嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(思惑)


「何ぃ?お母さん?」

東京で暮らしている娘の理恵は
本条という、理恵の兄よりも年上の人と「同居中」で
それが今の私の最大の心配の種になっている。

「まったくいつ電話しても留守電なんだからっ。
 お正月はどうするの?」

「山梨?帰んないよ。どうせお兄ちゃん達もいないんでしょ?」
「お兄ちゃんは関係ないでしょ、少し位顔を出すのが常識なの。
 本条さんも一緒に、一日でも顔を見せなさいよ。」

「えー・・・・、もういいじゃん。
 裕ちゃんは夏に行ったし・・・あれ、顔合わせみたいなもんよね。
 あぅ言うの、裕ちゃんウザがるしさぁ、気ぃ遣うんだよね、あたしも。
 それにさぁ、パリ連れてってもらうの、22日から。」

「パリ?フランスの?結婚もしてないのに?2人で旅行に行くの?
22日って来週じゃない!聞いてないわよ!?」

理解のない親ではないつもりだ。

でも、人様の娘と同居しておいて
その親の前に出ても結婚の「け」の字も見せず、
挙句、海外に旅行に連れて行くなんて
不誠実極まりないと思うのは、私だけなのかしら?

・・・こう言うところに常識がないから離婚されたりするんじゃないの?

結婚する気がないならさっさと別れればいいと思うのだけれど、
理恵の勤め先の専務さんらしいし、
いずれは理恵をモデルになんて、かなり目をかけてくれているようだから、
これだけ仕事がないっていわれてるご時世に、
理恵も強くは出られないのかも知れない。

親の私がどうこう言いすぎて、二人の仲がどうにかなってしまっても困る。

「旅行って言っても、会社の経費で行くから全然タダみたいなもんなの。
 アクセとかの仕入れ兼ねてって事になってるからー。」
「おかあさんが言ってるのはお金の事じゃないの!仕事って言うけど2人で行くんでしょ?」

「あー・・・、後からねぇ、社長組も現地合流するから2人じゃないよ。だーいじょーぶだってぇ。
 裕ちゃんの事はもうよくわかってるでしょ?」
「・・・わかんないわよ。」

段々、悪いほうに流れて行ってるように思う。

親の口から言いたくはないけれど、優しいところのある理恵は
海千山千の本条に良いようにされているんじゃないか、と。

だから、夏にわざわざ大阪からこの子の兄夫婦を呼んだというのに。

私よりも年の近い分、由香子さんならば理恵の気持ちを聞きやすいだろう、
義姉として、本条さんとの結婚や進退を真面目に考えるように言ってくれると思っていた。
あの子なら口が立つから本条さん当人にだって一言言ってくれるかもと期待もした。

「あーぁ、もう誰もおかあさんの話なんて聞いてくれないのよね。」
「何よぉいきなり、愚痴?・・・そう言えば、お兄ちゃんとこ産まれたの?
予定日そろそろでしょ?」

「知りませんよ!貴信も由香子さんも電話一本もかけてこないんだからっ。
たまに電話しても、何も言わないし。
こっちからとやかく言うとまた貴信に鬼姑みたいに言われるから遠慮してたら、
いつの間にか由香子さん、実家に帰っちゃってるのよ!断りもなく!」

「それって普通じゃないの?友達も子供産むときは実家に半年くらい帰ってたよ?」

「その家はそれでいいんでしょうけど、貴信は冬から年末は一番忙しい時期じゃないの。
それを11月からさっさと自分だけ実家に帰っちゃうなんて。
・・・冷たいのよ、由香子さんは。」

「あー・・・、まぁお兄ちゃん、由香子さんにはあまあまだもんね。
あかあさんがイラつく気持ちもわかる、かなぁ・・・。」

「そうなのよ、あなたのことにしても、貴信のことにしても
いつも二の次って言うか、自分のことばっかり優先して。
この間も、何かって言うと気分が悪いだのつわりだの言って。
そのくせ、あてつけがましく家のことをしたりするのよ。
それでおとうさんの同情ひいたり、貴信に言いつけたり・・・。

言いたいことがあれば私にはっきり言えばいいと思わない!?」

「えー、それ怖いって、おかあさん鬼ババぁ入ってるしぃ。」
「何言ってんの!?」
「すぐにウチの方針に従ってくださいとか言うじゃん、いまどきありえないって!
あたしなら、そんな親いたら逃げ出すなー。」

「きちんと世間の常識や妻の務めを教えてあげてるんじゃない。」

「うーわー、もうどっちもどっちって感じ?
うっざ!!そんなの見てたらマジ結婚できないって。」

「話をすりかえないの!!」

「由香子ちゃーんも、もっとうまくやればいいのに。
お兄ちゃんの扱いなんてうまいもんなのにね。」

「あの子はね、しょせんお嬢様なのよ、わがままで世間知らずなの。
ほいほい言うことを聞いてる貴信も貴信だわ、情けないっ!」

「お嬢はお嬢よね。親、前は議員さんなんでしょ?
お兄ちゃん、そのコネで外商トップ張れるんだから、そりゃあ逆らわないって。
あの人、カオもまぁいいしねぇ。でも小遣いくらいもっとやっとけっての。」

「はぁ・・・っ、もういい。考えたら余計に腹が立ってきたわ。
とにかくね、年末はいいから4月に一度帰ってきなさい。
お兄ちゃんも呼ぶから。」

「裕ちゃんはいいんでしょ?」

「一緒に来てもらいなさい。」

「なんだかなー・・・・、まぁ一応は言ってみるけどぉ。
あ、そーだ。赤ちゃん見れんのかな?
4月・・・って、どうなんだろ?新幹線とか乗れんのかなぁ?」

「来てもらいますよ、どうせ暇なんでしょうし。
本当なら出産も産後もこっちでして当たり前なんだから・・。」

「女の子かなぁ、女の子だったらいいなぁ。」

「そう、それも言わないのよ!貴信に聞いても病院が調べないらしいって。
そんなのあると思う?
きっと由香子さんに言うなって言われてんのよ。」

「産まれてからのおたのしみーじゃないの?
前もってわかってたらお祝い選ぶの楽なんだけどぉー。
そーよ、お小遣いくれたらパリで何か買ってきてあげんのにね。

あ、おかあさんに言ったら名前とか決められるってびびってんじゃないの?」

「名前?当然でしょう。
もう千周寺の先生にはお願いしてあるのよ。
生まれたらすぐに出生時間と性別を知らせに行くことになってるの。
だから、ずーっと電話来るの待ってるって言うのに・・・。

貴信は忙しいだろうし、由香子さんはあんなだし。

やっぱりもう一回、高城のおかあさんに言っとかなきゃだめね。」

「げ、おかあさん、高城さんとこまで電話してんの?」

「そうでもしなきゃ連絡がとれないんだもの、仕方ないでしょ。
とにかく、赤ちゃんも連れてきてもらうようにするから
ちゃんと4月にこっちに帰りなさいよ、わかった?」

「うーん、もう切る、こっちケータイだから電話代高いし。じゃーねぇ。」

理恵は自分が払うわけでもない電話代を口実に、うるさげに電話を切った。

いつもこんな調子だ。

理恵にしても貴信や由香子さんにしても。
親の気持ちが通じるにはまだ子供ということなんだろうか?

とにかく、もう一度由香子さんの親元には言っておかなくちゃ。

今・・・9時過ぎ、電話するならぎりぎりの時間。
そう、電話をかける時間も考えないのよね、最近の子は。

奈良の高城の家の番号は短縮に入っている。
呼び出し音が鳴ると、相手はすぐに出た。

「こんばんは清水です、夜分申し訳ありません・・・あら、由香子さん?」
「あ、いえ。陽菜子ですぅ。ご無沙汰してます。
妹は今、お風呂なんですけど、どうしましょう?
折り返しかけさせますか?」

折り返しって、何時になるのよ。
ほんとに、相手の都合も考えられないのかしら?

「いえ、結構です。
陽菜子さん、申し訳ないんですが、お母様に伝えてくださいますか?
赤ちゃんが生まれたらね、すぐに性別と産まれた時間を知らせてほしいの。
それと、くれぐれも勝手に出生届をださないように。
よく言っておいてくださいね。」

あぁ、4月に山梨に帰るようにとか、貴信はどうしているとか。
いろいろ聞話はあるけど、ここのお姉さんにどうこう言っても仕方ないし
時間も時間だ・・・・必要最低限にしておかないと。

「うちの母に伝えればよろしいんですね?」
「そうです、一応由香子さんにもお伝えくださいな、よろしくお願いしますね。」

そうそう、あなたはまだご結婚なさらないの?と聞きたかったが
それは余計なお世話かと思ったので、飲み込むことにした。

「では、よいお年をね、おやすみなさい。」

「はい、そちら様もよいお年を・・・・


くそばばぁ!!!」


「な、何ぃ?どないしたん、陽菜ちゃん?」

ドア横で電話をしていたおねえちゃんが、急に大きな声を出したからびっくりした。

「誰からやったん?」
「誰って、由香ちんの大好きな山梨のおばはんからやん!」

しょっちゅうウチの愚痴を聞いてるひとつ違いのおねえちゃんは、
清水のお義母さんの事はよぅ知ってる。
ウチとは合わんことを知ってるから、今も居留守使てくれたんや。

「え・・・?なんやろぉ、やっぱり正月来いとかぁ?」

「そこまで言わんやろ、予定20日やけど最初の子ぉは遅れやすいことくらいは
知ってるやろし、いくらなんでも病院出たら飛んで来いとは言えへんのんちゃう?」

「せやけど、陽菜ちゃん、今めっちゃ怒ってたやん。」

「いやぁ、相変わらずの愛想のなさにびっくりさしてもろただけや。
もうちょっとこう、世間話のひとつでもでけへんのかいな。」

「え?ほんで何て?」

怖いしうっとうしいけど、また何を言うてきたんかは興味津々やった。

「うん?おかあちゃんと、イ・チ・オ・ウ、由香子に言うとってって。
赤ちゃん出てきたら、すぐに性別と産まれた時間言うて来てって。
それと勝手に出生届出さんとって、やて。
こっわー。」

ぶるぶると震えるようなリアクションで、陽菜ちゃんは笑うてる。

「なんやの、それ?」

向かいのソファで聞いてたおかあちゃんが口を挟んでくる。

「勝手にって、なんでそんなん言われなあかんのんな。
なにも悪いことすんのんちゃうのに。」

「そーやん、出生届なんて貴信さんが出しに行くんやろ?
えー。まさかママが一緒に行ってあげます!とか言うヤツぅ?」

「ちゃうちゃう、陽菜ちゃん。名前や。」

・・・陽菜ちゃんに言いながら、とうとう来たかぁとまた頭が痛くなる。
予想はしてたけど、でも名前つけるん位は親にまかしてくれると思てたのに。

やっぱりそれは甘かったか。

おかあちゃんもすぐにピンときたようや。

「出生時間連絡するようにって言うたはってんやろ?
ほんなら、なんや言うとこで名前の鑑定してもらいはんのんちゃうか。
命名してもらうまで、出生届出しなって事やろ。
・・・・それやったらそう言えばええのに「勝手に」やなんて
ホンマ、やらしい言い方しはんねぇ。」

「せやなぁ、私も名前考えさしてとか。
ほかになんぼでも言い方あんのに。性根悪いから言い方もキッツいわ。
なぁ、由香ちん。」

「でも貴信、ウチが名前決めてええって言うとったし、
お義母さんには俺が付けたい名前付けるって言うてもらうように
打ち合わせしたぁるし・・・・。」

「おお!すごい、打ち合わせ済みかぁ。」
「そもそもそんな打ち合わせがいるようなお姑さんやって言うのが問題やけどねぇ。」

26日までは貴信は大阪の家から仕事に行き、年末年始は奈良から通う事になってる。
それまでに産気が来たら、スクランブルでこっちに来てくれるようになってるけど、
今のところ、出産は遅れそうって言うんで貴信が顔を出すことはない。

せやからウチら3人揃たら、気兼ねなしにお義母さんの話で盛り上がる。

陽菜ちゃんにしたら下手なドラマより面白いから
「実録・鬼姑」とかblogでも書こか、なんて言うし。

「どうするぅ?貴信さんに電話して言うとってもらうん?」
「うーん・・・、いますぐ貴信から言うてもろたら言いつけたみたいで感じ悪いしなぁ。」
「ほっとく?」
「それ、ヤバイって!」

「そうや、いくらなんでもあっちのお義母さんをほっとくんはあかん。」

「せやけど、このまましとったら、絶対あっちのお義母さんに命名権握られんで。」
「いややぁ。それはやめてぇー。」

「はぁ、すっごいわぁ。今年も最後までやってくれんなぁ。
もうさすがって言わしてもらうわ。」
「陽菜ちゃあん、笑い事ちゃうて。」
「ウチ、他人事やもーん。なんやったら由香ちんの真似して電話かけたろか?
もうアンタみたいな姑とはやってられません、介護もしません!て。」

「あかんあかん、ほんっまに止めて。マジで怖いから。」

冗談めかしてしゃべりながら、貴信になんて言うか、
どない説明させるか、頭の中で組み立てていった。


何度か携帯に電話して、ようやく貴信がつかまった頃には日付が変わってた。

「もぉ。こんな連絡つかへんかったら赤ちゃん出てくるときどないすんのんよぉ!」

「あ、それは大丈夫。オレの読みでは25日までは出てこないから!」
「なんやのんな、それ・・・。」

「それと絶対オトコな、この前撮った超音波写真あるじゃん。
あれ・・・ついてるよ、股んとこ。」
「知らんわ、こんなんで見えへんて。そんなん言うてるからお義母さんににらまれんねん。
せや、お義母さんの話や。
やっぱりな、名前・・・言うてきはったわぁ。」

「まぁ言いそうだよなー、何?千周寺の先生?」
「そうちゃうか?出生時間とか連絡するように言うてきやはったし。
でも・・・名前は自分でつけたいわ。
そこまで言われたないねんけど。」
「じゃあ、届け出してさ。それから太郎に決めましたとか電話すりゃいいじゃん。」

「すりゃいいじゃんって、そんなんで済む思てんの!?」

人の気も知らんと・・・・あほおっ!!

「済むも済まないも届け出しちゃったら、いくらかあさんが騒いでも変更出来ないんだから、こっちのもんだろ?」

何のために散々今まで言うてきてんねんな、ぼけぇ!!

「こっちのもんとか、そんなやり方したら何言われるかわかれへんで。
一生言われるかも知れんねんで?」

「うー、最初は怒るかもしんないけどさ、孫の顏見りゃかわいくなって
名前だってすぐ慣れるさ。あんまり変な名前じゃなきゃ大丈夫だって!」

要するにめんどくさいんやね・・・・。

仕事しんどいんはわかるけど、もうピークは過ぎるはずや。
時間できたら電話しておくよって、なんで言われへんねん、かすうっ!!

「ええから。産まれてからでもええから!
とにかく貴信から電話してや?
オレが名前つけたいって、ウチやなくアンタが付けたいって言うてよ?」

「そんな揉めたくなきゃ、かあさんの決めた名前でもいいじゃん。
案外、かっこいい名前かも知んないし。
イマイチの名前出してきたら、そん時に適当に理由つければいいんだよ、な。」

・・・話ならん。
なんでこんなヘタレなんや・・・・。

誰の子供やと思てんねんっ!

「もっとちゃんと考えてーよ、ウチらの子ぉやで?」
「だってどうせオレ、名前つける権ないしさ、お前もさぁ・・・。
あんまりこだわんないで、名前を誰が付けたって母親はお前しかいないんだから。
それ以上のことはないだろ?」

自分が名前つけれんから、真面目に話に入る気ぃないって事かいな。

しかもなんか反論しにくい説得をしてくるんが、また腹立つ。

「そんなんウチばっかり言わんとお義母さんにも言うてぇや!!」

「言うよ、言っとく言っとく。
そんなに怒るなよ、な。マメ太郎がびっくりして出てくるぞ。
もう寝たほうがいいんじゃないか、1時回ってんぞ。」

・・・お腹の子のことを言われるとやっぱり弱い。

「ほんまに、ちゃんと言うとってや、約束やで。
言うとってくれんかったら、赤ちゃんにおとうちゃんは新聞配達のにいちゃんやって言うで!」

「おっそろしい事言うなよ、わかったから。・・・・な、もう寝ろ、いいか?」

そう言われて電話を切ったからってそうそうすぐに寝ることはなかった。

おかあちゃんは寝てしもたけど、野次馬モード全開の陽菜ちゃんは
一緒に起きて、貴信と連絡が取れるんを待っててくれてた。

「相変わらずアカンの?貴信さん。」
「うん、言うとくとは言うてくれとったけどあんまりアテになれへんわ。」
「かわいそーになぁ、オマエも。」

陽菜ちゃんは、ウチのぱんぱんに張ったお腹を撫でながらそう言うた。

「生まれる前からもめまくりやで。
オマエ出てきたら、おにばばぁと鬼嫁の取っ組み合いになるんちゃうか?」

「変なこと言わんとってーや。」

と、出産目前になってほとんど動かなくなった赤ちゃんが
にゅうっと・・・・たぶん手を動かした。

「いや、なんか返事されたわ!」
「もし男の子やったら優柔不断の日和見オトコにならんように育てたりや。」

いろんな騒動をもれなくつけてくれるお義母さんの電話から10日。

-12月24日

昼間は雨。
夜はホワイトクリスマスになるやろかと思うたけど雨のままやった。

イブと言うのに仕事を途中でほってきた貴信が
病院に駆け込んだときには、もうお誕生って言うくらいの安産。

3320g 元気な男の子。

ほえーと言うような頼りない泣き声がこれほどまでに愛しいとは知らんかった。

お産はかなり軽ぅて、出産から2時間もしたら車椅子で電話をかけに行くくらいはええ、と言われた。

陣痛のときから付いてきてくれてるおかあちゃんや、さっき病院に駆け込んできた貴信に頼んでもよかってんけど。
おとうちゃんは・・・・新生児室の窓ガラスにひっついたままや。

息子がほしかったのに、ウチら女姉妹やったから
生まれてきた孫が男の子って言うんが嬉しいてたまらん言う顔してる。

まさにデレデレや。

デレデレ言うたら、産後ハイとかもあるんやろか?

やたらと気分がよかった。
今やったらどんな人とも仲良く笑えそうや、
そう思えて自分で山梨に電話しよと思うた。

「こんにちはぁ、由香子です。あ、お義父さんですか?」
「あーあ、どうだい?具合は?」
「さっき、生まれましたぁ!」
「え?」
「昼前から陣痛来て、めっちゃ痛かったんですけど
病院に行ったらすぐ分娩室行きであっと言う間の感じやったんです。
ウチも子供も元気で、あ、男の子ですよ!!
すごいスピード出産で、よっぽどせっかちな子ぉやろって看護師さんらが・・・。
えっと3320gもあって、大きいほうらしいんですよぉ。」

しゃべり出したら止まれへん。
口から口から言葉があふれてくる。

自分でもちょっと興奮しとるみたいやと思うた。

「ほーかぁ、よかったなぁ。
うん、おめでとうさん。それで大丈夫か?電話してて。貴信は?」
「貴信さんも仕事終わらして、今さっき来てくれはったんです、
あ、変わりましょか?」

「いや、いいよ。それよりちょっと休みぃ。産後はな大事にしとらなぁ。」

「はい、ありがとうございます。それでお義母さんは?」

「んん?おばさん仲間でメシ食いに行くとかで出かけたけど。
近所かな?ちょっと探して見るわぁ。」

「すいませんー。でもそれならお帰りになってからでいいんで、
生まれましたって伝言お願いできますか?」

「よしよし、じゃあ近所何軒か知っとる店聞いてみて、
もしいたらすぐ言っとく。
すごいなぁ、すごいクリスマスプレゼントだなぁ。
・・・かあさん帰ってきてからびっくりさせるかな?」

「そうですねぇ、よろしくお願いします。」

ピーという10円玉の不足を知らせる電子音とともに受話器を置いた。
もうカード式の公衆電話はないらしい。
当然、携帯は使えんと言うので、
入院準備に10円玉をぎちぎちに入れた財布を持ってきたけど
山梨まで電話したら、ものすごい勢いでコインは減っていった。

みんなから10円玉を集金する。

「オレの貴重な小遣いぃ!!返せよ!絶対返せよ?」と貴信がおちゃらけた。

幸せいっぱいの笑顔は目の周りが赤い。
結構、感動しぃの貴信は赤ちゃんを見ながら泣いてたんやろ。

なんか。
すっごい。

「ホンマの家族」になれた気がする。

「陽菜ちゃんは?」
「陽菜子は27日まで会社や、電話したら早ぅ終わらして顏見に来る言うてたで。」
「面会6時半までやろ。梅田から定時ダッシュしたかて無理ちゃうん?
・・・後で写メ送っとくかぁ。」

携帯はあかんけど、こっそり持ち込んで待ち合いとかでメールするんは
「基本」て、先月3人目の赤ちゃんを産んだ先輩ママが言うとったから、
ウチも充電器と一緒にきっちり持ってきてる。

「電源、なるべく切っときや。」
「わかってるって!病室は相部屋やねんし、その位考えるよ。
それより、ほらっ!もう7時まわってんで、はよ帰らな怒られるって。」
「生まれた当日くらいうるさい事言いはれへんわ。
貴信さんと一緒に出たらええねん。」

確かに「ご主人は今日は特別に8時までは」って言われてる。

そのどさくさに乗じるんはどうか、と思うたけど
この際、大目に見てやって思たんも本音や。

こそっと陽菜ちゃんに写メも送って、電源を切った携帯をポーチに入れた。

サルみたいって聞くけど。
割と大きい子のせいか、ほっぺたにふくふくと肉がついとって
結構かわいいやん、と思うた。

親ばかか?

なんやかんやと喋ってたら、やっぱり疲れが出てきて眠気が来た。
夕飯どころか、昼ごはんも満足に食べてない両親も
安心したら急にお腹がすいたと言うて、貴信と一緒に帰っていった。

母乳をあげるんは11時でええはずやから、それまで寝てよ。

下腹部が痛い。
ちくちくする。

一人で横になってるとほかに神経がいかんからい痛みが倍増したような気になる。

それでも赤いような、意外に毛深い赤ちゃんの顔や
見事に全部爪がついた細くて小さな手の指がぴくって動くのを思い出すと、
勝手に笑いがこみ上げてくる。

うつらうつら・・・・ゆれるような眠り。

いてて、でもうれしい。

夢を見てたような、見てないような浅い眠りでの数時間は
小鳥のさえずりのアラーム音で、強制終了させられた。

あんまり寝起きええ事ないからと15分前にセットしといた目覚ましを
ぴたんと止めて・・・二度寝はナシや。

ナニ、張り切ってんねんっ、と思わず自分にツッコミを入れた。

時間は早いし、同室の人はまだ寝てる。
陽菜ちゃんから返信来てるかも、と携帯をチェックした。

あー、来てる。貴信もあるわぁ。

「帰り、瑞園で焼肉!\(^o^)/ 」

但馬牛専門の高級焼肉店や・・・・ウチが頑張ったのになんでアンタがご馳走食べてんねん!
・・・ええなぁ。

「名前決めた?病院に出生証明いつもらえるか、確認ヨロ。
できれば年内に人事に報告したい、(^_^)/~~サヨナラ・・・・オヤスミナサイ。」

そら、無理ちゃうかなぁ。
でも明日確認しとく、と返信・・・次、陽菜ちゃんや。
写真見てくれたかなぁ?

「おつかれ!かわいい?びみょー?
でも元気で安産やって?よかったな。
今日は間に合わんかったから明日夕方直帰の仕事入れて病院行きます。」

びみょーって、その上仕事・・・ええんかいな。

「それと緊急レポ。
山梨(`ヘ´) から電話。めっちゃ機嫌悪かったです。」

・・・なんでここで「機嫌が悪い」って文字が出てくるんや?


「すぐ電話して来いって言ったのに、遅いとか
伝言で済ますのはいい加減とか、電話しても誰もつかまらないとか
散々怒ってました。陽菜子さんに言ってもしょうがないのに
ごめんなさいねーーーーーって、付け足しのように謝られた。
(-_-メ)だったら言うな。」


「ごめん、陽菜ちゃん。
あのおばはん、ボケたら後ろから蹴ったる。」

身内限定のダークな返信を返して授乳室へ行くことにした。

なんやねんな・・・・それ。

*

クリスマスイブと言うので、朝のウォーキング仲間と夕飯を食べに行くことになっていた。

車で15分ほどのところにあるフランス料理店。
高浜さんのご主人が大きな・・・なんとか言うワゴンの車に乗っているので
それで送り迎えをしてくれると言う。

本当はあまり出かけたくないのよ。
貴信のところの赤ちゃん、予定日はもう過ぎていると言うのにまったく音沙汰がない。

初産は遅れがちになる人は多いけれど。

こっちはやきもきして待っているって言うのに!

そんな人の気持ちを考えて「今日も陣痛は来ませんでした」とか、
病院の先生の見解を連絡してきて当然じゃないの?

千周寺の住職さんのお母さんは有名な占いの先生だ。
ものすごくよく観てくれる。
今まで・・・お義母さんも、重要なことはずっと先生に相談してきた。
貴信や理恵の名前もいただいた。

貴信の子供が生まれそうなので、とあらかじめお願いはしてあるものの、もう24日。
いくらなんでも年末年始のいそがしい時に、名前を考えてくださいとは言えないし。
・・・色々調べながら1週間はかかる作業らしいから。
じゃあお正月が明けてから、となると出生届けを提出する期限に間に合わなくなる。
期限が迫っているから急いでくださいなんて、こっちの都合を押し付けるのも
申し訳ないし。

まだなのかしら・・・。

生まれたらすぐに連絡を、とあちらのお姉さんを通じて頼んではある。

今日明日くらいなら生まれてすぐに連絡したら
先生も時間を取って、届けに間に合うように名前を付けてくれるだろう。

生まれてくる日はどうにもならない・・・・でも、よりによって。
なんて間が悪い。

子供を作るなら作るで由香子さんも考えればいいのに。

迎えの来る6時前まで、きちんと準備を済ませて
電話の近くで待っていたけれど、今日も連絡はないようだ。
高城の親元に念押しの電話をしたい気持ちはあったけれど、

もう一日は我慢してみよう・・・・。

そんな私のまんじりともしない気持ちは、簡単に無視された。

一人バカを見た、と言うのはこう言うことだろう。

8000円も取るくせに、飾りばかりでたいしたことのないディナーを済ませて帰宅すると、
いい気分の主人が、越の寒梅を引っ張り出してきている。

「あなた、それお正月用にって取り寄せたものじゃないですか?」
「んー?祝杯祝杯。志ぃさんも座って。
男の子、生まれたって!3000・・・・何gとかとにかく大きい子供で
由香子さんも赤ん坊も元気らしいぞー。」
「え!そうなんですか!」

ようやく生まれた!
それも男の子・・・跡取り息子だわ。

そう、いますぐ電話すれば先生にまだお願いできる。

「それで、何時に生まれたって?」
「何時・・・?そこまでは聞いてないなぁ。
昼過ぎに陣痛が来て、すごい早さで生まれたとか言ってたけど。」

話にならない。
のんきなこの人はそれ以上聞かなかったのだろう。

でも。
昼過ぎって・・・・もしかして私が出かける前にはもう生まれていたんじゃないの?

あれほど、あれほど生まれたらすぐにって言っておいたのに。
陽菜子さんに頼まずに、高城のお母さんに直接言わなかったのが失敗だった。

・・・と言ってもあんな娘に育てたような人だから
本人に言ったところで、結果は同じだったかも知れないけど。

とりもなおさず、奈良の高城の家に電話をする。
・・・誰も出ない。

貴信の携帯も電源が切れている。

9時前・・・・まだ病院にいるのかしら?

K市総合病院に電話をしてみるものの、面会の人はとうに帰っている時間だし、もうすぐ院内は消灯時間だから、
入院患者にはよほどの緊急でなければ取り次げないと言う。

何度もそれぞれの電話をコールして、ようやく高城の家の電話に人間が出た。
留守番電話に入れておいたメッセージは聞いていないのか、
電話に出た陽菜子さんは、こちらからすればとんでもなくのんびりした挨拶をよこした。

「こんばんは、そちらにも連絡行きましたぁ?男の子生まれたらしいですね。」

「陽菜子さん?」

「そうです、私、いま会社から帰ったところで
両親も貴信さんも留守やから、まだよくわかってないんですけど
なんかすごい安産やったらしいですよ。」

「私、生まれたらすぐに連絡してくださいって伝言お願いしたと思うんですけど?」
「はいー、それは言うてあります。連絡、行ってますよね?」

「確かにね、電話は頂いたみたいですけど。
由香子さん本人からって、生まれてから相当時間経ってかけてきてるって言う事ですよねぇ?
・・・・陽菜子さんに言っても八つ当たりみたいで申し訳ないんですけど。
生まれたらすぐお母さんから電話いただけるようにって、お願いしておいたじゃないですか。
それに出生時間も言っておいてくれてないなんて。
そんないい加減な話ってあります?」

「あ・・・・ごめんなさい。多分生まれるって言うんで慌てたんだと・・・。」

「心配してるのはこっちだって同じです。
予定から遅れてどうしてるのか毎日毎日心配してても、まったく連絡がなくて・・・。
あまりこちらから電話しても、せかしてるみたいで気の毒かと思っていたのに。」

「あ、あの・・・すみません。私ではちょっと、その生まれた時間とかわからないんで、貴信さんと連絡取ってみましょうか?」

「携帯にかけてもつながらないんですよ。」

「そうなんですか・・・じゃあ父が電話持ってますんで父に連絡取って
折り返しさせてもらいます。」

「・・・そうですか、ごめんなさいね。私もちょっと気持ちが動転して
陽菜子さんにあたるような事をいってしまって・・・・。
すみません。
じゃあ、申し訳ないんですけど、連絡できるだけ早くお願いできますか?」

「わかりました。じゃあ失礼します。」

電話が終わった頃には10時になろうかと言う時間だった。

今すぐ出生時間がわかったところで、今日先生に連絡するには失礼
・・・でもまだなんとか、緊急と言う事で目をつぶっていただける時間かしら?

命名のお礼以外にお寺へのお供えも奮発させてもらえば
・・・お正月だから御神酒の樽を用意しよう。

かなりの出費だけれど、お祝い事だし無理をお願いするんだししょうがないわ。
やっぱり貴信の子供だもの。
大事な孫だもの・・・・いい名前をつけてもらわないと。

ほどなく高城の家からの電話がかかってきた。
短縮ダイヤルの入った番号から着信すると、応答前に相手を音声でガイドしてくれるのだ。

声を作って受話器を取る。

「もしもし!かあさん!」

「あら、貴信・・・。」

少し拍子抜けする。

「生まれた生まれた!やっぱ男の子だったよ、すっげー小さいのにさぁ
泣いたり、足動かしたりすんの!
なんかオレもパパになったのかぁてちょっと感動したよぅ!」

「そう。おめでとう、よかったわね。それで元気なの?異常はない?」

「おぅ、マメ太郎も由香子も母子ともに順調ってヤツ。
生まれるのが早すぎて、オレ出産に間に合わなかったよ。
病院行ったら、もう新生児室だったもん。
由香子は後産とか言うのがあって、2時間くらいベッドにいたみたいだけど。」

「それで何時に生まれたの?それをすぐに連絡してねって言っておいたでしょう?」

「うん?5時ごろ。」
「もっと正確に。」

おかぁさーん、赤ちゃん生まれたの何時何分でしたっけ?
と、貴信が電話の向こうで聞いている。

・・・かけつけた貴信にそんな肝心なことも話していないのかと
またむかむかと怒りがこみ上げてきた・・・・この高城の人間には
貴信に対する尊敬や愛情がかけているんじゃないかと、思ってしまう。

それに、夕方5時ならまだ私は家にいた時間だ。
その時にすぐ知らせてくれていれば、こんなにやきもきせずにすんだのに。

「16時22分だって。」
「なんでもっと早く言ってこないの?
貴信も。お産が始まるって連絡受けたときにこっちへ電話してきてくれてもいいじゃない。
もう、あんたたち無責任にもほどがあるわよ!」
「いやー、オレもそろそろかとは思ってたけど実際その場になったら慌てちゃってさぁ。」
「生まれた後もよ、病院に電話したらもういないって言うし。
だったら帰ったと思ってそちらのお家に電話しても誰も出ないし、
あなたは携帯切ってるし・・・こっちの身にもなってよ!」
「あれ?ほんとだ。電源病院で切ったままだわ。
ごめんごめん。
時間もおそくなっちゃったし、夕飯の買い物なんてしてないって話だったから
お祝いかねて、みんなでメシ食いにいってたんだよ。」

「もういい!!かあさんはこれから先生に連絡するから!
切るわよ!
勝手に名前つけて届けなんか出さないようにね!じゃあまたねっ!」

あ、ちょっととか何とか聞こえたように思うけど
貴信の話は、また明日にでもすればいい。
大事な用件なら、電話をしてくるでしょう。

それよりも先生に連絡しなくっちゃ。

せっかくの孫の誕生を祝うよりも腹立たしい気持ちがいっぱいだった。
こんな気分は嫌だ。
手放しで喜んでいたい。
私をそうさせてくれなかった高城の人間の無責任な態度には
ほとほとあきれてものが言えなかった。


一方で高城の家では一気にお祝いムードが冷めてしまった。

「山梨のお母さん、何か言うてはった?」

「あはは、無責任って怒られちゃいましたよ。
ずっと待っててくれたみたいですねー。」

それでも実の母親相手だけに気にならないのか、
子供が生まれて舞い上がっているのか、貴信は陽気である。

「あらぁ・・・申し訳ないことしたわぁ、せやけどこっちも慌ててしもて。ごめんなさいねぇ。」

「いや、いいですいいです。気にしないで。
ウチのかあさん、せっかちだし心配性だからうるさいんですよ。
充分ですって・・・・それにしてもかっわいかったなぁ。」

「陽菜子は?どうするん。なんもなかったら29日に退院やけど。
仕事済んだら行くん?」

「ウチ、明日直帰して病院回るわ。」

「そうか。ほんならおかあちゃんらは朝行こかな。でも仕事大丈夫なんか?」

「うん、暇やねんよ。年末に家買う人はそうおらんって。
・・・・あ、由香ちんからメール来てるぅ!サルやサルや!!」

「え!サル!?って陽菜ちゃん、きっついすよぉ!」

「そおかぁ、うー・・・でもむぅってした口、かわいいなぁ。」

「でしょ?でしょ?オレに似てない?」

「ほんなんわかれへんわ。」

そう言いながら陽菜子は返信のメールを打ち始めた。

「・・・・まだメールしてんの?」

「うん、いっぱい書くことあんねん。」
「病院やからあんまり携帯使われへんで。」
「長くっても一回で終わるからええの・・・。」

陽菜子は親指ですばやくキィを打ち続けながら、貴信に話しかけた。

「やっぱり名前のこと、なんか言うてはったん?」
「あぁ。占いの先生に電話するような事言ってたけど。」

「お義兄様、止めてくださいました?」
「なに?オレ義弟でしょ?」
「オジサンやねんから、お義兄さんでええねん。
それより、名前はこっちでつけるって言うてあるんよね?」

「前にちょっと言っといたんだけどなぁ。
今も、言おうと思ったら電話切られちゃって・・・・また、明日でも言っておくよ。」

「ちゃーんと言うとかんな、由香ちんに恨まれんでぇ。」

「おどかさないでください、陽菜ちゃん顏怖いって!」

「えー・・・実はウチ、めっちゃ怒ってんもーん。」

陽菜子の目が本気で笑っていないことに気のつく貴信であれば
高城家にこんな正月はこなかっただろう。

年末、無事に退院してきた由香子は
赤ちゃんの名前を「総眞」か「一眞」、どっちにしようかと決めかねていた。
貴信の言う「恭介」もなかなかいい名前だと思う。

こうやって顔を見て、抱きながら名前を考えるのはまた一層楽しかった。

まだ四苦八苦して首をふりふり乳首をさがす赤ん坊に
おっぱいをふくませる由香子のところに、姉の陽菜子が年賀状の束を持ってきた。

「やっぱり午後になんねんなぁ、元旦の配達は。」

以前、県会議員を務めていた由香子らの父に宛てた年賀状はすさまじい数だった。
陽菜子は両手に余るほどの葉書を持っている。

輪ゴムで止めたその葉書の束から、細長い封筒が突き出ていた。

「・・・?なに、その封筒っぽいのん?」

抱っこと授乳で手一杯の由香子は、陽菜子にその郵便物を見てもらう。

「う・・・っわっ!! 」

年賀と速達の赤いスタンプと3枚の切手が貼られた封筒を
陽菜子は、危険物かごみでもさわるように、指先でつまんで由香子のほうに投げてよこした。

「山梨からや。鬼シュートメからや!!いやああん!」

「え・・・、ちょっとごめん、陽菜ちゃん。
貴信呼んできてくれへん?2階におるはずやから。」

スモーカーの貴信は(生まれたらやめる約束だったのに!)
吸いたくなったら、赤ちゃんのいない2階の部屋に一服しに行ってる。
1階のおとうちゃんの仕事部屋でも煙草OKやけど、
そこには入りにくいんやろう。

「貴信・・・・それ。開けてくれる?」
「あん?かあさんから?お年玉でも入ってるのかな?」

・・絶対ちゃう。
入ってんのは爆弾の玉や。

ウチには確信があった。

「これ・・・・なんて読むんだろ?」

「命名」と金文字で印刷された大げさな用紙には

立派な筆文字で「允志」と書かれていた。

「ちょっと、貴信!名前のことちゃんとお義母さんに言うてへんのん!?」
「え、言ったよ。でも・・・。」
「なによ、でもって。」
「ほら、いろいろ候補があった方がいいしさ、かあさんだってちょっと参加したいんだよ。
それによく当たる先生だって言うから、いい運勢の名前考えてくれたんじゃないかなぁ。」

「なに言うてんのんな、はっきり言うとってくれへんかったん?
こんなん送ってくるって・・・・期待だけさしといて
やっぱりお義母さんの送ってくれはった名前にはしませんて言うたら、
どんだけ怒りはると思てんのんよ!」

「・・・でもさぁ、やっぱほら初孫じゃん?
あんまりムゲにもできないって言うかさぁ。
うっかりすっげーカッコいい名前を言ってくるかもって思ったりしたし。」

「電話!」

「え?」

「電話して、すぐ!」

「かあさんに?」

「ほかにどこに電話すんねんな!」

「・・・・なんて?」

「なんてって・・・・自分で考えーや!
とにかく、こんな読まれへん名前は嫌や!
子供の名前は親の自分らぁで決めるからほっとってくれって、ちゃんと言うて!!」

大きな声が出てしまい、おっぱいを含んでいた赤ちゃんの体がびくっと動く。

「ごめん、ごめん・・・・おなかいっぱいかぁ?ちゃんと飲みやぁ。」

陽菜ちゃんが命名の用紙と鑑定の結果の紙を見ながら

「へぇ、この子って運動神経のいい星やねんてぇ。
そんなんわかんねんなぁ。
足の怪我、突発的な事故には要注意って・・・ふーん。
おもしろいなぁ、ウチも占いやってほしーわぁ。
嫡子としての命名で11画が相当・・・・?
それはええけど、この「志」って感じ悪くない?」

「もうマジでほっといてぇってそんだけや。」

「え?陽菜ちゃん、占いの紙オレも見せてよ。」

「そんなんどうでもええねん!はよお義母さんに電話して言うてるやん!」

今度は大声になって赤ちゃんをおどかさんように注意する。

あんな訳わからん名前、イヤやんなぁ?

リビングのドアのところに親機はあるけど、
長い話になりそうとでも思うたんか、貴信は子機を取ってきてソファに座った。

「もしもし、おお!かあさん、明けましておめでとうございます。
・・・手紙?うん来てるよ。これ・・・なんて読むの?」

なんてのほほんとしてんのやろ、横で聞ぃとっていらいらする。
子機からあんまり聞きたくない声がもれ聞こえてきた・・・
けど、はっきり聞こえん。

「・・・かし。」
「ちかしぃ?」
「一緒に鑑定書と手紙も入れておいたでしょ?読んでないの?」
「鑑定書は今見てるよ。運動神経がいいとか言うヤツだろ?」
「いいお名前でしょ。木戸孝允の允に志、立派な人になるわ。」
「木戸こーいん?誰だっけ?」

と、貴信はこっちを見る。

日本史か現国で聞いたような気もするけど
ウチにもさっぱりわかれへん。

「何、バカなことを言ってるの。ともかくそれで問題ないでしょ?」
「問題ないって・・・。」

「名前よ、いいお名前でしょ?」
「待ってよ、名前はオレたちがつけるって言っただろ?」

「そんな立派なお名前頂いておいて、ほかの名前なんて・・・。
年末の忙しい時期に、無理にお願いして急いで考えてもらったのよ。それともおかあさんに恥をかかせる気?」
「恥って・・・大げさだなぁ。」

「だってそうでしょう?違う名前にしたりして、今度先生にお会いするときにどんな顏をすればいいの?」
「でもさぁ。オレたちが親なんだよ。子供の名前くらい自分たちで考えてやりたいよ。」

「あら、貴信も理恵も先生につけていただいたのよ?
そりゃあ私だって、いいなぁと思う名前はたくさんあったわよ。
でもね、先生にきちんと鑑定していただいて、しっかりしたお名前をつけてもらったおかげで
あなたたちが元気で立派に育つことができたんじゃないの。」

・・・同棲女と優柔不断男で何が立派やねん。
思わず陽菜ちゃんと目を合わせてしもた。

「だけど、これじゃ読めないよ。今時はこういう事でもイジメのネタになったりするんだぜ?」

お!いいとこついてる。
行け行け、貴信。

「それにさ、ほら身内の名前の字ぃ取ったら、取られたほうは早死にするとか言うじゃん。
志ってかあさんと同じだろ?
やめたほうがいいんじゃないかなぁ。」

これはイマイチのような気もするけど、でも頑張れ!

「そんなの迷信でしょ!?」

・・・お義母さん。
それを言っちゃあオシマイなんじゃないでしょうか?
そしたらそもそも鑑定も姓名判断も迷信になると思うねんけどぉ・・・。

とにかく強いわ、このヒトは。

「いい?事故に会いやすいって書いてるでしょう?
先生がね、不幸を遠ざけるためにも名前は慎重にって
もうこれしかないって言う名前を考えてくださったの。
允志でいいでしょ?
由香子さんにはオレが気に入ったって言って納得させなさい。いいわね?」

「11画ならさぁ、恭介・・・はダメか。
恭一とか一眞とかじゃダメなの、もうその辺で固まってるんだけど。」

「画数が合ってればいいってものじゃないの。」

「じゃあさぁ、かあさんが納得できるようにオレの考えてる名前じゃダメか、聞いてきてよ。」

「やめて頂戴!おかあさんがどれだけ頭を下げたと思ってるの!?」

自分の体裁と、貴信の気持ち・・・どっちが大切なんやろ?

「いいよ、もう、なんならオレが千周寺に電話して話すわ。
かあさんには恥かかせないようにするから。
オレも允志ってのは・・・みんなが読めないような名前はどうかと思うし。
やっぱり名前は自分でつけさせてよ。
オレの立場とかも汲んでさぁ。」

「・・・由香子さんね。そっちの実家で何か言われてるの?」
「そう言うんじゃないって。
ともかく、頼むよ。オレの気持ちもわかってよ。
千周寺にも電話してちゃんとするからさ、ね。」

「いいわよ!もう勝手にしなさい!自分勝手なことをして
赤ちゃんが事故にあったりしたって知りませんからねっ!
由香子さんにもそういっておきなさいっ!!」

がちゃんと、電話を投げつけでもしたような音が響いた。

「こっわーぁ・・・・。」

陽菜ちゃんの目が・・・笑ってる。
この姉は本気でBlogでも書く気なんやないやろか?

「怒ってたなぁ、こえーこえー。
でもさ、5日か6日までに役所に届ければいいんだから、
オレ、ちょっと千周寺のばぁちゃんに根回しして
恭一か一眞か、総眞でどうにかしてって言ってみるわ。」

「根回しって・・・占いなんやろ?」

「そこはそれ。どうにかするって。
ところで実印どこ?」

「実印?」

「うん実印と、印鑑証明。」

「なんでぇな、届け出すのん認めでええんちゃうん?」

「え、そうだっけ?」

「貴信、まさか借金でもする気ぃちゃうやろなぁ?」

「そんなことしないよ。身の破滅じゃん。
こいつのためにも、オレは絶対そんなヘマはしない。
金がなければ、親に泣きつく!
それがオレのポリシーで生き様だ!」

「あほちゃう・・・っ、なに言うてんのんよ。」

「え?変か?陽菜ちゃんどうよ?」

「間違うてへんとは思うけど、ウチはそんな事言う男いらん・・・。」

自分の力でこの冬のボーナスも100万以上稼いでいる陽菜ちゃんの意見は手厳しい。
これじゃ、しょーもない男とは結婚できんやろなぁ。

「陽菜ちゃん。」
「何ぃ?」
「結婚とかせんの?今年も。」

「うーん、ウチの仕事やめって言えへんでメイドさん雇うてくれる金持ちで
すぐぽっくり逝きそうな、北大路欣也みたいなおっちゃんおったら結婚してもええけど・・・・オニババ抜きな、これ最低限。」

「いないって、そんなの。」

「せやから結婚せぇへんねん。」

もしウチも結婚してなかったら、今どうやねんやろ?
お義母さんみたいな訳わからん人に振り回されんと、
ボーナスで旅行でも行ってたやろか?

でも、この手のなかのぬくもり。

この満たされた気持ち。

こんな幸せは独身の時には絶対味わえんかったと思う。

そや。この腕に感じる・・・グルグルって言う感触。

くさ・・。


飲んだら出す。

赤ちゃんは正しい仕事をしてくれるわ。






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