あったぼこしゅ

あったぼこしゅ

第二話


「・・・・・・・・・・」
 完全なる絶句。
 愛刹の机の上には、教科書や小説が山積みのなっていたはずだ。床に散乱した紙吹雪をよく見てみると、文字が書いてある。愛刹は全身の血が引いていく感覚に陥った。本をこよなく愛する愛刹にとって、これは中世ヨーロッパの魔女狩り並みの残酷さだ。
 俺の部屋に侵入して、俺の大切な本たちを粉々にするとは・・・許すまじ。
 だけど、しかし、けれども、何か違う。ただの人間じゃない。さっきの人と同じ匂いがする。とても嫌な、嫌いな匂いがする。とてつもなく大きなものが背景にあるような気がしてしょうがない。さっきの人と同じような種類・・・・・・・。
 『侵入者』はさっきの『殺人犯』のように首の刺青があるわけでも、髪の毛が赤いわけでも、腰に鍵をたくさんつけているわけではない。至極普通の、愛刹が着ているような学生服を着ている。制服のボタンに『中』と彫られている。髪は当然黒く、肩までも伸ばしていない。
 しかし、不自然なのは、靴である。ゴツゴツとした、まるで軍隊で履かれているようなブーツ。ズボンの裾はブーツの中に入れられている。
 愛刹は自室のドアを閉めて、危機を脱しようと試みたとき、愛刹めがけて何かが飛んできた。定規だ。
反射的に避けたが、左頬を少しかすってしまった。赤い液が一筋滴る。
 しかし、『侵入者』は本に視線を向けている。
 なぜに定規・・・・・・・・?
 愛刹に疑問が浮かぶ。
「逃げないでよ。愛刹くん」
 『侵入者』が発する。
 ブーツを抜かしてみれば、格好どおりの爽やかな声だ。
一声すると、今まで読んでいた本を雑に投げ捨て、床に散らばっている紙吹雪の上に仁王立ちをした。
 投げ捨てられた本の表紙を見てみると一昨日愛刹が悲願の思いで手に入れた本だった。ただでさえ本を粉々にされて、憤怒している愛刹にとって、これは眉を動かさずにはいられない状況だった。普段の愛刹なら怒鳴りでもするだろうけれども、今の愛刹には『侵入者』の異様な爽やかさと定規、そしてさっきの『殺人犯』が海馬に焼け付いているらしく、今すぐこの場から叔父夫婦を連れて逃れなければいけないという指令が、前頭葉より全神経に伝わっていた。
 頬に負ったかすり傷や、部屋にいる『侵入者』など無視して階段を下りテレビの点いているリビングに向かった。
 しかし、愛刹は絶望した。
 リビングには二人、否、首なし四肢なしの体が二体は椅子に置かれて、腕と足が四つずつ床に転がっている。そして、その身体の首がテーブルの上に仲良く寄り添って置いてある。どちらとも、目を見開いて顔を歪めている。
 ひたひたと、ゆらゆらと不自然に波紋を広げる液体。
 あの優しい叔父さんと叔母さんの身体のどこに、これだけの液体が流れていたのか、そして・・・俺はこれからどうすればいいのか。逃げればいいのか? あの二人のどちらかに殺されればいいのか? 俺には決められない。それだけの決断力も行動力もないのだからどうしようもできない。運命に身を任せ。使命に身を任せ。宿命に身を任せ。必然に身を任せるしかないのだろうか。世界にとって、人類にとって、宇宙にとって、俺は所詮ちっぽけな存在でしかあり続けない。
 いつの間にか下りてきた『侵入者』が愛刹の横を通り、血まみれのリビングに侵入した。
 『侵入者』のブーツは、歩く度にゴトゴトとした音が家中に響いた。そして、叔父夫婦の首の前に立った『侵入者』は向きをくるり、と変えて愛刹と対峙した。
「お帰りなさい」
 両手を腰に当てながら、さもここが自分の家と言わんばかりの顔をして、愛刹に言った。
「誰なんですか!あなた達は!」
 後ずさりしながらも震える声で『侵入者』に叫んだ。すると、『侵入者』は何かに反応するように腰に当てていた両手を、背後にあったの叔父夫婦の頭に近づけた。
「あ?・・・・ねぇ。その“達”って何?・・・・・もしかして、首に阿呆みたいな刺青があって、腰に阿呆みたいに鍵をぶら下げてて、阿呆みたいに真っ赤な髪してる奴に会った?」
 やっぱり関係があるんだ。
 愛刹は確信を持ち、再度同じような質問をする。
「何なんですか。あなた達は」
 今度は落ち着いてゆっくりとした口調で話し、相手の反応を見る。『侵入者』の両手はすでに、叔父夫婦の頭を持ち上げていた。
「僕の質問に答えてよ」
「嫌です」
「答えてよ」「嫌です」
「答えてくれないと・・・・・」
 叔父夫婦の首を自分の顔の高さに持っていく。三人の頭が愛刹を見ている。『侵入者』が上目遣いで愛刹を見ながらにたり、と意地悪く笑う。その刹那、愛刹の身体が脳の命令を無視したように後ずさりしていた足が床を蹴り、『侵入者』に突進する。愛刹の神経が全て切れてしまったように、何かに逆撫でされたように身体は全ての命令を無視して、重力を無視するように『侵入者』に向かう。
「おっとっとっ。来たねぇ」
 まるで待っていたかのように『侵入者』は歓喜の声をあげる。同時に、両手に持ち上げていた首を愛刹に向かって投げた。それらは真っ直ぐ、愛刹に向かって行く。少しながらも妨害を加えようとしたらしいが、無駄なことだった。愛刹はそれらを両手に一つずつ、器用に受け取り『侵入者』に投げ返す。思いもよらなかった行動に少しだけ感心し、投げ返されたそれらを右手で払い落とした。鈍い音がして、そのまま角の方にゴロゴロと転がった。
 それを見た愛刹は叫ぶ。
「何て酷いことをぉぉぉ!」
「おいおいおいおいおいおい! 待てよ、おい。今その首投げ返してきたろ!?」
「俺は特別だから!」
 まるで小学生みたいな理由に『侵入者』は少々呆れ気味で、突進してくる愛刹を避けるために、テーブルの反対側へ飛び、そこに転がっていた計四つの手足を投げつける。さっきの首とは違って、今度は投げ返さずにそのまま回避。代わりに椅子の置いてある、首と四肢がない上半身を持ち上げ、それを投げつける。『侵入者』は驚きを隠せないものの、優雅に胸ポケットから定規を引き出す。何の変哲もない定規なのに、さっきは愛刹の肌を裂いた。しかし、その上半身を無視して『侵入者』は右に避け、再び払い落とした。
「今、僕の定規を馬鹿にしたね?」
 してません。
「いけないんだよ。モノを見かけで判断しちゃぁさぁ」
 してませんから。何で勝手に思い込んじゃうのかな・・・・・。こういう人は苦手だ。
 ビュン。
 短い音がして、何かが『侵入者』の方に飛ぶ・・・・鍵のようだ。嫌な予感が猛烈にする。恐る恐る視線を横にずらすと、案の定『殺人犯』だった。
 アレは投げるものだったのか。
「ワタクシの愛しい愛刹クンに何てことしてくれちゃってるんだよ。あぁ! 顔に傷がついてるじゃないか!可愛そうに・・・さっ、お兄さんの所においで」
 『殺人犯』が腕を広げるが、愛刹は逆に引いてしまっていた。愛刹の現在地は『殺人犯』と『侵入者』のほぼ中間。
 俺の人生はここまでだな。
 愛刹は悟った。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: