蘇芳色(SUOUIRO)~耽美な時間~

「えぬ・能 鷹姫」

午後7時開演。
東京・名古屋公演ではなかったトークショーが、大阪公演ではあるとのこと。プログラムを見るまで知らなかった。ラッキー!
開幕とともに、梅若六郎さん、大倉源次郎さん、野村萬斎さんが舞台上で椅子に座って登場。
ああ、萬斎さん、お正月の舞台以来だわ・・・。
オペラグラスで食い入るように萬斎さんの姿を追いつづける。
私の席からは、横顔しか見られなかったが、時々観客席にちらりと視線をおくる萬斎さん。
オペラグラス越しに目が合ったような気がして(笑)さぁ~っと冷や汗が流れる。そのあと心臓の鼓動が高まり、今度は体が熱くなる。寒くなったり暑くなったり忙しい。(笑)
あのクールに冷め切ったような表情がたまらない。それでいて狂言や演劇に対しては、熱く燃えたぎる情熱をかたむける萬斎さん。
そこが彼に魅力を感じるところかなあ。
30分ほどでトークショー終了。
20分の休憩後、能「鷹姫」開演。

一切の装飾のない舞台に、鷹姫(梅若六郎さん)と岩役の俳優たち(石田幸雄さんら)が10名。
老人役の大槻文蔵さん登場。
彼の舞台は初めてなのだけれど、さすが紫綬褒章を受けているベテランだけあって、所作が美しい。
絶海の孤島で、すでに涸れた泉の水を求める老人。
そこへ波斯国(はしこく)の若き王子空賦麟(クーフリン)が泉の水を求めてやってくる。
老人と王子のやりとりを見ていて、それはそのまま大槻さんと萬斎さんの違いに当てはまると感じた。
役柄の相違もあるとは思うが、萬斎さんの所作や声は若々しい。
動きがキビキビしている。声も大きめ。
若い王子のはやる心がよくわかる。
反対に老人を演じる大槻文蔵さんは、枯れた演技。
動きに無駄がなく、それでいて余韻を感じさせる。
それは鷹姫を演じていた梅若六郎さんも同じこと。
彼は今回謡がなかった。動きだけで、鷹姫を演じるのだ。
これはトークショーのときに梅若さん本人が言っていたのだが、謡がないのは、かえって難しいそうだ。
謡で表現するところを、舞で演じるのだから。
それが見てみると、素晴らしかった。
謡ばかりではなく、動きもほとんどなかった鷹姫だったが、すっと立ち上がるときや、片手だけが動く演技でも、こちらの感情が細波立ち鳥肌がたった。
特にクーフリンが剣を抜いて鷹姫に立ち向かうシーン。
動きが少ない鷹姫だが、人間に対する怒りや哀れみが余すところなく感じられ、涙がにじむ。
笛や太鼓、鼓の音色も極まり、フルオーケストラのff(フォルティッシモ)にも匹敵するほどの迫力。
萬斎さんが著書の中で、「三番叟」の大鼓について次のような記述をしている。
「舞台全体をトリップした精神状態に持ってゆくためには、揉出という大鼓の手『リズム』がとても重要になります。大鼓が裏拍を突き上げるように打ってくると、エネルギーを集中させて座っている自分の体内がボコボコと沸き上がってきます。
そして『立ち頭』という大鼓の手で、沸騰したマグマがドドーっと噴火するように立ち上がり(後略)」(野村萬斎著 What is 狂言?より)
まさしくここに書かれている通りの、体内が沸き上がる感覚。
邦楽の音色の素晴らしさにも、鳥肌が立つほどの感動を覚える。
大槻文蔵さんの老人も、なんともいえない色と匂いを感じた。
枯れているのに、奮いつきたいほどの魅力。

眠るどころか、興奮状態で見終わった「能 鷹姫」だった。
心の中に残像が焼きつき、耳の奥に音色が残った。
いいものを見ることが出来て、快く酔った夜。

2004年3月29日 NHK大阪ホール


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: