自由人の舘
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僕のガールフレンドが1週間ほど実家に帰った。久しぶりに僕は独りになった。ゆっくりと本を読み、自分のタイミングで食事をした。何をするのも僕の自由だった。僕は口に出して「自由」と言ってみた。それはひどく味気なく、そしてつまらないもののように感じられた。 彼女が帰郷している間に、思いも寄らない人物から思いも寄らないタイミングでメールが来た。8ヵ月前に別れたガールフレンドからだった。そのコから僕に連絡をくれるのなんて果たして何ヶ月ぶりになるかわからない。僕は自身が置かれている状況を把握するのに数分を要した。僕にとっては極めて後味の悪い別れを経験して以来、一度も会っていない女の子と数十分後には食事に行く。まず第一に着替えをしなければならない。眼鏡をはずしてコンタクトレンズを入れた。髪の毛のセットも必要だ。僕は数ヶ月散髪を怠った自分をひどく呪った。複雑にうねった癖毛は、どう努力しても僕の思い道理にはその形を整えてくれそうにはなかった。僕はひどく動揺していた。 僕が最後に彼女を見たのはその後姿だった。「バイバイ」と言って僕の部屋を出てから彼女は一度も振り向かなかった。そのとき僕の手にはまだ温もりが残っていた。今はもうそれを感じることはない。 僕が待ち合わせの場所へ行くと、彼女は僕がやってくる方向に背中を向けて立っていた。何度も何度も見たことのある光景だ。懐かしさに一瞬時間が止まったような感覚を覚える。しかし振り返った彼女の顔にかつての笑顔はない。僕は一体、その表情に向かって何を話せばいいのだろうか。 食事をしている間、僕は話すべき言葉を持たなかった。フォークとナイフが皿の中を行き交う音だけが僕たちのテーブルの上を支配した。彼女がなぜ急に僕に声をかけたのかすらわからなかった。もしかすると僕はこう聞くべきだったのかもしれない。 「僕たちはかつて一体どんなことを話していたんだろうか?まずそこから議論してみよう。」 でももちろんそんなことは聞かなかった。彼女も僕と同じような感覚にとらわれているのが僕にはわかったからだ。瓶からグラスに注がれてきれいに泡を作ったビールはひどく味気の無いものに感じられたが、不思議と酔いはすぐに回った。僕は深い深い水の中を必死にもがいていた。いくらもがいても水面には出れそうもなかった。仕方がない、今度はワインを飲もう。 店を出てから彼女を駅まで送る道程。僕は取り留めのない質問を繰り返した。彼女はポツリ、ポツリとそのつど質問に答えた。無駄なことは何一つ言ってくれなかった。思えば、僕は質問してばかりだった。それでも何を聞いても彼女のことはわからなかった。逆に彼女から僕に質問してくることはほとんどなかった。2人はとても遠くへ行ってしまったみたいだった。 駅から僕は家に帰るまでの道、僕はどこをどう歩いたかほとんど覚えてはいない。彼女は僕が知らない間に、僕の知らないところへと行ってしまっていた。それを僕は再確認した。僕も同じように彼女の知らない道を辿ってここまでやってきたのだろう。そしてそうやって歩いて家へと帰るのだ。すべてわかりきっていたことだった。泣いてはいけない。僕が泣かなければならない理由なんてどこにもない。僕は今を精一杯幸せに生きている。それでもそう考えれば考えるほどに、涙が出そうだった。 友人は僕に優しく「よくがんばった」と言ってくれた。その瞬間に僕の中で何かが終わった。大粒の涙が溢れて、それはしばらくの間とまってはくれなかった。 僕は少しずつではあるけれど、いろんなことを整理している。衣服をたたんでちらかった部屋を整理する。もう着なくなったものは箪笥の奥のほうに片付ける。そういった日々の行いを繰り返す作業が、本当に少しずつではあるが僕を大人にしていくのだと思う。 今日までの数日間、僕はうまく寝付くことができなくなっていた。ガールフレンドが帰ってきてこの文章を読んだとき、何を思うかはわからない。不安はある。それでも僕は自分自身と向き合い、ときにはそれと決別するために、今こうしている。僕のこんな身勝手な言い分が彼女にとって言い訳になるかどうかはわからないけれど。
2006/01/12
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