山歩き&日々足跡

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林住期


・寿命には、天命ということがある。
 どんなに養生につとめても、天寿というものを変えることはできない。
・「苦」の世界の中で、「歓び」を求める。
 真の「生き甲斐」をさがす。それを「林住期」の意味だと考える。
・「林住期」を人生の黄金期と決意することから新しい日々が始まる。
・年をとるということは、自然なことだが、それは大変なこと。
・病気を避け、心を枯らさずに生きるだけでもひと苦労である。
・すべての人は生涯をなすべきことをなすことなく雑事に追われて終えるのである。
・人は孤独には弱いという。一人で生きることができないが、人間の定めだという。
しかし、人は皆と一緒に仲良く生まれてくるわけではない。
・「林住期」良き助走が良きジャンプを生む。
 生まれてこのかた、ずっとその為の助走してきたのである。
・「林住期」を虚しく終えた人には、虚しい死が待ち構えているだけだろう。
・林住期に生きる人間は、まず独りになることが必要なのではないかと思う。
・「どこにいても、どんなときでも、いつも阿弥陀さまと2人連れ」
・人は孤独の中に自己を見つめることによって、天地万物の関係性を知ることができる
かもしれない。
・人は生まれつき病人である。すべて人は死のキャリアとして生きているのである。
 八百八病は、おのれの中にある。体のバランスが崩れたとき、それが表に現れる
だけだ。
・一番大事なことは、病気にならないように普段から体調を維持することだ。
 それを養生という。
・養生に励んだとしても、病気は勝手にやってくる。なんで自分だけが、などという
ことは通用しない。世の中は、矛盾だらけ、不合理だらけである。
人生は、「苦」である。なにができるかを考えるしかない。
・体は、常に言葉にならない内側からのメッセージを送っている。
・私たちが何時でも成人病を発病する可能性があるように、うつ病もまた、すぐ身近
 にある病気であると思わなければならない。
・仏教では、不殺生を教えるが、人間は動物や植物など他の生き物の命を奪うことで
 しか生きてはいけない。人間は、いずれ死ぬものであり、他者を犠牲にして生き延び
るものだと感じている。
・死ぬことを「息を引き取る」という。
吸った息を吐く力がなくなった時が、人間の死だ。
・よく生きたということは、最後をよく締めくくってこそ「良き人生」
といえるからである。
・五十歳を迎えたら耐用期限を過ぎた心身をいたわりつつ楽しんで暮らす。
・ブッダは「この世界は苦である」と語った。
 それを私は「世の中は、思うようにならない」と聞いた。

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