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March 6, 2008
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京都の清水にいってきた。中学校の遠足以来だ。


私が小さい時から見てきた、日本人の姿だ。どこでも見える当たり前の風景だった。

日本人は正月ごとにこれを繰り返し、神様にお祈りして一年の無事を祈りおみくじを引いて大吉なら喜び,凶なら何事も起こりませんようにと祈りながら木にくくりつけて、無事に過ごせることを信じる。
こんな当たり前の風景が、見慣れない不思議な風景として写った。

韓国にいるとよく聞く質問は季節の行事についてだ。
その中でも正月について話すと聞かれるのは、じゃその神社に祭っているのは何ですかと。
はじめは、私も大きな顔してもちろん神様ですよ。と答えながら次第にいやいやたしか神様じゃなくてあの北の天満宮と同じ菅原道真公とかいうう人だったと思い出したのだった。
そう毎年わたしがお参りしていたのはご先祖様だったのだ。

さてキリスト教は創造主を信じる信仰です。
ただ一人の、神です。
神に対する認識がはっきりしないと神社の神様もキリスト教の神様も一緒に混同してしまいやすいのです。

日本人が霊感商法にひっかかりやすいのも、小さい時から親の手に引かれて神社に行っているからだと思いました。日本人の信仰の中に先祖を大切に思う気持ちがあるからです。
賽銭箱にお金を投げるのも、おみくじを買って占うのも額が小さくて問題にはなりませんがもとは霊感商法とおなじだと見るのはいいすぎでしょうか。

韓国人は原理を聞いても家系図を気にしたり、つぼを買ってすくわれたと思う人はあまり見えません。チョンピョンに行く人もいればいかない人もいます。これを統一凶では信仰があるないと単純にかたずけてしまいますが、国民性の違いだと思いました。
先祖供養をするしないも、それぞれの信仰しだいです。
それをうそだと思うか詐欺だと思うかもそれぞれの信仰しだいです。





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最終更新日  March 6, 2008 10:04:32 AM
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Re:清水寺で(03/06)  
野の花 さん


>人間は人間です。神様ではありません。そして死>んで仏様になるとも聞いていますが、これも神様>とは違うでしょう。創造主と被造物と考えたらわ>かりやすいかもしれません。
>さてキリスト教は創造主を信じる信仰です。
>ただ一人の、神です。
>神に対する認識がはっきりしないと神社の神様も>キリスト教の神様も一緒に混同してしまいやすい>のです。

日本人の宗教観のあいまいさを見ますよね。
神社の氏神は、当時の政争の犠牲者の魂鎮めのために祀りあげられた人物もたくさんいます。
そして、現代人はその由来も考えず「御利益」を求めて参詣します。
<信仰>の本質を考えにくい気風がこの国に満ちています。

先祖供養の想いが強い民族でもあります。
そこに、霊感商法はぴったりと合ったのでしょう。
この凄まじい活動が社会問題になることによって、さらに日本人の宗教離れを後押ししたようにも思います。

先日、子どものために「世界の宗教人口分布図」というのを調べました。
韓国ではクリスチャンが40.1パーセントにも上るのですね。
なぜ、韓国ではキリスト教が受け入れられると同時に飛躍的に発展したのでしょう?
同じように、先祖を重んじる民族ですよね?

日本人の宗教観のいいかげんさは、神道と仏教の混ざり合った神仏混合の社会の中で培われたものなのでしょうか。
日本人の「人目を気にする。」「表面上の和を重んじる。」民族性が一神教を受け入れないのでしょうか。

数少ない、本当の信仰を求める者が統一協会にずいぶんさらわれたと思います。
その人たちが目覚めた時、<信仰>そのものに絶望しないことをひたすら祈り願っています。

(March 7, 2008 03:55:40 PM)

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