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June 29, 2007
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カテゴリ: 信仰について
統一教会じゃないとだめだと思ったのは、この人がメシアだと思わされたからです。
ある教団の教主という次元ではなく、再臨のメシアだと思ったから、この人が語る言葉が真理であり、天法になり得ると思い込んでしまったのです。
クリスチャンでもない私が、メシアだと思ったのは、神の心情、親の心情というものをわかりやすく、感動的に話していたからです。
ここまで目に見えない神様について、その悲しみについて語るこの人こそ神の息子といううにふさわしいと。キリスト教でいうイエスの十字架の贖罪の話よりわかりやすかったからです。それも、愛の世界、親子関係、実になるほどと思う内容が多かったのです。

ここに落とし穴がありました。人間的な目でみるとなるほどと思うところはありますが、神様が願っていたのは、人格をつくるのではなく、神に似たもの、霊においての再創造でした。
人格を作るための本は、最近は、何処の本屋さんでもたくさんでています。
人に愛されるためにはとか、リーダーになるためとか、いいお母さんになるためにとか。
そして、たくさんの人が努力しています。
そんな類の本とは違って、聖書はわたしの霊を成長させるための本であると思いました。



霊の言葉を、神の言葉イコール御言葉というのです。そこには私の考えや推測や見解はなく聖書の言葉そのままです。とても大切にしているのです。

聖書を読む人は、その聖句を暗記します。彼らは、まるで聖書の最初から最後まで暗記しようとしているようです。

私の律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書き付けよう。こうして私は、彼らの神となり彼らは私の民となるであろう。ヘブル第8章10節

私の律法は聖書のことでしょう。これを読むと、私の思いの中に御言葉がなければ、神様とは関係のないものです。神の民というには、聖書を信じる人が対象ではないですか。こんな聖句がたくさんあります。こんなのはどうでしょう。耳をそむけて律法を聞かないものは、その祈りでさえにくまれる。箴言28章9節

聖書を読まないで神様について語ることが、おおきな間違いであったことがわかります。
再臨のときについても、新約にかかれています。
神様の心情についてよく知っているからといってメシアなのかどうか。聖書に照らし合わせて確かめてみたいと思いました。この世にはわたしがメシアだという人がどんどん増えていますから。どの人も、もっともらしいことをいいながら信じきっていますから。2000年も前からこんなことを予言した聖書を物差しにしてみたほうがいいと思うのです。












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最終更新日  June 29, 2007 12:04:40 PM
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