2011・6小禄巡り

小禄を巡る(1)2011/09/05

ちょっと前なんだけど6月12日小禄をまわった。もともと俺は小禄で生まれ育ったけど実はよく知らなくて、ちょっと詳しい先輩と一緒に小禄をまわった。報告遅れたのは筆不精だから。
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これは小禄中学校の裏手にあるガマ跡。やぶの中なのでものすごい蚊の量に辟易した。何カ所あったかまで今は覚えていないが、写真のようにコンクリートで封じられたガマの入り口が数カ所あった。

中学生のとき小禄中の周辺で先生に連れられて平和学習した記憶がある。そのときの話はよく覚えていない。この場所かどうかも記憶がない。コンクリートで封じられていた記憶はなく、穴が開いていたと思う。

先輩はネットで前々から調べていて小禄中の地下にガマがあると教えてくれた。写真のガマがその入り口なのか、それとも別物なのか分からない。俺は向きからして違うものだと思っている。

小禄中学校近くには次のようなガマがある。資料は「那覇市のガマ説明」で検索した。『一フィート運動十周年』(一フィート運動の会)から引用された資料。


宇栄原2丁目 墓地
全長約20メートル。墓が入口。墓の中から地下に約5メートル掘られている。奥は落盤。 構築壕。軍が使用していたのか民間人が使用していたのかは未確認とのこと。

宇栄原2丁目 小禄中学校地下
全長約80メートル。入口1ヵ所。石灰水がにじみ出て壕全体がコンクリート状になっている。入口から約12メートルは深さ50センチの水がある。奥の方は最近のものと思われる生コンが流しこまれている。遺骨や遺品が石灰水とコンクリートで地面にくっつき、足の骨がそのまま残っている軍靴があった。遺骨はまだ残っている可能性がある。構築壕。日本軍が使用していた。

字栄原2丁目 小禄中学校地下 安次嶺金浦御嶽地下
全長約450メートル。井戸、トイレ、発電室らしきところがある。火炎放射の跡。1フィート運動の会で92年11月より数回遺骨を収集、まだ残っている可能性がある。構築壕で日本軍(護部隊六分隊〔整備科〕)が使用。

宇栄原小禄中学校の東側
全長約150メートル。入口1カ所。壕内3ヵ所落盤。入口 から約30メートルは天井、壁、床がコンクリート造り。セメントの固まりが20袋ぐらいある。火炎放射の跡。奥には水がたまっている。構築壕で日本軍が使用。

宇栄原小禄中学校の南側
奥行約5メートルの構築壕が2メートルおきに4ヵ所。現在はコンクリートで閉じられている。 構築壕で民間人が使用。


小禄中のまわりには数多くガマがあることが分かる。ここは沖縄戦の当時は軍民混在だったことが分かる。

コンクリートで封じられたガマを見学し、周辺を歩いてるとおじいさんがいたので「小禄中学校の地下」にあるガマの所在を聞いてみた。

おじいさんはこの辺で生まれ育ったわけではないため分からないという。しかし戦時中はガマを掘らされた。地質がニービで手掘り。とても大変だったという。また戦争が終わって、今の小禄南公民館の地下のガマに行ったとき、死体が次から次に出てきた、ひどい状態だったという記憶を語ってくれた。俺が見てきたガマ(写真のもの)について聞いたところ、何年か前に那覇市がコンクリートで封じたのではないかと教えてくれた。

結局、小禄中地下のガマの所在を確定することはできなかったが、俺たちは次に小禄南公民館に行ってみることにした。



小禄を巡る(2) 2011/09/05

小禄南公民館に向かった。子どもの頃から「お墓が多い」くらいにしか思ってなかった。
星空公園。あらためて訪れると井戸が多いと気づく。

字小禄にあった井戸を集結させたようだ。詳しい事情は分からない。

「真玉嶽」という御嶽がある。これもあまりこれまでは目に入ってなかった。なんかあるような感じくらいだった。

階段を上っていくと拓けていて、そこに御嶽があった。

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比較的大きな建造物。「ウナジキバ」って碑に書かれてるけど何だろう?

日当たりのいい場所なのでちょっと暑かった。けど、居心地悪くはなかった。

今度は何処行こうか、と先輩に尋ねられて困った。小禄生まれといってもあまり分からないから。

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周囲を見回していると、けっこうこんもりした森があちこちにあることが分かる。先輩に言わせると、どこも候補らしい。森は探索するにはいいらしい。

「あれって小禄小の裏山じゃない?」

そう聞かれて方向感覚のない俺は困ったが、そうかもしれないと思い、小禄小の裏山なら一度くらい行ったことがあるから「分かった」といってそこへ向かった。

真玉御嶽や「ウナジキバ」については先輩が調べてくれるって言ってたけどどうなったんだろう? すごくじゃないけどこうやって書いてると少しは知りたい気になってきた。

頼みます。今さらだけど。



小禄を巡る(3) 2011/09/06

小禄小の裏山に「一度くらいは行ったことがある」と書いた。でも近づきがたい気持ちもある。何でか分からない。近づくなという暗黙の了解があったような気もする。

先輩に行こうと言われなければ、行くこともなかったかもしれない。

森口公園。

久しぶりだったがこんなに整備されていたとは知らなかった。中学生のガキが何人かたむろしていたが無視して怪しい雰囲気のある方へ向かう。

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階段の下には「金満ミテン」とある。謎だ。

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付近にはまた「ウナジキバ」が。これまた謎だ。

先輩は今度は崖を下って行くから、仕方なくついていくと、大きな岩を回りまわって、また「ウナジキバ」のあるところに戻ってきた。

下る勇気がなかったとのこと。ハブもいるから賢明だったと思う。


今度は厨房の前を通って、比較的整備された一画に行ってみた。

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クサイガー(西)と、クサイガー(?)。たぶん(東)だったような。ここの一画には祠がいっぱいあった。いろんなところからここに集めたような。「真玉嶽」と似ている。

暑かった。最後にそば研して解散した。

生まれ育った周辺を回っただけだけど、あらためて行ってみると分からないことばかりだった。これからはもう少し注意して見てみるようにしたいと思った。意外と分からないことばかりだから、身近な所を探索してみるのは有意義だと思う。


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