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高杉みぅ「ひとりわらい」
高校生
高杉16歳。
明日の体育って何やるんだっけ?
理数科だけ2年生と合同なんておかしいよなぁ。
ウチの高校は学年に7クラス。
そのうち理数科は1クラスであとは普通科なので、何かと理数科は特別扱いされる。
「みぅ、早く行くよ」
そう言われてふと我にかえる。
沙耶香はいつも僕より先を歩く。
僕はわりと早く歩くほうだが、沙耶香といる時は歩くのが遅くなるらしい。
「いこっ」
手を引かれて歩き出す。
沙耶香は2つ先輩だが、早生まれなのでまだ17歳だ。
「ひさしぶりに2人きりのデートなのに、つまらなそうだね」
「そんなこと…」
最近の僕はいつも口ごもってしまう。
沙耶香が相手だとうまくものが言えないのだ。
「そんなこと、なに?」
「そんなことないよ。たのしい」
「どう楽しいの?」
僕は何も言えなくなって苦笑いを見せる。
「でた~、みぅの苦笑い。困るとすぐ笑ってごまかすんだから。悪い癖だよ。何か言わなきゃ」
そこで話は終わったようだ。
僕は話しているより、黙って寄り添っているほうが好きだ。
話しているとなんだか落ち着かない。
沙耶香と付き合うようになって、女の子はこんなにも話すものなのかと驚いた。
沙耶香はいろんな話をする。
進路のこと、その日あった授業のこと、友人の失恋のこと、家で弟と喧嘩したこと、模試の結果が出たこと、生理痛がつらいこと、昨日の夕食のこと。
僕は沙耶香の話を聞くと、いつも気を失ったようにぼぉっとする。
別につまらないとかじゃないけど、なぜか集中できない。
いま流行の動物占いとやらで、僕は「ぞう」らしい。
ぞうの大きな耳は実は飾りで、話なんて聞いてないことが多いそうだ。
なるほど、たしかに僕はぞうで間違いないのだろう。
その日は映画を観て、買い物をして、晩御飯を食べて、ホテルへ行った。
沙耶香は僕のはじめての人だ。
夏休み前に知り合って、2学期の最大イベント「学校祭」の日から付き合うようになった。
告白は沙耶香からだった。
沙耶香は、僕が微笑むと、それだけで癒されると言った。
僕も沙耶香といるときは癒されるように感じた。
沙耶香には、何もかも包み込んでくれる雰囲気があった。
付き合い始めて1ヶ月、沙耶香の部屋で僕らは初めて1つになった。
その行為自体の快感ではなく、沙耶香と1つになれたという幸福感で、僕は胸がいっぱいになり、なぜだか泣き出してしまった。
それを見ていた沙耶香もいつしか泣き出していた。
驚いたのは僕の方で、どうしたのか聞いてみたら
「だって急に泣き出すから…私のからだが変なのかとか、痛くしちゃったのかとか…なんだかみぅに悪いことしたみたいな気になってきて・・・」
と言っていた。
涙なんてとっくに止まっていた僕は、沙耶香が褒めてくれたいつもの笑顔で沙耶香を見つめ、沙耶香のそれとはまるで違う筋肉質の両腕と胸で、やさしく包み込んだ。
12月。
その年はよく雪が降った。
まさに雪国の名にふさわしい光景が広がっている。
1人と1人ではなく、2人で過ごす初めての冬。
朝の寒さに、寝ぼけて思わず沙耶香の体をさがしてしまう。
そうか、朝だ。
今は自分の家にいて、学校に行かなきゃいけないんだ。
沙耶香には受験が迫っていた。
11月から、3年生はセンター試験に向けて毎日模擬試験を繰り返していた。
それも授業時間には正規の授業をこなさなければならないので、試験は放課後だ。
県内でもトップクラスの進学校なので、推薦で決まっているか、私立文系のみじゃない限りほぼ100%がセンター試験を受験する。
もちろん沙耶香も受験する。
だから放課後はあまり会えなくなっていた。
さみしい気もしたが、受験生はそういうものだと割り切った。
それに休日には必ず会ってくれるようになった。
「息抜きしたいから」
そういって僕との時間を作ってくれた。
会う時はなるべく沙耶香の家に行くようにして、勉強を教えあった。
僕は1年だが、理数科は12月中に数学1と数学Aが終わってしまう。
文系の沙耶香より、理系でしかも習ったばかりの僕の方が数学ができる。
逆に沙耶香は僕に英語の文法を教えてくれる。
「自分の復習になるから」
と、僕が理解するまで丁寧に説明してくれた。
沙耶香は教育学部に入って、先生になりたいと言っていた。
沙耶香ならきっといい先生になれるだろうと思った。
クリスマス。
あと3週間でセンター試験だ。
僕はプレゼントだけ渡して家まで送るつもりでいた。
日曜の夕方、しかもクリスマスとくれば街はカップルで溢れる。
食事をして、その場でプレゼントを渡した。
僕は親に小遣いを貰っていないので、たいした物は用意できない。
プレゼントは手袋だ。
沙耶香がいつもしている毛糸の手袋は3年は使っているもので、毛玉だらけだった。
10日前の放課後に1人で買ってきたその手袋は地味な色だったが、沙耶香は嬉しそうに微笑んだ。
沙耶香はニット帽をくれた。
グレーのそれは僕によく似合っていた。
僕も沙耶香を微笑み返した。
店を出て、いつものように手をつないで歩き出した。
輝く街のイルミネーションと2人の吐く白い息で、そこは別世界のように感じられた。
沙耶香の家の前に着くと僕はお別れのキスをした。
「風邪ひくといけないから、もう入りなよ」
僕がそう言うと沙耶香は僕を抱き締めてきた。
どうしたのかはわからなかったが、僕も抱き締め返し、頭を撫でてあげた。
「ん~!らぶらぶモードはここまで!しばらくは勉強に集中する。みぅも応援してね」
そう言って沙耶香は玄関に入っていった。
「おれはずっと前から応援してるよ」
1人でそう呟き、僕も家路についた。
その日からはメールも控えるようにした。
勉強しているところを邪魔したくはない。
連絡がとれない時は今まで以上に沙耶香の成功を祈ればいいだけだ。
大晦日。
朝起きると沙耶香からメールが来ていた。
「23時に校門に集合!ご飯食べてあったかくして来ること!」
初詣だろうか。
普段は家で過ごしていると言っていたけど、さすがに神頼みでもする気になったのだろう。
23時10分前に着いたのに、沙耶香はもう待っていた。
「今日は早いね。ちゃんとご飯食べてきたぁ?あ、ちゃんと帽子被ってきたんだね、偉い偉い」」
そう言って沙耶香は僕の頭を撫でた。
「おまたせ。ご飯は食べたよ、お蕎麦だった。今日はどうしたの?こんな時間に」
「初詣に決まってるじゃん。ホテルにでも行く気で来たの?」
少し期待していた僕は、なんだか見透かされたようで恥ずかしくなりうつむいた。
「お、図星?みぅはわかりやすいね。行くよ」
沙耶香はいつものように僕の手をとって歩き出した。
近くの神社へ行く途中、沙耶香はコンビニでココアを買ってくれた。
「高校生にもなってコーヒーが飲めないなんてね」
「砂糖とミルク入れれば飲めるもん」
「まだまだおこちゃまだねぇ、みぅは。よくそれで受験できたね。しかも理数科に受かってるし」
「コーヒー飲めないのは関係無いでしょ。勉強なんてやればできるんだから」
「そうだね。みぅにできたなら私だってできるね。よし、行こっ。もうすぐ12時になるよ」
もうすぐ今年が終わる。
受験して、合格して、卒業して、入学して、沙耶香に出逢って、いろんな経験をした今年が終わる。
この経験を忘れないように。
これから2人で、もっとたくさんの思い出を作れるように。
今日、この時間、沙耶香と一緒にいれて幸せだった。
21世紀が始まる瞬間、どちらからでもなく2人は唇を重ねた。
神社に着くと予想以上に賑わっていた。
御神籤や絵馬の店にはたくさんの人がいるし、お賽銭までたどり着くには長蛇の列に並ばなければならない程だった。
20分程してようやく順番がまわってきた。
僕は沙耶香とうまくやっていけるように、沙耶香の受験がうまくいくようにと願った。
顔を上げると沙耶香はまだ願い事をしているようだった。
その願いの中に、僕との幸せを想う気持ちがあればいいなと思った。
帰り道、珍しく沙耶香はほとんど口をきかなかった。
やはり不安なのだろうか。
僕といることで不安が減るのなら朝までだって一緒にいようと思った。
初詣に行ってから学校が始まるまでのほとんどの時間を家の中で過ごした。
幼馴染みにスノボに誘われたが、沙耶香の受験もあるので断ることにした。
中学時代から毎年行っているので、沙耶香の受験が終わったら一緒に行くことにしよう。
学校が始まり、センター試験まで1週間となった。
先生たちもなんだかぴりぴりしているし、なんだか学校にいると息苦しかった。
人生の道筋が決まる大学受験。
沙耶香はその真っ只中にいる。
今の僕にはメールで励ますくらいしかできない。
だから、精一杯応援するんだ。
試験前々日。
受験生は前日から試験会場である国立大学の近くに宿泊することになっている。
沙耶香も他の受験生と同じように前日から出発するので、会えるとしたら今日しかない。
放課後の掃除が終わったらメールしてみようと思っていたところに、沙耶香からメールが来た。
「今から会える?」
「掃除終わったらすぐ行く。玄関で待ってて」
そう返信し、急いで片付けにとりかかった。
掃除を済ませ、階段を駆け足で降り、靴を履き替え、玄関を出た。
そこには2週間ぶりに顔を合わす沙耶香がいる。
髪が伸びたな、それに少しやつれた気がする。
「行こっ」
沙耶香は歩き出した。
僕も並んでついていく。
「ミスドで何か食べよっか」
そう言われて店に入り、ドーナツとシェイクを買って席に着いた。
それからしばらくの間、当たり障りの無い話をした。
窓の外に見える学生の格好や、厨房の奥にいる明らかに高校生風のアルバイトの話。
不吉な単語が出ないようにしていたので、なんだか気疲れしてしまった。
30分程で2人とも食べ終え、店を出た。
帰り道はまた沈黙だった。
互いに一言も喋らないまま沙耶香の家に着いた。
「送ってくれてありがとう」
「ううん。試験頑張ってね」
「うん。明日また連絡する」
「わかった。じゃあね」
「気をつけて帰ってね」
「うん」
僕はこれでまたしばらくは会えないと思い、じっと見つめてから引き剥がすように視線を外し、暗くなり始めた道を歩き出した。
試験前日
「いってきます」
たった一言のメールだった。
僕も一言
「いってらっしゃい」
とだけ返した。
夜に来たメールも一言だけ。
「おやすみなさい」
沙耶香がちゃんと眠れるようにと祈りながら、また一言だけのメールを返した。
試験1日目
試験の1時間前にメールを送った。
「沙耶香ならできるよ。信じてる。」
すぐに返事がきた。
「ありがと☆頑張るね!」
その日はまったく授業に身が入らなかった。
夕方、電話がかかってきた。
「みぅ?今日の試験はみんなうまくいったよ!数学もできた!みぅのおかげだよ」
「よかったね☆沙耶香、頑張ったもんね」
「うん☆」
「これからまたお勉強?」
「うん、気ぃ抜かないで、明日もがんばらなきゃ!」
「そうだね、でもあんまり夜更かししちゃだめだよ」
「大丈夫。ごはん食べて、2時間くらい勉強したらお風呂入ってすぐ寝るから」
「わかった。寝る時にまたメールしてね」
「いいよ。じゃあまたね」
その晩、予想していたよりも早くメールが来た。
「今日はもう寝るね。明日はちょっと早起きして、出発する前に勉強するよ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
寝ようとしているのに邪魔しちゃよくないと思い、簡単に返した。
明日もうまくいくだろうか。
次の朝はケータイの音で起こされた。
目覚ましのアラームだと思ったら沙耶香からだった。
「おはよっ、起きてる?そろそろ準備しないとまた遅刻しちゃうぞ!今日もがんばるね☆いってきます」
「いってらっしゃい、おれもがんばるよ」
なんとか眠気を振り払ったつもりだったが、なんだかよくわからない返事をしてしまった。
今日の夜には沙耶香も帰ってくる。
会えるといいな。
夕方になって電話がかかってきた。
「みぅ?終わったよぉ~、今から帰るね」
それだけ言ってすぐに電話は切れてしまった。
けれど沙耶香の声は明るかった。
きっとうまくいったんだろう。
「2日間おつかれさま。今日はゆっくり休んでね」
沙耶香はもうバスの中だろうか。
メールも読まずに寝てるかもなと思った。
結局その後は返事も無く、次の朝が来た。
3年生は今日自己採点をすることになっている。
いくら自信があっても採点してみないことにはわからない。
沙耶香には会いたいが、こちらから連絡するよりも待っていたほうがいいかもしれない。
昼休みにケータイが鳴った。
沙耶香からメールだ。
「授業終わった?結果発表・・・612てん!どうだ!!」
たしか沙耶香は今までの最高が590だと言っていた。
「すごいじゃん!記録更新だね☆」
「まぁね☆これで第1志望のトコも問題無く受験できそうだよ」
「よかったね☆これから2次試験に向けて頑張らなきゃね」
「うんっ!」
続く
といいな。
このページはフィクションです。
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