June 7, 2009
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カテゴリ: そのほか
先日、タリススコラーズを聴いた。

純正なハーモニーと伝統的なディクション。
それが英国の伝統的なテクニックを用いられた声で歌われる。

指揮者のみならず、歌い手全てが音律を理解し、
英国の伝統とも呼んで良いラテン語のディクションを理解し、
それらを操り音楽を表出させる。

現在、身の回りに普通に存在している平均律の事を思う。。

古来から楽器は、器械としての呪縛から逃れられず、
様々な調律法を編み出して来た。

神の領域、物質の存在と同次元の事象として在る事の証でもあった。。

平均律を普及し一般化した事で、人は音の中の律を、
本来、生まれ持っている力で自ら感じる事を捨てた。

「捨てた」が言い過ぎなら、
「マッチポンプ」の構図を産み出したのかもしれない。

楽器を売り、経済活動の一部とするために、
人間の本来持つ感覚とかけ離れた理論上の律を商品として普及させた。

律は生まれながらに人間にも備わっているもの。
それに反し、平均律の音程はユニゾン以外は全てが人工の産物。

デジタル技術が普及すれば、今度は脱平均率も商品となる。

しかし、それが現代の経済活動であり、そこから逸れて生きて行く事は出来ない。


そして、ディクション、、

これは正に伝統的な文化としか言いようが無い。
技術論を重ねて行く事も決して不可能ではないが、
人同士が同じディクションを共有し、
アーティキュレーション、フレージングを表出し、


ハーモニーとディクション、
音楽がそこに息づくための血肉の様な存在だと思う。
これらを共有出来るとすればその喜びはとても大きなものだ。

ルネサンスの音楽も、自然なハーモニーとディクションにのせられていて、
それを体感することは決して小難しいものなのでは無く、
大きな拍手で多くの聴衆に受け入れられていた事実がその事を裏付けている。






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Last updated  June 8, 2009 01:37:04 AM
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はじめまして  
aosta さん
mixiの足跡から伺いました。

>平均律を普及し一般化した事で、人は音の中の律  を、本来、生まれ持っている力で自ら感じる事を捨 てた。

この言葉に反応しました。
鍵盤をたたけば「音」が出るピアノ。しかし平均律は、いわば妥協の産物。
それが絶対ではないことは知っていても、その音に反応する。その音に合わせる。私自身、楽器を演奏するでもなし、好きできいているだけのお気楽な立場なので、偉そうなことは言えないのですが、ピアノを演奏する方達の合唱を聴いて感じたことです。
また、ノン・ビブラートによる完全なハーモニーの美しさに出会うことも稀です。
平均律に慣れてしまうと、自分の中に確かな音律の感覚を育てるという感覚は失われていってしまうものなのでしょうか。楽器と一口に言っても鍵盤楽器と弦楽器とでは演奏される方の音律への感覚はかなり違うとは思いますが。
「楽器をやる人は歌うべきだ。歌う人は楽器をやるべきだ」と、常々配偶者が言っています。
その彼もアマチュアですので、言いたい放題、やりたい放題ではありますが、こと「音律」に関しては自分に対しても、人に対しても厳しい人です。

突然お邪魔して、失礼いたしました。
(June 10, 2009 10:44:29 AM)

Re:純正なハーモニーとディクション(06/07)  
aosta さん
すみません。
訂正です。

>楽器と一口に言っても鍵盤楽器と弦楽器とでは演奏される方の音律への感覚はかなり違うとは思いますが。

弦楽器だけではありませんね。
当然管楽器も含まれます。
自分の耳と、自分に内在する音への感覚だけで、限りなく純正な音に当てていく楽器です。 (June 10, 2009 10:54:23 AM)

Re[1]:純正なハーモニーとディクション(06/07)  
doublejig  さん
aostaさん
歌関係の方を辿って行って足跡を残してしまいました。
お邪魔致しました。
こちらは失礼にも通り過ぎただけだったにもかかわらず、メッセージありがとうございます。

「平均律」と書きましたが、音の「律」が歴史上初めて商品化されるためにとられた手段としての「平均律」です。

ギターであれ、チェンバロであれ、、ラッパやヴァイオリンも、、直に演奏者が音の律に向き合って、まず「律」と格闘しなければ音楽の演奏に辿り着けません。。弦や管の持つ倍音の組み合わせと遊びつつ、悩みながら一つの旋律を編み出して行きます。

ピアノの普及は同時に音の律を調律する調律師という専門職を生み出し、自ら音を作らなくても他人に音律を委託する、というシステムを生み出しました。

人の声と声を合わせるとき、互いの声を聴き、互いの声を溶け込ませよう。。ただ、素朴に、素直に、そうしていた筈です。「うわ、、きれい、、。」とか、「気持ちいいね、、。」律を意識しなくてもそうやって歌っていた筈です。

でも、現代はその人と人の間にピアノやキーボードがある風景が日常となっています。工場や調律師の作った音程にすがる様にして、「今私と一緒に居る相手の声を聴く。」のでは無く「正しい音程」にすがっています。

専門家が正しい音程を取る。。素人はそこに従う、、?

ゴムホースを吹いても、振り回しても、、鉄パイプの穴に自然の風邪が吹き込んでも、、ワイングラスの淵を指でこすっても、、ビール瓶を吹いても、、音は響き、音の律はどこにでも身の回りに存在します。そして、人の耳と声はそこから協和する音を生み出す能力を元々持って生まれて来ています。 (June 10, 2009 03:45:50 PM)

Re[1]:純正なハーモニーとディクション(06/07)  
doublejig  さん
aostaさん
プロのピアニストは、自分で音律が演奏時に操れないが故に難しいんだと思います。そして、その事を十分に理解しているピアニストの演奏はやはり音楽的だと思います。

でないと、このピアニストと同列になってしまいますよね。。(笑)これは、これでカワイイですが、、。
http://www.youtube.com/watch?v=TZ860P4iTaM (June 10, 2009 04:04:11 PM)

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