ステイメンの「徒然なるままに」

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2016.05.01
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カテゴリ: drama
  さて、また今週もやってきましたNKH大河ドラマ「真田丸」。前回は「上杉の人質」から豊関白家の『直臣』へと本人が預かり知らぬ間にクラスアップを遂げた真田源次郎信繁ですが、真田家を巡る関白秀吉と勘助家康との化かし合いに巻き込まれる格好で、広大を極まる大坂城内で右往左往するところで終わりましたが、今週の第17回「再会」ではどうなるでしょうか?

 徳川勢による真田再侵攻作戦の発動近しとの隠岐守信尹よりの一報を受け、真田側でも臨戦態勢を採るようです。そして、大坂で関白秀吉の傍近くで仕える源次郎信繁よりのメールが未着であり、情報不足を嘆く真田家中です。
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 一方の大坂では、上洛していた関白秀吉の帰りを今か今かと待ちわびていた源次郎信繁が身分差を弁えず、秀吉に直接談判します。最初は穏やかに応じていた秀吉ですが、ついには笑顔のままで「うるさい!!!」と叱り飛ばしてしまいます!
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 叱られて呆然Σ(゚口゚;とする信繁を置いて、秀吉と三成主従は他の場所へと向かいますが、信繁がお気に入りの秀吉は「ついて来い」と誘ってきます!そして気をとり直してついていきます。




 一方、遠州浜松城では秀吉の使者として片桐且元が勘助家康の元を訪れています。その大広間において、且元は秀吉から「関白の名代として」真田討伐を許可する旨の「メール」を披露します。
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 家康:「殿下のため、必ずや真田を成敗いたします」

と一礼するものの、すぐに「秀吉のために戦うのではない」と本音を爆発させます。
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 ところは戻って大坂城、秀吉たちが向かった先は「出雲の阿国」舞踊オンステージの会場だったようです。そこでもとても舞踊を観る気にはなれないといきり立つ信繁に対し、やれやれと感じた秀吉が三成に対して「種明かし」をするように命じます。

 秀吉:「わしも一度は家康を立てる。これであいこ。その上で改めて戦の中止を命じる訳よ。 その時、家康がどう出るか、それを見極める。」
 信繁:「片桐様はその事、ご存知なのですか?」
 秀吉:「あれは腹芸なんぞできる男ではない。安心せい。 真田はわしが守ってやる。」
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 これでようやく落ち着きを取り戻した信繁に対し、秀吉は茶々姫付きを命じます。曰く「お前は賢い。権左とは違う。悪い虫がつかないように見張っておれ」とのことですが、一番「デカくて悪い虫」は自分だろうにw
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 一方、秀吉からの「中止命令」メールが届いた浜松城では、ぐっすり熟睡中だった且元が「1号ライダー」本多忠勝に叩き起こされて、徳川の武将達が居並ぶ広間に連行されて詰問されます!
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 真田討伐に「おk」を出した途端、掌を返した秀吉に対し、勘助家康を始めとする徳川家中は当然のように激おこぷんぷん丸٩(๑`^´๑)۶です。それにしても就寝中に叩き起こされて徳川家一党に囲まれた片桐且元(´・ω・) カワイソス
 真田討伐中止をしぶしぶ決めた勘助家康に対し、徳川家唯一の謀臣「親房卿」正信は、「関白は家康の忠誠心を試した」と秀吉の思惑を説明し、上洛を促してくるだろうと説明しますが「わしはいかんぞ」と断言しちゃいます。
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 一方の上田の真田側ですが、徳川の出兵中止の一報を聞いて一安心ですが、今回ばかりは昌幸も策がなかったようです。
 昌幸:「驚くな。 家康が真田攻めを取りやめた。秀吉から待ったがかかったらしい。実を申すとな、ここだけの話、少々ほっとしておる。上杉も頼れず、秀吉も敵に回し、ここで徳川に攻めこまれては、とても防ぎきれるものではなかった。」
 信幸:「しかし、新しき策というのは……。」
 昌幸:「そんなものは、ない。」

 昌幸:「上洛はせん。 せっかくだ、もう少しねばってみよう。 もっともっと真田の値打ちを高めるのじゃ。焦らすだけ焦らす。 どうせ下につくのなら、とことん値をつり上げてやる。」
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 家康を上回る秀吉の手腕に感心するが昌幸ですが、それを見た源三郎信幸の「上洛すべし」との進言にも拘らず、真田の値打ちを高めようと安房守昌幸は取り合おうとしません。

 さて、秀吉としては徳川に貸しをつくることで上洛を促そうとしていましたが、勘助家康は中々上洛しようとはしません。しびれを切らした秀吉はついにリーサルウェポンを発動します。そう自分の母親たる大政所「なか」を人質として勘助家康の元へ送り出そうとファミリーに打ち明けます。北政所「寧」も大和大納言秀長も大反対しますが、大政所は「息子の役に立つならば」と承知します!
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 そして、大政所を人質として差し出すことになり、三成は天正壬午の乱の際に、信繁の祖母「とり」が徳川の人質になっていた事を承知の上で、「どんな待遇であったか」とお文庫でヒアリングします。そこへ現れたのは加藤清正、福島正則の羽柴家中きっての脳筋コンビ。大政所を人質に出す件について猛抗議しますが、三成は取り合いません!
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 こうしたあたりに、秀吉子飼いの部下たちの間で三成を筆頭とする吏僚派とそれに対する「武功派」との間でだんだんと亀裂が修復不可能なレベルにまで深まっていくわけですな!


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 そして、天正14年10月18日、三河岡崎城において、大政所と旭姫との感激の親子対面を見た家康は、その「大政所」が本物であると確信し、直ちに上洛の途にたちます。
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 家康は同26日に大坂に到着、大和大納言秀長邸を宿所にしますがその夜、信繁の居室を突然秀吉が訪れて家康との「非公式会談」の仲立ちをしてほしいと頼み込みます。もっとも史実ではこの「非公式会談」において信繁が立ち会った事実は記録されていません。

 それはともかく、勘助家康と面談する信繁。先の第一次上田合戦を巡って皮肉の応酬が続きますが、しびれを切らした秀吉が登場!当然仰天する勘助家康www
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 それからは、翌日の対面の口裏合わせ。が、家康はあがるから「芝居は苦手じゃ」などと言い出します。そして「陣羽織」ネタは家康のアドリブなのが一般的ですが、今回は秀吉からの提案になっていました。
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 家康:「殿下……芝居がどんどん難しくなっております」(。´・ω・)


 何とか、秀吉と家康との非公式会談の立会いを終わらせてほっとする信繁ですが、自室への帰路の途中、三成から徳川と真田の件で右往左往するだけだったことについて窘められます。

 三成:「もっと物事の裏を読め。素直なだけでは生きてはいけぬ」(;´Д`)
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 そして、真田本家とのメールを全てイジェクトされちゃいます。

 開けて天正14年10月27日、大坂城で、関白豊臣朝臣羽柴秀吉と徳川三河守家康との公式対面が行われました。前夜の打ち合わせ通りの「猿芝居」が演じられる一方、信州上田では一向に上洛しようとしない父安房守昌幸に対し、嫡男信幸が危機感を募らせ、弟信繁に対し「届かないメール」をひたすら書いていました!

 さて、今回気がついたのは、真田安房守昌幸の「見通しの甘さ」が目立つことでしょう!第1クールではあれだけ策謀が決まっていたのに、たかが信濃の小勢力に過ぎない真田が天下人秀吉からの再三再四の上洛要請を拒否するなどどうかしています!ましてや徳川ですら上洛したのですから、これを拒否して「真田の値打ちを上げよう」というのは浅慮に過ぎるでしょう。
 遺憾ながら、安房守昌幸は「戦術家」ではあっても「戦略が見えない」男として描かれています。むしろ長男である源三郎信幸の方がそのあたりがよく見えています。
 さて、次回ではこうした昌幸の「井の中の蛙」ぶりが大きなしっぺ返しとして戻って来るようですが、果たしてどうなるでしょうか?

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Last updated  2016.05.10 23:28:05
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