蘇芳色(SUOUIRO)~耽美な時間~

「夕凪の街 桜の国」







書籍名:夕凪の街 桜の国

作者:こうの史代

出版社:双葉社


読売新聞の書評募集欄に載っていた、 「夕凪の街 桜の国」 というコミック。
広島に投下された原爆の被害者にスポットを当てて描いているという。
悲惨さをこれでもか、と強調することなく、淡々と時間がすぎるストーリーだと聞き、さっそく購入する。

100頁足らずの小品で、その中が3部に分かれている。
最初の「夕凪の街」は、原爆が広島に落とされた昭和20年から10年経った、昭和30年の広島が舞台。
被爆した皆実(みなみ)が主人公。
小さな事務所(建設会社か?)で働き、母と2人でささやかに暮らしている。
父も姉も妹も、原爆で亡くなった。
弟は疎開先で被爆は免れた。しかしそのまま広島には帰らず、疎開先の伯母夫婦の養子になる。

通勤で靴が減るのがもったいないと、集めた竹の皮でぞうりを編もうと考える皆実。
そんな皆実を温かい目でみつめる同僚の打越。
2人が、とまどいながらも歩み寄ろうとした矢先、皆実は・・・。

2部「桜の国一」は、昭和62年の東京が舞台。
最初から注意深く読んでいないと、「桜の国1」の登場人物、小学生の七波と凪生姉弟が「夕凪の街」とどうつながっているのかわからない。
しかしそれがわかると、「夕凪の街」最後のコマの「このお話しはまだ終わりません。何度夕凪が終わっても終わっていません」という言葉の意味が、胸に飛び込んでくる。
この言葉に込められた作者の、そして多くの被爆者の思いが、理解できるようになる。
3部は、この3部作の集大成であり、この3部を読むことによって、全ての伏線が解き明かされる。
3部「桜の国ニ」は平成十六年夏の出来事。
「桜の国一」で登場した七波、東子、凪生が大人になっている。
この3人と、七波たちの父親が絡まりあい、60年前の原爆投下と50年前の皆実の死へと読者は思いを馳せるようになる。
原爆が落ちた直後の壮絶な場面は、ほとんど描かれていない。
しかし作品まるごと読めば、被爆者がいかに悲惨な体験をしたかが、言葉やイラストという媒体を通さずに、直接私の心と頭に衝撃を与える。

この作品を読みながら思い出したのは、映画「父と暮らせば」
主人公が、被爆しながらも自分だけ生き残った負い目を感じつづける。
原爆で亡くなった父親が幽霊になって、消極的な娘の恋の後押しをするというストーリー。
この映画を見たとき私は、主人公の後ろ向きな考え方に、少々うんざりした。
生き残ったのなら、力強く生きて欲しい。亡くなった数多くの人たちの分まで、どんよくに生きて欲しい、そう思っていた。
でも、「夕凪の街 桜の国」を読んで、そんな簡単なものではないのだと感じた。
今回のJR脱線事故で生き残った人たちにも、「自分だけがなぜ生き残ったのか」という心理状態になるらしい。

体験していない私は甘いのだろうか。

でも、そんな私でもできること。
作者のこうの史代さんによる「あとがき」を読むと、何をすべきかよくわかる。

老若男女、全ての人に読んで欲しい。
そして共に考えて欲しい。

戦争は絶対にしてはいけないということ。
そして60年前の戦争の影響を、まだ受けている人たちがいるということを。







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