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たけし8535

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2005/10/12
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 昔の人はしばしばすばらしいことを言う。きっと実際には現代の人々だってそれなりにいいことを言っているのだろうけど、それらは使い古されていて僕らに強い印象を与えない。この世に生を受けるのならば早いに越したことはない。
 僕はめったなことでは怒ったりしない。それでも本質的には短気な人間なので、よくイライラするし、腹が立つ事だって少なくはない。基本的な僕の考え方としては、怒りという感情はほとんどの場合、何も生み出すことはないと思う。何かを失うことはあったとしても。だからたとえすごく腹が立っても苛立つことがあったとしても、それを単純に行動や言動で表現することを控えようと努めている。僕は僕なりに。けれども我慢できなくなるときは確かにある。それを相手に説明し、諭すことができて問題が解決することもあるが、やはり逆にそうでないときだってある。昔の僕ならそんなことにはお構いなしに怒りを相手に、ときにどこか別の人や場所にぶつけていた。怒り、という感情は本質的にはそういうものなのだ。そしてやはり結果的に、非生産的な作業は非生産的な結論しか導かない。やれやれだ。
 喧嘩、というものは実に厄介なものである。大抵の場合その現象は、怒りという感情に導かれたり、その感情を導いたりする。だからたとえ僕が怒っていなかったとしても、僕が問題を解決するために多くを説明し、諭そうとすればするほどにお互いの感情が高ぶり、結果としてその終焉をどんどんと遠ざけていく。もしも僕が男で、相手が女性であればなおさらだ。三島由紀夫曰く、男性には「男性独特の探求欲、究理欲、解決欲」があり、それが男女の喧嘩を迷宮へと迷い込ませるのだそうだ。早急に問題を解決させようと男が焦れば焦るほどに、事態はややこしくなり長引いていくのが通例なのだそうだ。ふむふむ。
 僕は三島のこの文章を呼んで以降、喧嘩(とりわけ相手が女性の場合には)を早期に決着させようと努力するのをやめた。自分に非があると感じた場合には、素直に謝る。そして相手が自分を許してくれることを要求しない。我々男性はしばしば、「謝ったのだから許してくれ」という単純な議論をし、結局は再び女性の怒りを買う。
 「謝っているのはあなたなのにその態度は何なの!!」
 一度、素直に謝り、反省の意を示したのならば、相手がそれを理解し納得する時間を与えるべきだ。謝意や反省のポイントがずれていた場合には初めからやり直せばいい。
 明らかに相手に落ち度がある場合には、それを責めたり、反省を促したりしないこと。男性は解決を急ぐために、相手に悪かったことを自覚させ謝らせて、それで納得しようという態度を取りがちであるが、結局そのような態度は独り善がりな解決策であって、そんなことを強制された相手はたまったものではない。このような場合には、「さっさと相手を置いてきぼりにして、いたわりの言葉一つかけず、逃げ延びてしまう」ことが得策であるそうだ。僕は三島が言う男性のようにそこまで強くはないが、相手を放っておく、というのは経験的に考えて確かに効果的であるようだ。そうする間に、相手は自分がそのようにされた理由を考え、その時間がやがて反省を促すことになるであろう。しかしながらこの解決法は、いつまでたっても反省しない頑迷な女性が相手の場合や、そもそもにして本来の落ち度は自分自身にあって、相手が悪いと思っているのが僕の身勝手な思い込みである場合には通用しないのであるが。僕の場合、前者のような女性であれば、きっと喧嘩をするような親密な相手にはならないであろうし、後者の場合は、怒りという感情を抑え、ものごとを客観的な視点で見ることができる目を養えば、それが起こる確率は格段に下がるはずである。
 僕は数時間前、相手のガールフレンドと同じように、またはそれ以上にひどく腹を立てていた。それでも僕は彼女に直接的に怒りをぶつけることはなかった(と僕は信じている)。僕はただ静かに沈黙を守り、本来は聡明であるはずの彼女が何かに気がつくのを待った。そのときは意外にも早くやってきた。僕が一人で家に帰ると、彼女はそこにはいなかったが、代わりに置き手紙があった。洗い場にたまっていた食器は綺麗に洗われていて、冷蔵庫には2本ほどビールが多く入っていた。やれやれだ。
 もとより三島が言うようなことを自然にできる能力が備わっていれば、僕はもっと若いうちから多くのトラブルを回避できたかもしれない。それでもそのようなタイプの男性はおそらく、喧嘩の場合には自分も相手も深く傷つけることがなく幸福である代わりに、男性独特の論理探求の能力に劣るであろう、と僕は信じる。僕はおそらくは論理的思考の塊のような男性で、このようなタイプとは程遠いはずである。それでも偉人の言葉に学んで、自分の欠点を自覚することで、改善に一歩近づくことはできる。やはり昔の人は偉大である。もし僕らが偉人であるならば、生まれてくるのが早いに越したことはないが、凡人であるならば、早くにこの世に生を受けた偉人の言葉に耳を貸し、そこから何かを学ぶのも悪くはないであろう。





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Last updated  2005/10/12 05:38:27 AM
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