破壊したのがなんと立ったの10隻の潜水艇だったと聞いて嘆息しながら導師が言ったといわれている言葉がある。
「これでは数キロ先のハエが見えるという原住民でも連れてこないと勝てようがない。
とにかく新型レーダーの開発を急いでくれ。こんなド近眼で戦争をしろといわれても問題がありすぎる。」
しかし、それを完成させる時間はもはやPLOには与えられていなかった。
ただ、何もしない導師ではなかった。
これまで、ネクストアルカイダ系、PLO系、タリバーン系等色々分かれていた通信機器をPLO型に統一することにした。階級や、艦隊の単位や、読み方も違うので、それも統一すると宣言した。中には連合艦隊内のジャン=クローゼ並に反対した者もいたが、導師は完全に黙殺した。また、報告もそれぞれの組織の中で方法が違っていたため、統一することにした。軍隊としては初歩的なことであるが、それすら守られていない。
導師は元帥アッ・ザーリヤートは何をしていたのか?苦々しい怒りを隠せずにいた。
「反対勢力を無視することもまた、指導者としての一つの仕事と考えている。」
と彼は一度だけあったアマンダとの会見の際にシャマシュ=アル=ブルーシュと、アマンダの前でこういったといわれているが、その言葉にアマンダは
「その一つの仕事をどのようにこなすかも指導者の資質の一つだとすれば、導師、あなたは立派な指導者だ。」
と称賛している。

人間はいつでも変われる…大体は皆が知っているその姿は虚像であったとして、本当の姿が現れた時に言われる言葉ではあるのだが。
「導師はまさにそのタイプですね。」
とイーサンはそう話したと伝えられているが、
ぼろぼろになった第八艦隊シュトラウス艦隊を見ながらようやく合流できたアマンダとショーンは再会を心から喜んだと伝えられている。
それだけアル=ファトフの攻撃はすさまじいものがあったということだ。
逆にあの救援のイージス艦があと少し遅くノルマンディを出ていなかったら、被害はもっと甚大なものになっていただろう。
導師の用兵は今回を見てもわかるとおり、その速度も判断も非常に速い。まともに訓練もできていないであろう軍隊とは思えないほど(内部で大佐、第一佐だの、階級の読み方まで違うとは後々通信の傍受から聞くことになるのだが。)統一された行動は司令官の非凡さを何よりも表していた。
偶数の艦隊の傷を治している間に、PLO側の救援の艦隊が基地のポーツマスに到着しているらしいという情報がアマンダの耳に入っていた。その中には20隻の潜水艇も含まれているらしい。

明日は軍議だ。導師を一発で倒そうという甘い考えをアマンダは捨てることにした。

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