一昨日の話の続きになるのですが
午後は、とても魅力ある方とお会いしていて
お互い時間も忘れておしゃべりしまくりでした。
ランチでもしながら、なんていう軽いノリ(これも死語?)で
お目にかかったのですが、しばし食べるのも忘れそうになるくらいで
ランチでにぎわうそのお店を出たのは、もう「夜の部」がはじまる?!
という時間!!
(お店の方、スミマセン。そして追い出さないでくれてありがとうございました)
実はその彼女とお会いしたのは一昨日が2回目。
一回目は、3時間という短いセミナーのお互いに初参加者同士という
関係のあるような、ないような?!
でも、妙に惹かれあうものがあってこの日の再会になりました。
本当にこの中に書きつくせない位に感じるところがありますので
追々、言葉にしていけたらいいなぁ、と思っていますが
彼女と別れて、話したこと
(というよりお互いに過去と今と未来が入り混じって
何の脈絡もなくしゃべりまくった?)をつなげていく過程の中で
一番強く思っていたことが
「夢」と「自分の歩んできた人生・・経験」についてでした。
こんな当たり前のようなことを何で今更?と自分でも笑ってしまうのですが
「夢」って、これまでの自分の人生・経験があるからこそ
持つものなんだ、って改めて感じました。
逆説的に言えば「 自分の経験の行き着く先だからこそ目指すものが夢 」
っていう感じでしょうか。
その経験がなかったら、その夢を持つことはなく
違う夢を持つのかもしれないけれど、その経験や出会いがあったからこそ
その夢を持った。
「夢」という言葉じゃなくてもいいのかもしれませんね。
「祈り」という言葉でも「希望」という言葉でも
「願い」をいう言葉でもピッタリきます。
そして、その「夢」(という表現に一応しておきます)が
持てたということは、 自分に起こった経験をしっかり受け入れられたこそ。
受け入れられてなくてもがいていたら「夢」にはつながらないですものね
だから「夢」「祈り」「希望」「願い」を語れる人は強い!のではないかな。
常にそれらを語れる人間でありたい!とも感じました。
そして、本当に無駄な経験て何一つ無いなぁ、って。