「あるものに目を向ける」の「あるもの」を
その人が「持っているもの」「存在するもの」と
いうことで、リソース(資源)をいう言い方をしたりします 。
このリソース探しは、私も大好きで
日々この感覚を磨いていきたいな、強く思っています。
(人のリソース探しは、自分も元気がもらえますよ!)
特にカウンセリングの場面でクライエントさん(相談をする方)は
「無いもの」「失ったもの」「ダメな関係」などに目が向きがちで
そちらばかりを追っていくので
そもそも存在しているもの
「あるもの」・・リソース (資源)になかなか目がいかないことが良くあります。
そこに支援者が一緒になって(例の鏡になってです)
「無いもの」「できない」「やれない」「やらない」ばかりを見ていくと・・・
共に、ニッチもサッチも行かなくなる。
そんな場面を目のあたりにすることがあります。
そうした中で、リソース(資源・あること)に目が向いた時に
変化がおこってきます 。
(支援者はそこを全力で支援して欲しい!)
先日の例
「私には家族があるを大切にしていきたい」に戻ると
(再木さんは家族があるというけれど、私は一人暮らし!家族が「ない」)
と、感じる方もいらしたかもしれませんね。
「家族がない」・・・「ない」をみています。
「一人である」・・・「ある」リソースをみています。
ここに感覚の違いを感じていただけるでしょうか。「家族がない」
一人でなんでもやらなくてはならない、話相手がいない、などかな。
(寂しい。。とかもっといっぱいありますますね)
「一人である」
自分の時間がたくさん持てる、自分のペースで何かができる、に変わってきそうですね。
「家族はいるけど、愛はないし、何をするにも応援してくれないし・・・」
であればどうでしょうか。
「愛はない」「応援してくれない」・・・「ない」ですね。
リソース「ある」で考えていくとどうでしょうか。
そうですね。
「同じ家の中に誰かがいる」という事もそうですし
「家族がある」からこそ
「家族らしいことをしたい(して欲しいと思っている)あなたがあります」
「愛が欲しい」「応援して欲しい」と思っているあなたがあります。
そこをみていくだけでも、ずいぶんと感覚が変わってくるのではないでしょうか。