ハーリーレース

5月5日、那覇ハーリーを見に行ってきました。その後に調べてみた次第です。

遅ればせながら・・・


2005・5・18

「ハーリーつまらなかった」。まぁまぁそれでも「ハーリーって何?」を書いておこうかなと思います。「別に読まないし・・・」

聞こえません!

「沖縄からアジアが見える」 (比嘉政夫著、岩波ジュニア新書)を参考にしました。
ジュニアっていうから読みやすいのかと思いきや、あれ?という感じ。難しくてパラパラしただけで終わってしまいました。比嘉先生、今度はジュニア向けにもっと簡単に書いてください。よろしくお願いします。


「ハーリーは沖縄の史書にある『爬龍船』の爬龍に由来する」。 うん、これはなんとなく知ってた。

沖縄本島中南部を中心に沖縄全域で行なわれているとのこと。ただ、那覇ハーリーは民俗行事としての意味合いは薄くなっていて、もっぱら観光客むけになっているらしい。なるほど、この辺がつまらなかった原因かもね。

じゃあ、何でハーリーをやるのかというと、もともとの起源は5月5日の「端午の節句」らしく、この日は中国の福建省や広東省などでは「龍舟節」というらしい。

どうやら、ハーリーは中国から入ってきたというのが真相のようだ。見た感じも確かにそんな気がしました。派手な模様とか。

ちなみに那覇ハーリー(現在のではなく伝統的なもの)と糸満ハーレーは、14世紀末~15世紀初頭にそれぞれ別々のルートで、沖縄から入ってきたとか。当時の沖縄はまだいくつかの国にわかれていて、それぞれの国が中国と交流があったということが原因のようです。南山とか中山とか北山とか、いわゆる三山時代ってやつでしょう、きっと。

もう終わろう。




沖縄からアジアを見てみたい


2005・5・19

ハーリーの続きです。

糸満と那覇は早くから入ったらしく、それ以外の(たとえば奄美とか八重山とか)は、どうも糸満から広がったようです。糸満は漁民の町。糸満の漁師が沖縄近海はおろかインド洋のほうとか結構広い範囲を漁していたというのは聞いたことあります。すごい技術力で、ほかの漁民から嫌がられるほどだったらしい。まぁこの糸満の漁師が各地にハーリー行事を伝えたらしいです。いつ頃のことなんでしょうか?

ところで、爬龍船以外に舟漕ぎという行事もあるらしい。舟漕ぎのほうが古い慣習らしく、比嘉先生が言うには「より沖縄の世界観(ニライカナイ)と結びつくものがある」らしい。

で、
「何のためにハーリーするの?」 ですが、中国の龍舟には

一、雨乞い
二、豊作祈願
三、水の神の祭り
四、水死者の鎮魂
五、災厄を祓う
六、屈原を救う
という意味があるそうです。

ちなみに屈原というのは人名で、中国の楚という国のエライ人で讒言(ざんげん。他人を陥れようとして、事実をまげ、いつわって悪(あ)しざまに告げ口をすること、だそうです)にあって入水自殺したそうです。その死を悼んで舟を漕ぐというのがあったらしいです。

だいぶ沖縄では上のような意味合いは薄れているようですが、糸満ハーレーでは、二と四は今も残っているそうです。

以上。まぁこんな感じです。今では必死で船を漕ぐ参加者と「暑い、暑い」「ビール、ビール」とか言って、大してレースに無関心な人たちのお祭りになっていますね。でも、せっかくだから、まだ見てない人は来年まで待つか、あるいは糸満ハーレーはこれからだったはずだから、見てみましょう。

新聞記事によると、糸満ハーレーは6月10日(金)のようですよ。





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