タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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タコ社長1952

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テーマ: 海外生活(7813)



実は、そのときはこの曲のことを知らなかった。妙に記憶に残り後で知った曲だ。聴くたびに、あの白人女性の艶かしい姿が浮かぶ。スローロック調で気だるく踊る曲だ。思わず体が動く。この曲は1983年に大ヒットしたようで、そういえばロジャーと会ったのもその年のことだった。

ロジャーは、当時私が勤めていた建設機械メーカ大松のニューギニア代理店の責任者だった。金髪を短く刈り込んで、スティーブ・マックウィーンばりの色男だった。私は、年はあまり違わなかったが担当の平社員で、このロジャーから仕事上いろいろと学ぶことが多かった。仕事が終わって、飲みに連れていって酔っても決して乱れないであくまで大人だ。

「会社を辞めるんだって。ビックリしたけど、すごい決心だ。タコはきっとオーストラリアで良い日本語教師になるよ。」
翌年、脱サラしてオーストラリアに行くと手紙で伝えると、ロジャーが丁寧に手紙書いてよこした。仕事では、可也きつくいろいろと要求されたロジャーで喧嘩もしたこともあるが、この優しい手紙には大いに励まされた。

そのロジャーが最後に一言手紙に付け加えていた。
「元々、出来上がったリーダーなんかいない。リーダーとは作られるもんだ。タコ、元気に頑張ってくれ。」

そのときは日本語教師を目指しており、まさかタコ社長になるなどとは夢にも思っていなかった。



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Last updated  2009年01月04日 20時34分50秒 コメントを書く


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