だいご家總本店

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「療」と「育」のはざまで

「療」と「育」のはざまで

私が勤める施設では「療育」というものを行っている。
単純に訳すと「療」は医療、「育」は保育。
ナースは「療」も行いつつ「育」にも携わっている。

この「療」と「育」のはざまで揺れ動くことが多いのが現実。
「療」に重点を置きすぎると「育」はできない。
「育」ばかりじゃ、命は守れない・・・
考え始めると答えは出なく、いつも「療育って何だろう」という悩みにぶち当たる。

どうしてもナースは医療寄りだから、「療」に傾いてしまいがちだ。
でも、そんな私をいさめてくれた、ある人の言葉を忘れることができない。



彼女は、けいれん発作を頻発し、座薬に頼る毎日だった。
座薬を使ったら、安静にするのが常識。
いつも彼女はカーテンで囲われ、療育活動には参加できずに過ごしていた。
発作のため、帰りのバスに乗れないこともしばしば。
お母さんにお迎えをお願いすることも多かった・・・

そんなことが続いたある日。
お母さんが「お話があります」とナースや医師の前に現れた。
お母さんの希望は「もっとあの子を活動に参加させてあげてください」というもの。
けいれん発作が多いため処置に追われてしまう現状を伝え、
彼女に必要なのは安静なのだと思うと医師が話したのだが
「そんなことは分かっています」とお母さん。

「楽しい経験をすることなく長生きしても意味がない、と私は思うんです。
たとえそれであの子の寿命が短くなってしまったとしてもいい、と思っている」


この言葉を聞いて、私は何も言えなくなってしまった。
そこまでの覚悟をしながら、日々子どもを育てる・・・
私の短い育児経験では、想像もつかない毎日を過ごされているのだろう。


それから数年して、彼女は帰らぬ人となった。
告別式に訪れた私たちを、お母さんは感謝を浮かべた表情で見送ってくださった。

「療」と「育」のはざまで揺れたとき、いつもこのことを思い出し、あのお母さんの言葉を思い出し
傲慢な医療を与えてしまいがちな自分の仕事を戒めています。
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