June 15, 2005
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テーマ: コーラス(2935)
カテゴリ: そのほか
昨年の暮れから、郷土史に何故か惹かれ始めていた。
明治の神戸、戦時中の阪神間、江戸時代の摂津国、、など
中央史(私の造語?)よりもリアルに体感できる部分が多い。

そして、先日、オークションで一枚の絵葉書を買った。

川西航空機株式会社「工場全景」

この絵葉書は昨年からずっとオークションサイトに出てはいたが、
買い手がつかずに、回転寿司の干からびかけたイカ(?)の様な状態だった。
(出品者に失礼!?出品者の方、ごめんなさい。)
それが、たった今、ポストを見ると、届いていた。

2005-06-15 15:53:34


Mさんはお家の近くのバス停で倒れていたところ、
通りがかりの人に発見され、救急車で病院に運ばれた。
この春先のことだった、クモ膜下出血だったらしい。
ずっと意識が無く、昏睡状態だったそうだ。
それが、つい先日意識が戻ったと知らされて、ほっとした。
そして、この絵葉書を落札した、、。

Mさんの所属するコーラスは公民館で練習している。
その公民館は、駅からは少し距離がある。
雨が降った日など、Mさんはみんなとの食事よりも、
僕を駅まで送り届けることを自分の役割のように思い、
いつも気を配って下さっていた。


小さな幅2メートルほどの浅い川が流れている。

 「センセェ、空襲の時ねぇ。
  あたしらこの川に逃げて隠れてたんですよ、、。」

車でその道を走りながら話してくれた。

 「もう他に逃げるとこ無いから、ここで死の、、。


僕はそのときの様子を想像するしかなかった、、。

 「それで、川からねぇ、音のする方こわごわ覗いたら、
  もう、綺麗ぇな花火みたいでね。」

目の前には全く静かな住宅街が広がっている、、。

 「別のとこに逃げた人や、工場の近くにおった人ら、
  沢山、亡くなりはってねぇ。
  あんなん、いやですわ、、。もう。」

その「工場」こそ、この絵葉書の
『川西航空機株式会社』
神戸新聞社の発行する「神戸大空襲」
その本にもそのときの様子が記録されている。
「惨い。」としかいいようがない、、。

Mさんは女学校時代、この工場で働いていた。
戦闘機を造るために、、。
しかし、この、工場はMさんの
「少女の頃の思い出の場所」
のひとつ、でもあった。


一方、Mさんは平和な昔の様子のお話しも聞かせてくれた。
いちご畑が一面に広がっていたときのこと、、
海辺は砂浜が連なっていて、
いつも泳いでいたこと、、
漁師が捕った鰯を蒸して、
じゃこにするために海岸に干してあったこと。
楽しく、自然がいっぱいで美しい故郷のことを
Mさんはお話ししてくれました。

次もこのコーラスの他の方の事をこの日記で書いてみたいと思います。

では、、。





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Last updated  June 15, 2005 05:03:48 PM
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身内の話になりますが  
私の叔父は、東京大空襲にあっています。
戦前から下町に住んでいたんですね。
まだ元気ですが、よく下町は良いよねぇと口癖のように言っておりました。

東京も昔はよかったんだろうなぁと思います。

そして空襲の話も聴きました。その内容は悲惨なものでした。

このような昔の事実を知っている人が、どんどん少なくなっていくのでしょうね。
(June 15, 2005 08:13:30 PM)

Re:身内の話になりますが(06/15)  
doublejig  さん
縁側の金糸雀さん
>このような昔の事実を知っている人が、どんどん少なくなっていくのでしょうね。
-----
そうですね。
いつも、そんなことばっかり考えてる必要もないでしょうし、そんな暇も余裕もなく皆、生活してるんでしょうけど、こういった過去への畏敬の念、、って言えばいいんでしょうか?、、そんな気持ちは忘れたくないですね。
縁側の金糸雀さん、ありがとう。 (June 15, 2005 10:53:18 PM)

Re:一枚の絵葉書(06/15)  
私は戦時中は母の背中で何も知りませんが
話は良く聞いていました。
今日この絵葉書のことを読みまして
次の代の人にも読んでもらいたいと思いました。 (June 15, 2005 11:21:39 PM)

Re[1]:一枚の絵葉書(06/15)  
doublejig  さん
せっきぃママさん
ありがとうございます。
私は完璧に「戦争を知らない子供」です。
が、母から良く話を聞かされました。
その母も、僕が某プロ演奏団体の定期演奏会「天地創造」
で初めてソロを歌う、という一週間前に亡くなりました。
でも、今はこうやって何十人もの「お母さん」が居ます。 (June 15, 2005 11:29:57 PM)

Re:一枚の絵葉書(06/15)  
なんばあエフ さん
はじめまして。
なんばあエフ、こと藤森と申します。

コーラスつながり? でやって来ました。
doublejigさんと同年齢です。

神戸大空襲にはわたしも思い出?があります。
(もちろん直接、というわけではありませんが。)

わたしの父は三宮生まれ。
母親(わたしの祖母)と兄弟3人を
神戸大空襲の直撃弾で亡くしています。
防空壕の中に入ったとたんに直撃があったそうで
もう少し家の中にとどまっていれば
助かっていたとのこと。

父親自身は松山に疎開中でした。

一緒にいれば、という悔しさがあるようで、
ここらへんのこと、今年80歳になる父親は
話したがらないのですが、
いまでも、東京大空襲もふくめてその種の
ニュースが流れると、
ほんとうに悲しそうな顔になります。

今は鎌倉に墓を構え、父の母と
兄弟の骨(とおぼしきもの)も入れてあります。
(あ、そういえばしばらくお参りに行ってない。)

「火垂るの墓」は見ててつらいです。

あ、コーラスですが、今年の宝塚に参加します。

突然失礼しました。

(June 19, 2005 09:15:01 AM)

Re[1]:一枚の絵葉書(06/15)  
doublejig  さん
なんばあエフさん
ありがとうございます。
私も間接的に神戸大空襲には思い出?があります。
「蛍の墓」の主人公の住んでいた所は私の子供の頃の家の一筋南の通りでした。私の子供の頃の家はあの空襲の後に建てられた戦後の復興住宅の長屋でした。家の回りはまだ空き地が多く、何も知らずその空き地を走り回って遊んでいました、、。だから余計にあの映画は強烈な印象で残っています。直接身内が会われた方はもっと強烈でしょうね、、理屈無く何か込み上げるものがあると思います。 (June 19, 2005 11:58:36 PM)

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