嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(病院)



私は右腕のオメガに目をやった。
これから出れば、ちょうど面会の時間だ。

一番『クサイ』清水由香子を放置していたわけではない。

捜査の間隙をぬって私はこれまで3回、その総合病院に足を運んでいた。

事件の翌朝一番に行った時は
ショックで倒れたまま目を覚まさない、と言うので
清水由香子の病室と、奏人君の容態を確認して帰った。

二度目はその日の午後だ。

確認していた部屋の廊下まで泣き叫ぶ人々の声がする。
罵倒する女の声は被害者の母親だろうか。

私はドアの外に立ち、じっとそのやりとりに耳をそばだてた。

嫁姑の中は相当険悪なようだ。
清水由香子は『嘘』をついてバイトに出ていたのか。

姑の言い分を鵜呑みにすれば、清水由香子は夫に家事や育児を押し付けて
アルバイトにでていたと言う事になるが・・・。
果たして夫婦の間で合意がなくて、そんな外出ができるものだろうか?

夫でなく、姑に対して嘘をついて出かけていたと言う事か。
この段階になるまでそれが露見していなかったのであれば、きちんと夫婦で口裏を合わせている。

口うるさそうな母親に対して結託しフォローしあっている関係ならば
聞き込みの通り、仲のいい夫婦だと考えてもいいだろう。

もしくは他に清水由香子になにか別の『嘘』があって、それがあの母親をああまで激昂させているのか。

母として妻として最低と言わしめる理由はなんだろう。

中年、いや50過ぎの女性が廊下を歩いてくる。

フラフラと力のない足取りと、尋常でないやつれ方をした表情で
この部屋の関係者だということは一目瞭然だ。

私はたまたま通りかかったら、大声がするので驚いて眺めているような顔を作り、そそくさとその場から移動してみせた。

果たして、その女性は清水由香子の病室に吸い込まれるように入って行った。

翌日、三度目に来たとき。
清水由香子の姿は病室になかった。
荷物はあるし、ベッドのシーツもついたままなので退院したのではないのはわかる。

さては、と被害者の奏人君が入っている乳幼児用の治療室へ足を運んでみると
その窓に張り付くように清水由香子がもたれかかっていた。

警察の人間だと告げ、年配の看護士に話をきいてみると
清水由香子は誰に止められても、あの場でずっと立ちつくしているのだという。

病室に戻るのは消灯の時間だけで、おそらく食事も一切とっていないのではないかと言う話だ。

せめて点滴をと勧めても、首を縦には振らないらしい。

母親の愛情。
心配と不安で一時たりと目を離すことのできない心情。

では。

非業の死を遂げた夫への心情はどこにある。

死んでしまったものを悼む感情より
目の前の我が子の容態を心配する気持ちが大きいのが母親と言うものなのか?

所詮、夫婦は血がつながらない他人とも言う。

なにげない振りで清水由香子に近づいてみると
彼女は震える声でなにか言っているようだった。

『鬼』
『わたさへん』
『いや』

その声と言うにはあまりに小さな音に全神経を集中して拾い出した言葉は、
おおむねその繰り返しだった。
熱でもあるのか、ろれつがあやしくうわごとのようだと思った。

何かあるにせよ、まともに話ができる状態ではないようだ。
私は彼女が落ち着いて話せる頃を見計らって出なおすことを決めた。





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