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弐章(中.下)
第弐章(中) 峰擁 凪沙
何人もの軍人が行き交う、軍司令部(本部)の廊下を、まだ幼さが残っている顔つきをしている、小さな新人軍人と、不機嫌さをすばらしいほどに丸出しをしている、特務機関所属者の軍服を、全開にファスナーを開け放った状態で着ている若い女が歩いていた。
彼女の名前はフェイン・アルメス。特務機関所属の少佐であり、軍司令部一のスナイパーである。そして、彼女の後を少し急ぎぎみで追いかけているのは、ユイ・ルーシャン。今日よりフェインの下で指導を受けることになった特務機関配属の、士官学校上がりである二等兵。
会話をすることなく、颯爽と歩き続けるフェインの背中に、等々ユイが話しの初回をきった。
「あの~、少佐? これからよろしくお願いします。何分、わからないことだらけですが・・・。」
少し苦笑いを見せながら話しかけるユイに、フェインは歩く足を止めることなく、冷たい言葉で答えるのだった。
「わからないことだらけなんて、オマエに言われなくとも誰だってわかる。それとも、なんか? 私はそんなこともわからぬような人以下の人物だと言いたいのか?」
「いえ、そんな理由で言ったんじゃ・・・。」
フェインの何かこう、心をえぐるような言葉に、ユイは言葉を返すことが出来ずに戸惑うのだった。
ハーベル准将のオフィスを出てからしばらく、二人はある一つのオフィスのドアの前までやってきた。そのドアの上には[特務機関第弐部隊]と書かれた表札が掲示してあった。そのドアをフェインは、何もためらうことなく、開け放った。その瞬間、二人に熱い眼差しをおくってきた。いや、二人へと言うよりは、この者達の指揮官であるフェインを迎えたといった方が、つじつまが合うだろう。
フェインは周りの者達に特に目をやることなく、自分のために用意されているDESKへと腰を下ろして、ドアの前で立ちすくんでいるユイに、顎で用意されたDESKへ座るように促すのだった。
「ミーティング始めるぞ!」
フェインはユイが席に着くのを一切待たずに、部屋の中にいる一〇人ほどの部下に指示を下すのだった。それはまさに、ユイのことを特に気にすることなく、この場に居ない者ように振る舞うかのようであった。
ミーティングは三〇分ほどで終了した。いや、正しくはフェインの「残りのことは全て報告書で出しておけ。」という一言により強制的に終了されたといった方が正しいだろう。階級がフェインよりも下位であり、己の指揮官がフェインであるいじょう、指揮官の言葉は絶対である。
その後、フェインはすぐに退室して行ったが、出ていく前に特に目立つような行動を見せることなく、デスクに着席しているユイの横を通るときに「私が帰ってくるまで部屋から出るな。」と一声かけて行った。もしこの行動が、スパイ中に行われたとしたら、特に標的には気づかれることはないだろう。やはり実戦以外の平凡な軍の内部でも、このような行動を行うと言うのはいつものことらしい。一方、フェインに不意を付かれたかのように話しかけられた、ユイとしては、あまり気分の良いものではなかった。だが、すぐになれるだろうと思い直す。
ミーティングが終了して、もう一時間半にもなるがフェインは帰っては来ない。特にすることもないユイにとっては、一時間半もデスクでじっとしているのは、まさに退屈という以外の何事でもなかった。
「はぁぁ~。少佐、いつまでこうやって待たすんだろう・・・。」
ユイはつい先ほどまで真剣に目を通していた、この特務機関第弐部隊が今までに処理した事件の報告書の手前に、肘をついて大きくため息をした。と、その時だった。入り口のドアが開き、不機嫌きわまりないフェインが帰ってきた。
「ルーシャン。待たせてすまなかった。会議が長引いてしまってな・・・。」
眉をかなりつり上げながらも、自分がユイを一時間半も待たせてしまったことは自覚しているらしい。デスクに着席したフェインのもとへユイは何も言うことなく、やって来るのだった。
「会議って・・・。また何を・・・。」
おそるおそる、フェインに問いかけるものの、フェインはオマエが知る必要はない。と言うかのように無視して、自分のデスクの中より銃を一丁とユイのIDカード(軍人証明書)を机の上に出した。
「オマエのだ。オートマタイプの物だ。出来るだけ重さは軽量の物を選んでおいた。いつでも撃てるように弾は全弾込めておけ。銃は軍人の命だ。わかったなら、疎かにあつかうんじゃないぞ。あと、IDカードだ。自分の証明であり、軍事建造物や部屋への出入りには必要不可欠だからな。二つとも肌身離さず持っておけ。いいな?」
「は! よろしくお願いします!」
ユイはフェインに対して初めて敬礼を行った。その姿を見たフェインはうっすらと笑みを見せ、ユイの肩をポンとたたいた。
「シュビウス! ユイに建造物内を案内してやってくれ。私は少し行きたいところがあるんだ。すまないな。」
フェインはそうシュビウスとユイに言い残して、再び退出して行った。そのときユイは、フェインの後ろ姿に初めて凛々しさを感じるのだった。
シュビウスによって、軍司令部内をぐるぐると案内されているユイは、士官学校なんかと比べ物にならないほどの敷地の広さや、最新設備の整いように、唖然とするしかなっかった。
「じゃぁ、次は訓練施設でも行ってみるか?」
優しげな眼差しで、ユイを見つめて、問いかけてくるシュビウスの存在を、いつしかユイは兄のように思えてくるのだった。
「ここの訓練施設には、いくらかのエリアに分かれているのは知っているか?」
「はい。士官学校のときの教論より聞いています。」
「そうか・・・。訓練施設のエリアは全部で四つだ。銃技のエリア、刃技のエリア、格闘技のエリア、そして総合のエリアだ。今日は総合のエリアだけは、第壱部隊が使用しているから案内はできない。すまない。」
「いいえ。少し残念に思いますが、仕方ないです。」
ユイは穏やかに笑みを浮かべて、シュビウスの言葉を聞きいれるのだった。
「それじゃぁ、適当に案内させてもらうかな。」
シュビウスは笑いをこめながら明るく、そのように口を開いた。
訓練施設の一つである、銃技のエリアにやってきた二人は、中に入るのにドアを開けた直後に、耳を刺すような大きな銃声を聞いた。誰かが連射を行っているらしい。
ユイは突然の大音量だったので、かなりビックリしてしまったが、シュビウスの方は、いつものことだと慣れている様子だった。
銃声が鳴りやんだ後、シュビウスはわざとらしく声をあげた。
「いつ来てもここだけは銃声が鳴りやまないな。」
そんなシュビウスの声に反応したのか、撃ち込みを行っていた者が話しかけてきた。その声は一時間ほど前に聞いたことある、冷静感あふれるものだった。
「シュビウスか? オマエも銃を扱う者なら、それくらいは了承出来ることのはずだ。少しはこっちの身にもなれ。」
「ゲッ? 少佐・・・。あなただとは思わなかったんですよ。 それよりもどうしたんですか? あなたがここに来るときは、イラついたときだと俺は思っていますが?」
「わかっているのなら、わざわざ問う必要はないだろう。」
「やっぱりイラついているわけですね・・・。まさか、今日の朝議で何かあったんですか?」
「オマエには関係ない・・・。」
「あったんですね・・・?」
フェインはシュビウスの問いかけに答えることなく、その場を離れようと撃ち込みの一角から現れた。だが、ユイの姿を見るなり、冷静感のおびた顔つきは、一瞬だけ変化した。
「ルーシャン・・・。オマエも来ていたのか・・・。」
「はい・・・。」
「司令部の内部はどうだ?」
「士官学校に比べれば数段に大きいなぁ。と・・・。」
「そうか・・・。今日は特に出動命令がない限り、時間の使い方は皆自由だ。好きに中を散策すると良い。」
「ありがとうございます・・・。」
「私はこれで失礼する。シュビウス。ルーシャンの案内が終了したら、ハーベルさんの所に来い。良いな・・・。」
「例の件ですか? 俺的にはあまり賛成は出来ませんけど・・・。少佐の命令なら仕方ないですね。」
「・・・すまない。」
フェインは一言、そう言い残すとファスナーを閉めていない軍服をひらめかせ、ドアの外へ出ていった。
シュビウスはフェインが出ていった後、大きくため息をついて、髪をワシャワシャとかいた。その顔には、困り果てた様子が少しだけにじみ出ていた。
そんな彼を特に気にすることなく、ユイはシュビウスに声をかけた。
「あの~、バルティア准尉? お聞きしたいことがいくつかあります。でも、こんなことを聞いて良いのか・・・。」
なにやら真剣な趣で、問いてくるユイ。その顔には、なにやら少しだけ迷いのようなものをじょうじている。
「そんな顔をするな。 ルーシャンにそんな顔をされたら、ハーベル准将に殴られそうだからな。俺が答えられることなら、何でも聞いてくれ。あと、俺のことはシュビウスで良い。姓で呼ばれるのはエレン・セルビア大佐やアネスト・レイン元帥達といった、お偉いさん方だけで十分だ。」
ふざけ混じりの笑みを放つシュビウス。だが、ユイは苦笑いを見せて礼を言うだけだった。
「准尉? フェイン・アルメス少佐について教えて欲しいんです。 なぜあの人は、私の顔を見て、あんな顔をして、冷たく振る舞ったのでしょうか? 准尉にはそうでもないのに。あと、ティルム・クイマン中佐やハーベル・ザスク准将にも・・・。やはり、あの時に生意気にもの言いをしたからですか?」
「そんなに少佐のことが気になるか?」
「気になるというか・・・。あの人が私をまるで、避けているみたいで・・・。」
「少佐ことは気にするな。 あの人は特定の者以外には、素顔を見せない人だ。 それに、俺だって今でこそ少しは解消されたものの、あの人の下に就いたばかりの頃は、ルーシャンと同じような視線で見られていた。ようは、あれが少佐の人との接し方なんだよ。だから、そんなに深く考えることじゃない。」
ユイを元気づけようと、優しい物言いをするシュビウス。だが、ユイにはどこかシュビウスはこの話をすることには余りよい感情を持っていないように思えた。
「シュビウス准尉は少佐の素顔を見たことがあるのですか?」
「俺は数年前まで少佐の下で指導を受けた身だ。近くにいれば、いくらでも素顔は見られたはずだがな・・・。」
「見たことがないのですか?」
「ああ。 俺はあの人が、少佐が怖くて仕方なかった。だからあの頃は、少佐とまともに目を合わせることさえできなかった。だから、あの人に別の違った素顔があるのは、三年前に知ったばかりだ。」
シュビウスの顔が少しずつだが、悲しげに、そして寂しげに見えてきたのはわかっていたが、気のせいだろうと思ってしまった。ユイはその話しの続きを聞きたい気持ちに溢れていた。
「本当の素顔って?」
だが、シュビウスに問いかけて見るものの、彼は暗い顔をして、全く口を開こうとはしなかった。そのときユイは我に返り、自分は聞いてはならない質問をしてしまったのだと、後悔してとっさに謝るのだった。
「ごめんなさい。私・・・。」
ユイの言葉に、シュビウスも我に返り、本来の顔をとりもどした。
「いや。俺の方こそすまない。なんだか、ルーシャンに気を遣わせてしまったみたいで。 でも少佐はな・・・」
と、シュビウスが話しかけたときだった。司令部全域に、緊急放送が流れた。
『特務機関はすぐに第三会議室に集合せよ。くり返す・・・。』
その瞬間、二人の血相を変えて走り始めたのだった。
第弐章(下)
暗く暗室化された第参会議室。そこに集まる特殊部隊と名付けられた強者達が、緊迫感をさらに強めている。
明るく目に突き刺さるかのようなスクリーンの明かりは、事の重大さを物語っていた。
スクリーンのわきに立っては、自分の下へ就いている部下達の顔色を確かめるように、今回の事件について話し始めるハーベル准将。
「本日午前一三時三五分。南の町へ向かう大型客船を占拠したという犯行声明文が軍に送りつけられてきた。奴らは人質の解放条件として、軍が所持する武器と金、今まで捕らえてきた仲間の解放、そして自分たちが逃げる際の命の補償を訴えてきている。もし受け入れられないと応えるなら、客船は爆破すると言うことだ。いや、受け入れたとしても奴らは爆破する木だろうがな。乗客を殺すことで、国民からの軍の信頼性を削るためにもな。どちらにしても爆破時刻であるタイムリミット六時間後、午後一九時三五分だと言うことだ。送り主は反政府派組織インフィニットの者達だと言うことしかわかってはいない。我々としてはもちろん、人質となっている乗客の無事を最優先としたうえで、今回の事を起こした者達の捕獲、もしくは射殺を実行する。しかしながら今回は大型客船の事であるため、普通の中央司令部軍隊での任務遂行は非常に難しいと判断されたため、最も上からの信頼が厚く、任務遂行率の高い、この特務機関二隊分全ての出動要請がでている。お前達の高ぶる本能を十分に発揮してこい。奴らの無防備さを見せつけてやれ! 指揮は全て、各隊長にゆだねるものとする。ティルム、フェイン。犠牲や金などは惜しまないと言うことだ。お前達の判断に任せる。私はこの中央司令部の議会室で、お前達の検討を祈る。」
厚い信頼か、それともプレッシャーなのか。ハーベルの視線は、まるでフェインとティルムを締め付けるようにも思えたるものだった。しかし、フェインとティルムは何一つ眉をひそめることもなく、自身に満ちあふれる声でと敬礼で応える。これぞまさに、上司は部下を、部下は上司を信頼しきっている証拠であるのかもしれない。
ハーベルは、特務部隊に背を向けると、颯爽と会議室を出て行った。そんな彼の背だけを追って大きく瞳孔を見開いたフェインとティルムの顔つきは、まさにプロとして、一人の軍人として、特務部隊という誇り高き名のもとで、隊員をまとめることを許された者の、緊張感ある顔つきであった。
ハーベルが去った後の会議室は、今まで以上の緊迫感を帯びていた。部屋の上座に座り、足と腕を組んで、眉間に皺をよせるフェイン。そんな彼女を横目に、議会を中心的に引っぱるティルム。冷静さにかつ、部下達からの信頼性が高いこともあり、議会はいたってスムーズに進んでいた。
意見の飛び交う中に、初めて軍としての大がかりな任務前を目の当たりにするユイの姿があった。その隣には、フェインからの信頼が最も厚い、シュビウスが上座に座るフェイン顔色をうかがいながら座っていた。
「占拠されたのは、午前十時OO分発、コーヘン・ノース港~コーヘン・港を結ぶ、大型客船キラ号です。ノース港で手に入れた搭乗者リストによりますと、乗客二五0名、乗員五0名の計三00名が乗船しております。」
発言を許された隊員の一人が、ティルムとフェインの様子をうかがいつつ、自分の手元にある情報をあらいざらい話す。
「その乗客リストから、今回の事件を起こしたインフィニットと関係がある者を絞り出してくれ。」
「すでに開始しています。」
「どれくらいで出来そうだ?」
「中央司令部第五部隊(情報処理機関)が前走力をあげていてくれますが、なにぶん偽名や偽住所などで乗船しているでしょうから、特定には時間をずいぶん要するかと・・・」
「言い訳はいらん。小さな事でも良い。とにかく急がせろ。次、客船内について情報を・・・」
ティルムがそう言って話題を転換しようと発言したときだった。フェインが大きなため息をついて、ティルムに待ったをかけたのだ。
「ティルム待てよ。オマエはどうしてそう頭が固いんだよ。情報はたかだか情報だ。情報というのはただの噂みたいな物にしかすぎないんだよ。そんな、偽りをか本当か分からないことを確認するより、今はこの状況に私たちはどのように行動することで、人質を無事に解放するか、またどのように爆破を止めるべきなのか・・・ 今、話し合うことはそれだけで十分なんだよ。でなければ、私たちは何のための特務部隊なんだか分からなくなるだろうが。いや、正しくはそんなことは話し合うことではない。私とオマエの二人が、今までの経験上から考えることなんだよ。こんな事ばかりしていては、間に合わなくなる。時間は無限じゃない。しかも、私たちに残された時間は、後五時間と四〇分しかないんだ。」
自分の腕時計で時間を確認しては、ティルムに難癖を付けるように、少し呆れたような眼差しをおくるフェイン。そんな二人の状況を見ていたユイは、先ほどまではティルムの冷静なる議会進行に圧倒されていたが、フェインの意見を聞いて新たに心変わりした。確かに情報だけが全てではない。いや、情報と現実は似ているようで、につかない物である。何のために私たち特務部隊は存在するのかがわからなくなるかもしれない。
フェインの言葉でハッと気づかされるように、我に返ったティルム。確かに彼は冷静で慎重であった。が、今は慎重しすぎたのかもしれない。それに比べ、フェインは大雑把で何かと無茶な発言をすることもしょっちゅうである。だが、その場その場での瞬時の判断力はすばらしい物であるのは確かである。
フェイン・アルメスとティルム・クイマン彼らはそれぞれ、特殊部隊の各隊長であるが、二人にとっては、二人で一人の完璧な指揮官であるのかもしれない。
「ああ。そうだな。フェイン、すまなかった。もっと早くに気づくべきだったよ。オマエは俺が気づくのをじっと待っていてくれたんだな。」
ティルムはフェインに素直に謝罪するもの、フェインは別に待っていたわけではない。と言わんばかりに顔をそらせた。素直でないところもまた、フェインの良さであり。ティルムとのかみ合わせる部分なのかもしれない。
「みんな、すまない。俺がふがいないばかりに・・・ 今、話していたことは特には忘れてくれ。改めて議会を開始させて貰う。任務遂行のための計画構成は、俺的に考えをまとめている。今から発表する。もし意見等があれば是非とも聞き入れたい。発言の機会は階級に関わらずそれぞれに許可する。」
「おい。お前ら! いいなぁ。もし下手に発言の機会を押し込んでだまっていてみろ。その時は私がゆるさねぇからな。」
ティルムとフェインの脅しているような言い分。だが、その言葉にはしっかりと、確かな勢いと頼もしさに溢れていた。ユイは、特務機関がなぜ特務機関でいられるのか、またその腕が全く落ちないのかが、この時初めて分かった気がした。自分が真に従う物は、二人で一人の隊長であると言うことが・・・。
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