『背負い水』



この物語の主人公はイラストレーターの未婚の30代の女性である。
すでにうぶと言うにはとうがたちすぎていて、実際ジュリーと彼女が呼ぶ男性と同棲している。
彼女は女性として男性に媚を売れない自分に苛立ち、あえてそのような女になろうとジュリーに隠れていろいろな男と関係していく。
その男たちとの関係の中で、本当の自分とはなんなのか、必死で探そうとしている。

彼女の周りに登場してくる男は主に4人。
まずは彼女の父であるチッチー(彼女がこう呼んでいる)。
彫刻家であるが、なかずとばずで、彼女の母親である女房は若い男を作って家を出てかれてしまう。
それでもなお、父親の“威厳”をむやみやたらと振りかざす。。
彼女にとってはうっとおしい存在であるが、男に媚びる母親の方に更なる嫌悪感を覚えているため、どうしても同情してしまう。

次に同棲しているジュリー。
彼女にとって、彼は都合の良い存在だ。
チッチーから独立するためにわざと彼の反対する男と同棲する。
(実際チッチーはどんな男だろうが反対するのであるが。。)
人がよく、めったに怒ることもない。
そんな彼の心の中に自分と違う女性がいることを知ったとき、逆上できない自分に主人公は途方にくれる。
そして、『本気』を取り戻すために『演技』を執拗に続けていく。。

裕さんは仕事で知り合った彼女よりずっと年上の妻子もちの男性だ。
彼の前で主人公はうぶな女の子に戻る。
演劇を隣で見ていたときに腕が触れただけで心臓が高鳴るシーンは、「そういやそんなこともあったっけなぁ」と、妙に感慨深くさせられる。

最後に忘年会で知り合ったという新進画家のカンノ。
年は主人公と同じくらいか。やはり妻子もち。
カンノは情熱を操る。
人をリードするのがうまく、自分をかっこよく演出できる。
そんな“かっこいい”カンノに主人公は身をゆだねる。
おそらくカンノへの対応が、彼女が望んだ『媚びる』ことなのだろう。
しかし彼女はそこに入り込めない。
ミスキャストということばで自分の立場を冷静に判断している。。
しかし、カンノと肉体関係を持ってしまったことで、彼女はそれ以上『演技』することができなくなり、『本気』になることなく関係が終わる。

このようなさまざまな人間関係の中で主人公は『演技』と『本気』の間で揺れ動いていく。
彼女の中の『本気』とは自然発生的なものではなく、『演技』の中で最後まで残っていく感情として受け入れられていく。。
『演技』するためには理由がある。
なぜ愛するのか、なぜ怒るのか。。
その理由が、最後まで残ったときに確固たる意思へと変わっていく。
時としてその意思は、自分のコントロールの範疇を越えたものとなり、そこに社会の関係の中で埋もれてしまった本当の自分を主人公は見つけようとする。
そしてそれが見つかったときに、相手との関係も終焉を迎える。。
それは物理的な終焉かもしれないし、新しい関係の始まりかもしれない。
少なくともジュリーとの関係は新しい関係として生まれ変わった。

背負い水というのは「人は皆、生まれた時に一定量の水を背負って生まれ、その水を使い切った時に死を迎える」という考え方である。
人との関係の背負い水が枯れたとき、そのまま終焉を迎えるか、それとも枯れた水の底になにかが現れてくるのか。。。
ぼくはまだそこまで自分を追い詰めたことがないけど、なにかが見つけられることを期待したい。



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