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2010.07.24
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カテゴリ: カテゴリ未分類
何年も、何年も前のこと、かの民謡の佐藤松子センセイが、我が地域のことを「江戸芸能発祥の地」と紹介していた。「もし芸能界にあれば芸能界の地図を変えるだろうに、何故かプロにならずに、自分たちで唄い踊り、それだけで満足している。多分、ハングリー精神が欠如しているのだろう。恵まれているのも考え物だ。私らは、何とか物になろう、有名になろうと、東京に出てきたわけだが。あそこの人たちは何かぽけっとしてるわね」うんぬん、かんぬん。
これにはかなり堪えたが、一理あるかも。母の実家でも皆何らか出来た。弟たちは都都逸が上手だったし妹たちも端唄をやった。床の間には三味線が置いてあった。でも誰もプロになろうとは思わなかったはず。祖母の姉など生きていながら伝説の人で、江差追分などを唄われると子供の私でさえシビレた。同じ土地に住んでいるのだが時々泊りがけで遊びに来た。そんな時皆で「江差追分やって、江差追分やって」とつけまわした。そのたびに文句を変えて唄ってくれた。今振り返ると、江差追分は歌詞が変わると微妙に節も変化するので、あのように唄えるということは凄い技量があったからだと思う。私は江差追分をあのようには唄えない。
私たちは子供のころから仕込まれる。それで生きるようにでなく、云わば世間に出て困らないように。子供の頃家でこんな事があった。それは親戚の集まりで、親の代わりに来たお嫁さんがいた。その人は唄も踊りも出来なかった。それを知って祖母は気を揉んで私にこう云った。「ああ、どうしたらいいんだろう。歌も踊りも酒もダメなんて。お前、あの人を見ててね」私は見ていた末に報告した。「おばあちゃん、あの人、エビの天ぷらを五つ食べた」祖母は喜んでエビの天ぷらを大盛りした皿をその人の元に運んだ。そしたらその人は真っ赤になった。私は子供ごころに天ぷらのことを祖母に話してまずかったような気がした。それからなのだ。私が民謡だけでなく端唄も頑張りだしたのは。なにも出来ないと困ることになると気がついた。柱の蔭から私を見張っていた何処かの孫がその祖母に報告する「あの人、お刺身6切れ食べた」すると私の前に刺身の大皿が置かれるのだ。そしたらシメシメと思うだろうか。やっぱり真っ赤になって恥じ入るだろう。この想像はあまりにも恐ろしくて、それから何日もの間私を苛んだ。そしてしみじみ思ったものだ。これから真面目にやろうと。
つまり、これこそが、私たちがプロになるわけでもないのに、踊りや唄に精を出す理由なのかも知れない。
でも、世の中変化してきたらしくて、昨日料理屋で親戚中が集まったのだが、唄も踊りも出なくて、ただひたすら食べた。飲める向きはひたすら飲んだ。その合間に近況を報告しあった。その有様を祖母見たらビックリしたことだろう。もっとも祖母が生きていたら張り切ってどじょうすくいをやって、私が安来節を唄ったことだろう。












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Last updated  2010.07.25 02:44:37
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