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さて、では本題。
次は父親へのカミング・アウト。
でも、実際はせずに終わった。
する予定にしていた日は仕事が遅く、
とはいっても深夜になるというほどでもなかったが、
ようやく終わりが見えてきた頃に、兄から電話があった。
「おとんには、俺とおかんから言うといたから、心配せんと帰ってこいよ」との事。
実は僕自身、一番言いにくいのが父親だった。
威厳があり、昔気質なところがある。
また、何か問題があった時、酒に頼ってグデングデンになってるのを
昔から何度も見てきた。そんな脆さもあわせ持っていた。
暴れたり、潰れてしまったりしないか?っていう心配があった。
兄もその辺を察してくれていたのだと思う。
加えて、兄と同じように同性愛者について「俺の子がこんなんやったら殺してもうたる!」
そう言ったいつかの言葉が幼心に焼きついてるせいもあった。
それに
前にも書いたとおり、なにより大事な息子なのである。
父親自身いろんな意味で苦労してきて、妻や子供を持ち、
やっと幸せを掴んだ。(酔いながらする本人の話や、母親の話から)
だから、唯一自分で体感した幸せが父親にとっての確かな幸せなのだと思う。
当然自分の子にもそれを夢見ていた事はいうまでもなく、
それが絶たれたのですから、不安や心配は非常に大きかったようです。
※ あんじょうやれ」
家に帰ると一言そういった父親は、小さく何回かうなずいて
納得しよう・納得しようとしている感じだった。
また、寂しそうにも見えた。
兄が父に言ってくれた詳細は分からないが、
「認めてやらなアイツはダメになってしまう」とか、
「一人でずーっと耐えてきたんやから辛かったはずや、
それを分かったらなあかん」とか。母からの又聞きなのではっきりは覚えていないが
他にもたくさんあったように思う。
とにかく、必死に頑張ってくれたようです。
それらを父は納得しようとしていたのだと思います。
それ以後も
母親と同じように、「やっぱり結婚して、子供作って・・・」
みたいな 事を何回か言われたが次第になくなり、今は理解しくれているものと思う。
でも、そうなるまでの時間は母親よりも長くかかったのは確かです。
今ではたまに、相方と僕の実家に行って食事をすることもあります。
が
もっぱら父親のいない時に行くようにしている。
(ちなみに顔を合わせても、雰囲気以外は特に問題はない)
両親ではコメントにも違いがあり
「あの子元気してんの?」とか「あの子とうまいことやっていきや」っていうのが母。
「いつでも帰ってこい」「やせたんちゃうか、ちゃんとメシ食うてんのか?」と父は否定的?
でも
「あいつ一回つれて来い。一緒に飯でも食おう」って言われた事がある。
やっと吹っ切ってくれたのだろうか ?もとから会話は多くないので
はっきりは分からないけど、たぶんこのあたり(?何年前かは不明)
から受け入れてくれたのだろうと思っている。
しかし、「困惑ビーム」の威力はいまだ健在のようで
「実家でメシ作ってもらおうか?」と僕が言うと
「それは助かるけど・・・・お父ちゃんおれへん?」と聞く相方。
でも、そろそろチャレンジしてみてもいいかも。
(※ あんじょうとは、浪花言葉で何もかも幸運に、うまく行く、良くなるとかすべてを
いいような方向にむく、というような意味らしいです)